役立たずの私が公爵様に救われるまで
ダンスのレッスン。その中で私は半泣きになりながら踊っていた。
だが踊っている時に躓き、教師の女性の怒鳴り声が私の耳に届く。
「なんでこんな事も出来ないの!」
「そ、それは……。す、すみません!」
「謝るくらいなら結果を出しなさい!」
「は、はいぃ」
前の社交界で私は上手く踊れず、それを聞いた教師の女性は顔を真っ赤にしていた。
正直、ダンスなんて出来なくてもいい気がするが……。
「この状況じゃあアタシが当主様に怒られるわ!」
「え、えっと」
「チッ、いちいちムカつくわね」
な、何を言えばいいかわからない。
その事で頭が真っ白になっていると、教師がコチラを強く睨みつける。
「ハァ……男爵家の依頼で来てみればこんな無能に付き合わされるなんて」
「も、申し訳ございません!」
「その言葉は聞き飽きたわ!」
「ひぃ……」
もうダメかもしれない。
私はいつも通り嵐が過ぎ去る戦法を取る。だが向こうは顔を真っ赤にしており、これ以上は進まないかもしれない。
「今日はもういいわ」
「へ?」
「今日のレッスンは終わりと言っているのよ!」
「はい……」
私に怒鳴り続けた教師は疲れたのか部屋から出ていった。
なので私は、自己嫌悪で気持ち悪くなりながら天井を見上げる。
「なんで私はこんな無能なんだろう」
マーレス男爵家の長女として生まれた私。
だけど、一つ年下の妹であるリースは天才で物事をすぐに覚える。対する私は覚えるのが苦手なグズだ。
この姉妹の差を見て親はリースを優遇しており、実家に私の居場所がない。
「どうすればいいのかな」
このまま適当な貴族に売られるかもしれない。
というか、どうせ私は無能だし親からも見放されている。なら逆に何かやらかした方がいいかもしれない。
そう思いながら私はため息を吐きながら天井を見上げ続ける。
ーー
次の日。
私は当主である父に呼ばれて執務室に来ていた。
「よく来たなクリナ」
「お、お父様……私を呼び出した理由はなんでしょうか?」
「それはお前に興味を持った方が現れたんだよ」
「ええ!!?」
婚約、つまり結婚だよね!?
あ、まあ、男爵家の長女なら適当な貴族に売れるかもしれない。
そう考え渋い表情を浮かべていると、父上が難しい表情を浮かべた。
「ただ、相手の貴族様が少し厄介なんだよ」
「へ?」
父上の言葉を聞いた感じ、男爵家のウチよりも上の家なのは間違いなさそうだ。
なので、私はゴクリと唾を飲み込みながら言葉を返す。
「え、そ、その相手方は誰なのですか?」
「ガイゼル公爵家の長男であるクロス様だ」
「え、ええええ!?!?」
く、クロス様ってあの黒帷と呼ばれている人では。
なんでそんな位の高い人からの婚約が来たのか……。思わず固まっていると、父上がため息を吐く。
「最初は嘘だと思ったんだが、手紙を届けに来たのがクロス様の従者だったんだよ」
「そ、それって……で、でもクロス様との顔合わせとかしてませんよね」
「いや、試しに俺の方から見合いの姿絵を送っておいたんだよ」
「ええ!?」
衝撃の真実が発覚。
でも、霞んだ金髪で見た目もそこまで美しくない私がクロス様に選ばれた。
その事を考えると、こっちの方が罠かもしれない……。
「まあでも、売れ残り確定だったお前に興味を持ってくれた人がいて良かったよ」
「え、あ、はい……」
「ん? なんでそんなに戸惑っているんだ?」
「い、いえ、何でもないです」
言いたい事はたくさんあります。
ただクロス様は冷酷な人と聞いているので私にはどうにもならない。
行かないとダメな雰囲気が出ているので私は父上に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いや、気にするな」
父上の執務室から出てきた後、廊下を歩いているとメイド達の視線が突き刺さる。
「あの出来損ないのクリナ様が公爵様と婚約するって」
「どう考えたも釣り合わないでしょ」
「いや、相手の公爵様が変わり者かもしれないわよ」
彼女達の言葉を聞いて心に刺さるけど、ここで言い返しても私が悪くなる。
なので我慢しながら進んでいると、反対から妹であるリースが近づいてきた。
「あ……」
「……」
リースはあまり喋らないタイプなのですれ違った程度。
だけど、彼女はコチラを見下すような視線を向けて来たので、私は涙が出そうになった。
「どうして私は無能なのかな」
ダンスも勉強も上手く出来れば幸せだっかもしれない。
まあでも、不器用な私は上手く出来ずに叱られてばっかり……。そんな事ばっかりだったので自分が大嫌いだ。
でも理不尽なのはいつもの事なので、私はブツブツと言いながら自分の部屋に向かう。
ーー
クロス様との顔合わせの日。
私はお付きのメイトと共にガイゼル公爵家の門を括った。
すると左右に並んだ大勢のメイドや執事が一斉に頭を下げて来た。
「「「ガイゼル公爵家にようこそ!!」」」
「は、はひぃ!!?」
「クリナ様!?」
こんな出迎え方はあまりなされた事がない。
なので戸惑っていると、妙齢の銀髪メイドがコチラに歩いて来た。
「ようこそクリナ様。わたしはクロス様から案内を仰せつかっているラナです」
「ら、ら、ラナさん、よろしくお願いします」
「! そんなに震えなくて大丈夫ですよ」
「クリア様はいつもこんな感じなので気にしないでください」
「そ、そうなのですね」
隣にいるウチのメイドが何かを言っているが耳には届かない。
そのため私はガクガク震えてしまう。でもラナさんはニッコリと笑顔を浮かべていた。
「……やはりクロス様の予想は当たってましたね」
「え? あ、あの、何かおっしゃられました?」
「いえ、何でもないです」
相手の言葉が少し気になるけど。
でも今はクロス様と出会う事になるので、気を引き締めながら屋敷内を進んでいく。
「あ、あの! クロス様はなぜ婚約の話を私に持って来たのですが?」
「それはわたしの口からは言えないです」
「あ、はい……そうですよね」
ここで聞いておきたかったけど無理そう。
そう思い、緊張しながらクロス様が待つ客室に到着した。
「失礼しますクロス様」
「おお、やった来たか」
「は、ハヒィ!?」
ラナさんの後についていくと中におられたの黒髪ショートヘアのイケメン。
この方がクロス様だと思うけど、恥ずかしくて目を合わせられない。
「あらら、少し怖がらせてしまったかな?」
「い、いえ! だ、大丈夫です」
「それはよかった」
相手方はニッコリと笑っている。
それを見て、ビクビクしつつ部屋に置かれているソファーに座った。
「改めて僕の名前はクロス・ガイゼル。まあ、この公爵家の嫡男だよ」
「は、はひぃ! わ、私はクリナ・マーレスです」
「ああ、よろしく頼むよ」
「こ、コチラこそです」
雰囲気的にいい人には見えるけど……。
でも無能な私には勿体無い相手だと思うが、口がカラカラしてなかなか言葉が出ない。
「まあ、挨拶はこのくらいで。君はなんでここに呼ばれたのかわかるかい?」
「え、えっと、無能な私を見て嘲笑うためですか?」
「ハハッ、やっぱりそう答えるよね」
「え、あ、申し訳ございません!」
こんな答え方をして不快にしてしまったかな。
そう感じたがコチラは思いっきり頭を下げる。でもクロス様はカラカラと笑っているから、何でだろう?
「別に不快にはなってないから気にしないでよ」
「あ、ありがとうございます」
向こうの反応的に大丈夫っぽいので頭を上げる。
だけどまだまだ不安が大きいので震えていると、クロス様は紅茶を飲みながら口を開く。
「僕が君を呼んだ理由だけど、君が社交界に出ている時に他の貴族令嬢とは全く雰囲気が違う君に興味を持ったんだよね」
「ち、違う所ですか?」
「そう! まあ、今の反応で確定したよ」
「え?」
私の反応で確定した?
あの、クロス様は何を言っているんだろう……。
個人的にかなり気になっていると、向こうはテーカップをお皿の上に置いて頷いた。
「君は自分に自信がなくて卑屈になっているよね」
「! それは……」
「答えづらいよね。でも、見ていてバレバレだよ」
「も、申し訳ございません!」
「ああ、謝り癖もありそうだ」
この短期間で私の特性を知られるとは……。
クロス様の洞察力はすごいし、無能な私とは全く違う。
なのでモヤモヤした気持ちが湧いていると、クロス様が立ち上がった。
「さてと、ここで話しても仕方ないから移動するよ」
「へ? どこにですか?」
「そりゃ我が家にあるダンスホールにだ」
「……えええ!?!?」
いきなりダンスホールってなんで?
思わずパニックになっていると、向こうはニコッと笑顔を浮かべた。
「一応、マーレス家からの情報でダンスが苦手なのは知っているからね」
「な、なら! なぜ……」
「まあ、そこは僕の趣味だね」
この公爵様は意地悪なのかもしれない。
でも私には拒否権がないと思い、公爵家が保有しているダンスホールに向かう。
ーー
公爵家が保有しているダンスホールの広さは圧巻の一言だった。
「まずは、うちの自慢の音楽団が代表的な曲を流すけど大丈夫かい?」
「え、あ、はい」
「あ、ちなみに君の相手は僕がするよ」
「……ええ!?」
ガチガチに緊張している中、ダンスの相手がクロス様とか意識が飛ぶわ。
というか、無理なので断ろうとするが、彼は乗り気なのかストレッチをしていた。
「さてと、始めるよ」
「は、ひいぃ!」
どうしようもならない。それに失敗したらどうなるかを考えると、思わず目から涙が溢れそうになる。
だが、クロス様は笑顔を浮かべたまま私の手を取った。
「ではよろしくお願いします」
「は、はい……」
コチラの緊張が頂点に差し掛かるが、音楽が流れ始めると自然と体が動いた。
最初はガクガクだったが、クロス様は令嬢と踊る事に慣れているのか、下手くそな私を上手くリードしてくれた。
「え、な、なんで?」
リードがあるとはいえ、踊れている事を不思議に思っていると、音楽が終わったので私は勇気を持って口を開く。
「あ、あの、何で私は踊れたのですか?」
「フフッ、それは君に余裕を持たせたからだよ」
「よ、余裕……」
「そう! まあ、僕の主観だけど君は焦りとパニックで頭が真っ白になって失敗していたんだと思うんだよね」
「え、あ」
確かに実家では怒られてばかりで余裕がなかった。
でも今回はクロス様のお陰で上手く踊れたので、私は思わず目から涙を流す。
「だ、大丈夫かい!?」
「いえ、ありがとうございます!」
今まで失敗ばかりで自分を無能と思い続けて来た。
なのでクロス様のアドバイスを実践して、成功した事がとても嬉しく感じる。
「それはよかった! なら他の曲も踊ってみるかい?」
「もちろんです」
嫌いだったダンスが大好きになった感覚があり、私はクロス様に付き合ってもらい日が暮れるまで踊った。
ーー
クロス様と出会ってから十日後。
今日はガイゼル公爵家で大きなパーティが開かれるみたいで、私は綺麗なドレスを着て建物に入った。
「前にも来ましたが公爵家の屋敷はすごいですね!」
「え、ええ」
今回もお付きのメイドについて来てもらいつつ、私はパーティ会場の中に向かう。
「ひ、人が多い……」
公爵家が開くパーティだ。
周りを見ると大勢の人が集まっており、誰もが高級そうなお召し物を着ていた。
その中で私が浮きそうだと思っていると、美しい女性と話しているクロス様を見つける。
「あ、やっぱり」
私に自信をくれたクロス様。
でも、私よりも美しい女性の方が彼に似合うかもしれない。
そう思った私は思わずパーティ会場から出て行きたくなるが、クロス様と目が合う。
「すまない」
コチラが逃げようとした時、クロス様が美しい女性との話をやめて声をかけて来た。
「え、あ、クロス様……」
「ハハッ、待たせたかな?」
「いえ!」
婚約の話はあくまで話として出ているだけ。
そう思っていたけど、向こうは反応してくれたので嬉しかった……でも、その気持ちは長くは続かなかった。
「あらクロスじゃない」
「! マーベル」
「へ?」
コチラに近づいて来たのは綺麗な金髪で整った顔立ちをしている女性。
反応を見るにクロス様と同等クラスみたいだ。
「貴方、アタシを置いていって脇役と話していたのね」
「わ、脇役……」
「もしかして感に触ったかしら?」
オホホッと高笑いをする相手に何か言い返したかった。
でも勇気が出ないので固まっていると、パーティ会場に音楽が響く。
「あら、ちょうどいいタイミングね。クロス、一緒に踊るわよ」
「……悪いけど君とは踊らない」
「へ? じゃあ誰と踊るの!」
「彼女だよ」
相手の女性、マーベルは自分が構われないから文句を言いたいみたいだ。
でもクロス様は私を選んでくれたので、ここは何とかして言葉を言う。
「よ、よろしくお願いしますクロス様!」
「ああ、よろしく頼むよレディ!」
「!! 貴女、ウチがライブン公爵家と知っての暴挙なの?」
「ここはガイゼル公爵家のパーティです! それにクロス様のお誘いを断りたくない!」
「! お、覚えておきなさい!」
ズカズカと離れていくマーベル。
私は思わず腰を抜かして倒れそうになった時、彼に体を支えられた。
「よく言ったね」
「え、ええ、今でも怖いです」
「まあ、そうだろうね」
会場に響く音楽。
その中で少しでも変われたと思った私は、クロス様と一緒に壇上に上がった。
そして一通り踊った後、クロス様がある事を口にする。
「ねえ、もしよければ僕とお付き合いをしないかい?」
「! え、それって……」
この一言を聞いて顔が赤くなる。
だが向こうは真面目な表情のまま言葉を続けた。
「君の答えは?」
「よ、よろしくお願いします」
「ありがとう」
この時の私はパニックになっていたが、今回の選択はプラスに働いたと思った。
「無能で使えないと思っていたのに……」
「うん? 何か言ったかい?」
「いえ何も!」
私は自分が嫌いで自信がなかったが、キッカケさえあれば変われる事を理解できた。
その事を思いながら、クロス様とのお付き合いを始めていくのだった。