11. さいご
物騒な事件があった路地の工事が行われることになり、地鎮祭を白川貴仁が行う。
水色の狩衣は見事な絹であしらわれ、黒い浅沓で闊歩する。若い神主に見学していた人達は、興味津々に見入っている。その所作はどことなく気品に満ちており、美しい。
この地に巣くっていた悪鬼はだいぶ前に葬り去った。その名を手にしてしまえば、赤子の首をひねるようなものだった。ほとんどは本来の属すべき世界に送られ、抵抗するものは力で消失させられた。
この儀式が終われば、建物はすべて壊され、更地になる。近隣に住んでいた人達も別の場所に引っ越し、この地を去った。再開発予定地になり、今後は新しい商業施設が建てられる予定だ。
この地は地脈が乱れ、その乱れに多くの悪鬼が集まったが。その根本の原因になったビルは、真っ先に取り壊される。その建物は1番最後に建ったものだが、建っている位置が非常に悪かった。地域住民の反発を抑え込んで建てた結果がこれである。
持ち主は行方不明になっており、処分ができない状態だったが。最近改正になった法律のおかげで、解体が可能になった。
野次馬が沢山おり、何気ないこの光景を多くの人が目にしている。しかし、この一連の作業が何重にも重なる根回しの結果である事に気付く者はいないだろう。
公の権力が行き交う中、本来なら、数年かかることもある事業だ。それを1年も経たずに行うとは、実はとってもありえないことだったりする。
唯一、それを可能にする一門があるが……。そのやり口や痕跡を探すのは困難であり、いつの間にか、そうなっていたレベル。
その一門の当主、橘 初音。背の高い、質の良いスーツを着こなす中年。その男は、人々に紛れながら、ことの流れを見送っている。にこやかに微笑むその男の隣には、その息子、駿之介が控えていて、その右手にはスーツケースのキャリーハンドが握られている。
「お前の出国に間に合って良かった」
「結局、父さんの力を借りてしまったね」
初音はフッと笑う。自分への気遣いではなく、力で敵わなかったことを悔しがっているのだろう。しかし、これは息子のためだけにやったわけではない。ここには利権が入り乱っており、結果、ある筋へ恩も売ることができた。
「家のことは気にするな、好きにすればいい。イギリスにでもどこにでも行けばいいさ」
温和で気品のある雰囲気を崩すことなく、淡々と息子へ声をかける。
「……いつ戻ってくるかはわからない。戻らないかも知れない」
駿之介は父に顔を向けることなく、自分の決意を口にした。
「……彼女がお前に残したメッセージ、お前はその言葉の意味を受けるつもりはないのだな」
自分の父親に対し、驚いた表情で見返した。そして、父親の存在の意味を思い返し、ため息をついた……。
この人には入らない情報はなく、見えないものはない。それが橘家の当主という存在だった。
「はい、従うつもりはないです」
その言葉にも、フッと笑みを漏らす。そうだ、うちの子供達は、誰に似たのか頑固者なのだ。
「ハクは貴仁に返しなさい」
「はい、わかってます」
「向こうで元気に暮らせ、たまには連絡しなさい。私だけでなく、母さんにも」
「わかりました」
その言葉を聞き終わると、初音は人混みに紛れながらその場所を立ち去る。
駿之介も空港へ向かうため、その場を離れていく。
雫が意識を取り戻した後、駿之介にオフィーリアからのメッセージを伝えた。
こんな感じだ。
シュン、待ち合わせに行けなくてごめん。
不思議なことに、待ち合わせに向かった先は未来で、
貴方の国の少女を救うことになった。
その意味、貴方ならわかるわよね?
貴方は、私の足跡を辿ってはダメ。
私達の約束を覚えてるでしょ。
約束、深追いは決してしないということ。
本件に関して、その約束の相手である駿之介は、守るつもりはそもそもない。
ちなみに、駿之介とオフィーリアは日本で会う約束をしていたが。待ち合わせに彼女は来なかった。
彼女はイギリスを出発し、EU大陸を移動、ドイツに入ったことまではわかっている。しかし、その記録を最後に、彼女の足取りは完全に消えたままだ。
なお、彼女が日本に入国した記録はなかった。
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