10. 麒麟児
高校生はそれなりに忙しい。文武両道と家業を掛け持ちするなら、尚更だ。部活は弓道部、成績は上位トップ10には常に入り、家業は平安時代からの陰陽師の名門。
家業といっても、長い年月を経て、制度や仕事は無くなり、技と力は途切れ途切れでかろうじて存続。この白川 貴仁が、100年ぶりに白川家に生まれた陰陽師の才能である。
家門の歴史は浮き沈み。栄華を誇って、沒落、また復活しての沈むの繰り返し、浮き沈みが激しいながら生き残る、しぶとい家系。出る杭は打たれ、打たれの、打たれ強い。
そんな白川家とは別の道を歩んだのは、橘家。同じく一時は栄華を誇り、没落後は、盛者必衰、高木は風におられるを悟り、目立たず、黒子に徹し、情報や技を家門に残す道を選んだ。
橘家は白川家をとっても上手に使ったことから、両家の仲はよろしくない。とはいえ、敵を作らない橘家の対し、白川家が一方的にこじらせてるとも言える。
メガネの銀の縁を人差し指で持ち上げ、不満げに住宅街を歩く男、この白川 貴仁も、なかなかのこじらせ度。駿之介に反抗的でありながら、なんやかんやで上手くこき使われている。
「ハク、とっとと終わらせるぞ!」
ハクは後ろを歩きながら、無表情でありながら、気乗りはしていない。駿之介のお願いだから付いてきたに過ぎない。
「雑魚ばっか……」
夕方に壊れた電灯の下を歩きながら、残留する悪鬼を滅失していく。それほど厄介な相手ではないため、簡単な術で焼失させる。
「あの幽体離脱の女子高生、なんで狙われてんだか知らないけどさ。この浄化作業、部活後にさせるか、普通……」
弓道部の練習が終わった途端、急な連絡をしてきて、「住所送るから清めろ」と一方的に言われた。無視しようとしたら、ハクまで送られてきて、しゃあなしでやっている。
にしても、厄介な奴の痕跡は感じる。とおに移動したようだが、残骸を見る限り、かなりの本気度でやって来たっぽい。あの女子は、こんな奴を相手をどうやってやり過ごしたのか……。
「ハク、お前も見てないで手伝え」
自分の式神のくせに、知らぬ顔をしている。手伝う気もなさそうだ。ムカつくことに、駿之介の言うことしか聞かない。
まだまだ成長途中の術師だが、力は有り余る才能の塊。作業的に駆除している。目的地まで半分を過ぎた時、貴仁の勘が働いた。異質なモノを感じ取った。
右手の人差し指と中指を重ね、人差し指の側面を唇に当てた。そして、口の中で術を唱える。姿勢よく立つ姿は、いにしえからの力を起こす。それは白川家の歴代の術師が受け継ぐ才能である。
ハクは自ら傍に控える。それは意思ではなく、本能だ。主人への服従は式神の性。
貴仁の方から軽く息が吐かれると、空間に銀色と金色が混ざった斑点が、所々に現れる。それの間隔と場所を見るに、人が辿った道のようだ。悪鬼とは全く相容れない存在、それもちょっと前に残ったモノだ。
「あーなるほど……」
その痕跡を歩きながら確認し、邪魔な奴を片手で滅する。
「ハク、これはあの人の痕跡だよな?」
「そうだと思う……駿之介が見ていたのと同じ種類のやつ」
「それを辿ると……え?なんであの家に辿り着くわけ??どう言うこと?」
その痕跡は、依頼された女子高生の家まで続いている。悪鬼を全滅させ、痕跡を辿り終わると。
「あんたが呼んですね?」
雫の家の前に立つ男。その姿はこの世のものではない。昔は人であったが、亡くなった人だ。貴仁よりは背が低く、体つきはガッチリし、優しい顔つきの上品な男。
「この家のご主人ですね。初めまして、白川と言います。お嬢さんを助ける者です」
その男は深々と頭を下げた。
「とても徳が高いの霊。多くの命を救った人。遠野 公平、救急救命士であり、緊急消防援助隊として派遣された先で、不慮の事故で亡くなった」
ハクは淡々と語る。そのハク存在に気づくと、その男は頭を傾げた。不可思議な存在を初めて見たようだ。
「奥さんとお嬢さんを守っているんですね?」
その男は頷いた。
彼の心残りから、この世に留まっている。
「お嬢様さんのために、悪魔祓いの力を借りましたね?」
それにも頷いた。
貴仁は口笛に似た音を出す。それは旋律のように流れ、その男が見た世界が現れる。
—————鬼瓦が2人の女子高生を追いかけ、雫が事故に遭い、遥かが歩道に突き飛ばされた。男が車にひかれた娘の方に駆け寄ると、邪悪なモノが遥かの方へと近寄って行くのが目に入ったら………。
その記録の空間にフワリ、と貴仁は降り立つ。その邪悪なモノを足で踏みつけ、遥へと踊るかのように足技を施す。そして、その女子高生を覗き込んだ。
『特異点か………』
貴仁はその事実を確認すると、遥に軽く祈りを捧げた。
特異点、その定めの星の下に生まれた人、それが悪鬼に狙われた理由だ。
パチン
指を弾くと、止まっていた記録が流れ始める。
悪鬼が遥を捕まえようと渦巻く!
【遥が危ない!連れてかれる!お願い助けて!!】
男は娘の願いに、思い惑う。守りたい我が子を目の前に、その子の切実な願いに揺れた。
迷いに迷った後、男は遥と共に去った。
娘を残して。
トン
貴仁が雫の前に降り立つ。
飛ばされた体から離れた魂。その魂を覗き込んだ。
『なるほど……この子の星はあの特異点と引き合っていたのか……』
フワリ
記録の隙間を軽く飛び越える。
ギリギリギリリ
今度の記録は闇の中、雫が鬼瓦の生霊に追い詰められている場面だ。
『特異点との繋がりを切らなかったか……』
貴仁はまたもや軽く回転振ると、離れた場所に降り立った。そこには男、雫の父親の想いがあった。徳の高い霊魂であっても、2人を守れるほどの力はない。
しかし、積み重ねられた善行、恩行は、同じく善の存在を呼び寄せた。
金髪碧眼の西洋人形のような女の子……。
「オフィーリア……やっばり、あなたか……」
その流れる記録、それをただ見守る貴仁。その口から漏れる軽い音色……。
彷徨い行くべき場所に行けなくなった、遥。自分の生身の体に戻れなくなった、雫。それぞれをそれぞれの場所に帰すべきだろう。
それは、雫の父親にも言えることだ。この世に留まり続ければ、ここから離れることができなくなる。
シューッ
貴仁は親指と人差し指で空間を切ると、ハクが神妙な雰囲気で控えていた。そして、貴仁は頭を下げた。
「ハク見つけたか?」
ハクには、遥という女子高生の「宿りモノ」を探すように指令していた。居場所とも言える。
「うん、見つけた。雫という子の右手にある糸の輪っか。オフィーリアがそこに隠し、守護をかけた」
貴仁は目で頷いた。そして、改めて男と向き合った。
「全てが解決したら、私があなたを送りますね」
男は深々と頭を下げた。
貴仁はそれを正しい姿勢で受け入れる。その姿には覇気がある。
ハクは抗えない力を目の前にしていたが、不思議と気分は悪くなかった。
白川家は陰陽師の名門であり、平安の時代からその才を惜しみなく発揮してきた。名ばかりではなく、実力がともなう。
その継承者、白川 貴仁は、麒麟児と言われている。