ある人魚姫の妹
年齢制限は一応のものです。
とある海の王国の、とある人魚姫が姉の恋路に協力したら色んなことが起きました。
人生、何が起きるか分からない。良いことも悪いことも。
私の次兄は、時折感情が荒ぶる時がある。そのエネルギーは大しけを発生させる。それが原因で、ある国の王子が乗っていた船が転覆するという事件があった。そして、王子はある人魚に助けられた。
ある人魚、それは私の敬愛する姉の1人だった。
姉は助けた王子に恋をした。そして先日、深海の魔女に自らの声を差し出して、人間になる薬を手に入れた。
そして現在、私は砂浜で人の姿でもがく姉の様子を、少し離れた岩場から眺めている。
姉から少し離れた所に王子とその従者が見えた。彼らが姉を見つけたようだ。彼女に走り寄る姿を見届けて、私は岩場から離れ海に潜った。
「フェリ、ぶつかるぞ」
「あぶっ」
声と同時に額が硬いものにぶつかった。額を摩りながら見ると、見慣れた立派な胸板が目の前にあった。よくぶつかるんだよなぁ。
「いやルドガーが避けたら良いのでは?」
「俺が避けてたら、お前網に引っ掛けられていたぞ」
ほれ、とルドガーの顎が示す先を見る。漁師が沈めた網が見えた。
「あらー」
「あらーじゃない。考え事をするなら、もう少し深く潜ってからにしろと何度言えばわかるんだ」
呆れを含んだため息と共に、ルドガーが私の片腕を掴んで泳ぎだす。少し泳ぐと、ちらほらと人魚の姿が増えだした。
人の世界でいう城下町のような場所まで来ると、多くの人魚で賑わっている。
3つの大海の内の1つを統べる海の王の娘である私に気づいた人魚が挨拶しようとした。しかし、隣りにいるルドガーに小さく悲鳴をあげ、見て見ぬ振りをした。
「なんで怖がるかな……愛嬌は微塵もないけど美男なのに」
「それは褒めてるのか?」
「凄いわかりやすく褒めてるよ?」
元来、人魚は男女問わず美しい造形をしているが、私の中での美人魚ランキング男女総合部門でルドガーは堂々の2位だ。ちなみに1位は先程人間になった姉である。ということはルドガーは、暫定1位ということになる。
ルドガーは、なんとも形容し難いという顔になった。側から見たら顰め面に見えないこともない。
「フェリ」
「ん?」
「お前何かしただろ」
ルドガーと私は幼少期から知っている者同士、所謂幼馴染だ。彼は普段とは異なる空気を感じ取ったらしい。
「私は何もしてないよ、今回は。まあ何もしなかったともいえる」
人間になると言う姉を止めなかった。彼女の恋と、父の想いとを天秤にかけた結果。姉の選択が彼女を幸福にするのか不幸にするのかは未来で決まることだ。父が決めることではない。
「そろそろ父上が気付く頃だなー。やだなー」
自身の最も愛する娘が人間になったことに気づいた父の怒り狂う様が目に浮かぶ。しかも深海の魔女が一枚噛んでいるとくればそれはもう荒れに荒れるだろう。昔はそこまで仲は悪くなかったと聞いたことがあるのだが。
原因を作った次兄と、姉の企みに関与した私には恐らく激しくお怒りになる。怒られるのは慣れているので別に苦ではないが、それに加えて何かしらの罰が課せられるのが心底面倒なのだ。
そんなことを考えていると、周囲の水が大きく震えた。賑わっていた通りが一瞬静まり、ルドガーと私以外の人魚達は一斉に自身の家に帰りだした。先程の明るさとは異なる、切羽詰まり気味な騒々しさだ。
城を、正しくは父を震源地とした振動が城下一帯に広がったのだ。この現象は数年に1度ある。原因は主に次兄か私だ。
「お前やっぱり何かしただろ」
お城、帰りたくないなー。
陸地から離れた海原に浮かんで、私は澄んだ青空を見上げる。
姉が人間になってから、半年程が過ぎた。
結果論で言えば、全て丸く収まった。それはもう吃驚するほどに。
「フェリ、日干しにでもなるつもりか」
「日光浴と言って欲しい。ルドガーもやる?」
「しない。それより母上からの茶の誘いだ」
「いいともー」
呆れ顔のルドガーに続いて海に潜る。日光を受けていた部分が海水で冷やされていく。
「そういえば、母上がこの間の話の続きが聞きたいんだと」
この間の話の続きとな。
「どれだろ? 『王子に恋した人魚姫が紆余曲折の末王子の従者と結ばれる話』かな? それとも『追放先の海で勇者達と出会って彼らと一緒に魔王を倒した人魚王子の話』かな?」
前者は、借金まみれの王子が姉上を奴隷商人に売ろうとていることに気づいた王子の従者が、姉上を助けたというもの。更に従者は、幼い頃拐かされた王弟であることが判明した。
結果、元従者は王と王子を退け、まさかの王様になっちゃった話だ。
姉上はこの元従者に求婚され、王子を振って先日ささやかな結婚式をあげた。"ささやか"なのは、散財癖のある王子や王が国庫を使い込んでいたためだ。
姉上はこれから、夫である王と共に国を建て直すと息巻いていた。
ちなみに姉上の美声は結婚祝いとして姉上に返された。深海の魔女は元々慶事があれば返す予定だったらしい。父上は苦い顔をしていた。
後者は、父上に追放された他所の海で、次兄が魔の海と呼ばれる海域にある、魔王の棲む島に行く勇者達と出会い、彼らに協力したというものだ。まあ海についての知識は人魚の右に出る者は中々いないだろう。勇者の一団にいた魔法使いの協力で、一時的に人間の姿になれたそうで、魔王討伐時にも戦力として参加したのだそうだ。
姉上の結婚式に特別参加で次兄達と再会した時に話を聞いた。
次兄の傍らには件の魔法使いがいて、まあどう見ても恋人同士の空気を醸し出していた。
「その2つじゃない」
「ええぇ?」
じゃあ何だろう?
「……『姉の恋路を応援してたら追放され次期深海の魔女になって、深海の魔女の息子と末長く幸せに暮した妹人魚姫の話』だそうだ」
こういう時、ポーカーフェイスが妬ましい。
「つまり義母上は私の惚気話が聞きたいと?」
「俺も聞きたい」
「えー……すごく嫌だ。何その拷問聞いたことない。ルドガーはどっか遠いとこ行っておいで?」
止めないから。
「残念だが既に3人分の茶が用意してある。あと安心しろ。俺も惚気話を求められている、母上から」
恋バナは、何歳になろうとも楽しいもののようだ。どちらとも無く顔を見合わせ、緩く笑って、ため息を吐いた。
お茶会場所はもうあと少しだ。