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三十話

お祭りに心躍らせるのは子供だけでは無い。一年に一度のお祭りなのだから、住民たちは皆朝から笑顔を絶やすことなく騒ぎ続ける。

あちこちから聞こえる音楽や歌声。広場の中心で自然と始まるダンス。レイラたちが踊る様な上品なダンスでは無く、リズムに合わせて適当にステップを踏むような、ただ楽しむだけの動きを繰り返しながら、住民たちは寒さで鼻を赤くしながら楽しそうに踊っていた。


「皆さん楽しそうですね」

「そうだね。これを見ると準備に追われていた甲斐があったなと思うよ」


大変だけれどと付け足しながら笑うロナルドは、もこもこと着ぶくれしているレイラの腰を抱きながら嬉しそうに歩く。人が多い事を理由に夕方のパーティーが始まるまでは屋敷にいた方が良いとルークは渋っていたが、折角だからお祭りを楽しみたいと駄々を捏ねたレイラに、ロナルドが絶対にそばを離れないと約束をしてどうにか屋敷から出て来たのだ。


レイラが想像していたよりも大勢の人達。家族で歩いている者、恋人と寄り添いながら歩いている者、友人たちと楽しそうに笑いながら買い食いをしている者。それぞれが自由に楽しみ、出店を出している者達は声を張り上げて会場を盛り立てていた。こんなに楽しい催しがある事を初めて知った。自然といつもより軽くなる足取り。そわそわと周囲を見回し、あれは何だこれは何だと指差しながらロナルドに問うレイラは、まるで幼い子供のようだ。


「バロックス社も出店を出しているのですか?」

「今年は試しにやってみたいって事でお試しだよ。いつもの店だと入りにくい…でも気になる…っていう層向けなんだってさ。本店で最近売り出した比較的低価格帯の商品を出すそうだ」


レイラの部屋に置いてあるようなぬいぐるみは、一般庶民には手が出しにくい。本来子供向けの商品なのだからと、価格を抑えた商品を最近になって売り出したようだ。出店に並べられたぬいぐるみたちはサイズも小さければ質は少々落とされている。しかし、可愛らしく作られた顔が子供たちの心を掴んでいるようで、これが欲しいと駄々を捏ねる子供たちがそこかしこでバロックス社の出店を指差して親にせがんでいた。


「可愛らしいですものね」

「赤ん坊が持っていても丁度良さそうな大きさだしね」

「私たちに子供が生まれたら、一つ購入しましょうね。猫が良いでしょうか」


歩きながらそんな話をして、レイラははたと自分の発言に口を噤む。自然とロナルドとの間に子供が生まれる未来を想像した。跡継ぎが必要だからと言ったのは自分だが、今は素直にロナルドとの子供は可愛いだろうなと想像したのだ。

まだ見ぬ我が子が、出店に並べられた小さなぬいぐるみを抱きしめて眠っていたら、どれだけ可愛らしいだろうと。


「…お忘れください」

「ジェマとお揃いにしようね」


クスクスと小さく笑いながら、ロナルドは嬉しそうにレイラの頭に頬を寄せる。寒い筈なのに、レイラの頬はカッと熱を持っていた。


「あ!若様だー!」


ふいに幼い子供の声がした。

若様と呼ばれる事に慣れているのか、ロナルドは声のした方を向き、走ってくる小さな男の子に視線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。


「やあブライアン。家族で来たのかい?」

「うん!父ちゃんと母ちゃんと来たの!」


にこにこと嬉しそうに微笑み、手にしている小さな焼き菓子を見て!とロナルドに突き出すその子供は、ロナルドの隣にしゃがんだレイラを不思議そうな顔で見つめて首を傾げた。


「誰?」

「俺の奥さん。綺麗だろう?」

「こんにちは、レイラです」


子供に向けてそんな事を言うなと肘で軽く小突きながら挨拶をすると、ブライアンと呼ばれた少年はじっとレイラの顔を見つめる。

こういう時どうすれば良いのか分からないレイラは、にっこりと笑顔を張り付けたまま黙り込んだ。


「お姉さん、綺麗な髪の毛」

「そうかしら、ありがとう。貴方の髪は美味しそうだわ」


キャラメルのような色素の薄い茶色の髪。ぴょこぴょことあちこち跳ねている癖毛が何だか可愛らしくて、レイラはその髪をそっと撫でた。


「美味しくないよ」

「キャラメルみたいなんだもの。素敵な色ね」

「ああいたブライアン!すみません若様、この子ったら突然走り出して…」


慌てて走ってきた若い女性は、我が子の前でしゃがみ込んでいるロナルドとレイラに頭を下げる。レイラの姿を見るのは初めてだろうが、ロナルドと一緒にいる金髪の若い女性という事でレイラがロナルドの妻であると察したのだろう。深々と頭を下げ、我が子の非礼を詫びると気まずそうに視線をうろつかせた。


「ねえ母ちゃん、若様のお嫁さんすっごく綺麗だよ」

「そうね…」


そろそろ離れたいという顔を隠しもせず、母親はそっと息子の手を取り小さく頭を下げる。だが、ブライアンは不思議そうな顔でレイラの方を指差しながら母親に問う。


「何でお姉ちゃんを皆で悪く言うの?」

「い、言ってないわよ!初めてお会いしたのに!」


慌てふためく母親の顔を見るに、悪く言っているのは本当なのだろう。ソルテリッジに住む人々はレイラの父を慕っているが、あくまでそれは父と関りがあった人達だけで、そうではない人達からすれば父は国を裏切ろうとした大罪人。その娘であるレイラもまた、罪人と同じなのだ。


「私の父の話かしら」


聞き流して笑っておけば良かったのだろうが、レイラは父を悪く言われる事を良しと出来なかった。父は罪人では無かった。陥れられただけ。ただ、優しすぎただけ。


「いえ、あの…」

「構いません。父の事を知らなければ、大罪人であると言う話を信じるのは無理ありませんもの」


にっこりと微笑みながら、レイラは母親に向かってそう言った。程々にと無言で忠告するロナルドがレイラの肩に手をやるが、最初からレイラはそんなに詰め寄る気はなかった。


「誤解である…という事だけお伝えしておきますね。残念ながら既に父は亡くなっておりますし、私は罪人の娘とされておりますが今はネルソン家の妻なのです。これから先、長いお付き合いになるかと思いますので、これからの私を見てくださったら嬉しいわ」


ね、と夫の顔を見上げ、にこにこと笑みを絶やさない。何て失礼なのと怒り狂うであろうと想像していたのか、ブライアンの母はぽかんと口を開けて呆けている。

レイラの隣で黙って聞いていたロナルドは、そう来たかと小さく震えながら笑っていた。


「レイラ、ブライアンのお母さんは妊娠しているんだ。寒いところで立ち話も疲れてしまうから、俺たちはそろそろ行こう」

「まあそうでしたの。それはおめでたいですね。どうぞお体を大切にね。さよならブライアン、お母様から離れたら駄目よ」


二人で親子に手を振りながら、ゆっくりとその場を去る。息子を探していたらしい父親が合流し、呆けている妻に何があったのか聞いている声を聞きながら、レイラはクスクスと声を漏らして笑いだした。それにつられたのか、ロナルドは声を上げて笑った。


「本当に私は罪人の娘として見られているのですね!」

「まさかあんなに挙動不審になるとは思わなかったけれどね。しかもレイラが直接今後言うんじゃないって牽制するんだから可笑しいったら」


妻が悪く言われている事を知っても笑えるなんてと憤慨するふりをしたレイラは、初対面の人間に牽制した事で緊張し、小刻みに手が震えている事に気付く。

自分に向けられる敵意。修道院では殆ど存在を無視されていた。ネルソン家に来てからは、優しく受け入れられ、大切にされてきた。悪意を向けられる事は今まで殆ど経験が無かったのだ。


あんなに腹の底が冷えるような気持ちになるなんて知らなかった。


「帰る?」

「いいえ、まだ来たばかりですもの。罪人の娘として見られる事なんて想像しておりましたし、今はそんな事よりもロナルド様と二人でお出かけをしていたいです」


まだ帰らないぞとロナルドの腕にしがみ付き、レイラはお願いと上目遣いで夫の顔を覗き込む。最近覚えたおねだり技だ。ロナルドにこの技は大変効果があるようで、仕方ないなあと顔をふにゃりとさせながらレイラのおねだりを聞いてしまう。何て簡単な夫なのだろうと内心呆れながら、レイラは今回も無事お願いを聞いてもらえた事に満足し、ロナルドの腕にしがみ付いたまま人込みを進んだ。


◆◆◆


「あー…何だか雰囲気変わった?」


そう呆れ顔を見せるのは、以前一度だけ会ったロナルドの友人エドワード・パーカーだった。

以前はロナルドがベタベタとレイラに纏わりついているだけだったというのに、今は互いに身を寄せ合い、仲睦まじく歩いているのだ。何があったのだと訝しむなり、公衆の面前でそんなにべったりするものではないと呆れるなりする方が正常な反応だろう。


「お揃いのリボンまで…随分仲良くなったようで」

「似合うだろう?」


自身の髪を飾るブルーのリボンを見せながら、ロナルドは自慢気に友人に微笑む。レイラのドレスは露出を控えたハイネックのドレスで、首元をロナルドとお揃いのリボンで飾っている。


「はいはい、仲が良いみたいで安心したよ」

「仲は良いよ、とってもね」


にこにこと嬉しそうに微笑みながら、レイラを見つめるロナルドに、レイラもそうですねと穏やかに微笑んだ。レイラの笑顔を初めて見たエドワードは、目をぱちくりとさせて苦笑する。


「元々美人だから、笑うと更に美人になるね」

「そうでしょうか?」

「前よりずっと良い。ロナルドの奥さんじゃなかったらすぐにでもダンスに誘うよ」

「まあ、お上手ですのね」


くすくすと笑うレイラをエドワードから庇うように抱き寄せると、ロナルドは渡さないからなと友人を威嚇する。

取らないよと言いたげに両手を顔の両脇に持ち上げたエドワードは、心底友人に呆れているようだ。


「俺もこんなに仲の良い夫婦になれたら良いんだけどな」

「婚約したんだろ?おめでとう」

「おめでとうございます」

「ありがとう。まあ親の決めた結婚だし、相手はその…うん、なかなか気難しい子なんだ」


ふうと溜息を吐くエドワードは、自分の婚約者を思い浮かべているのか浮かない表情だ。

どんな人と婚約したのか聞く程の仲ではない。気にはなっても、今はそれ程突っ込んだ話は出来そうも無かった。


「どんな子?」


聞いてしまうのかと夫の顔を見上げるが、レイラも気にはなる。静かに黙ったままエドワードを見れば、彼も話したかったのか端に寄ろうとジェスチャーしながら二人を誘う。

会場の中は人でいっぱいだ。主催はルークとクローディアだからと、ロナルドとレイラは挨拶やもてなしを全て任せて気ままに楽しんでいた。今も友人と楽しく語らっていても良いだろう。


「気難しいんだ。何を話しても返ってくるのははい、いいえのどっちか」

「会話が続かないのか…」

「何が好きか聞いても無言。贈り物をしてもありがとうございますって一言だけ手紙が来て終わり。もうどうしたら良いのか…」


困り果てていると頭を抱えるエドワードに、ロナルドは小さく唸る。気難しいというよりはコミュニケーション能力に難があるように思えるのだが、レイラは何かアドバイスを出来る程経験豊富では無かったし、今は黙っている方が良さそうだ。


「因みに何を贈ったんだ?」

「ネックレス。婚約の記念にと思って…」

「定番だよなあ…あんまり興味無いとか?」

「会う時は必ず着けて来てくれるから、全く気に入らなかったわけでは無さそうなんだけどな」


女の子の事は分からないとぼやくエドワードは、次は何を贈ろうか、それとももう何も贈らない方が良いのだろうかと悩んでいるらしい。

友人夫婦のように仲良くなりたい。親の決めた結婚であっても、長い時間を共に過ごしていくのだから、険悪な仲であるよりはずっと良い。そう思ってなるべく婚約者に好かれようと努力しているらしいのだが、既に心が折れかけているようだ。


「初対面がいけなかったんだろうか…」

「何かしたのか?」

「遅刻したんだ。出かける直前になって服のボタンが取れて、着替えて馬車に乗ったら今度は道を間違えられてね」


ついてなかったんだと言いながら、初めての顔合わせで遅刻をするような男だから幻滅されたのかなと大きな溜息を吐いた。


「奥方はどう思う?」

「どうでしょう…約束の時間に遅れてしまったのは宜しくありませんが、その後きちんとお詫びをして、大切にしてくださっているのなら私は一度の遅刻は許してしまうかもしれません」


素直な感想。

ロナルドも考えは同じなのか、レイラの隣でうんうんと頷いていた。


「じゃあ贈り物が駄目だったとか…?」

「どのようなものをお贈りしたのかは分かりませんが、ネックレスは私も嬉しいです。普段から身に着けられるものならば、離れていても一緒だと思えますもの」


左手に嵌っている結婚指輪に手をやりながら、レイラはにっこりと答える。隣で「今度ネックレスをプレゼントしようね」と言っている夫の事は華麗に無視だ。後でいらないと丁重にお断りをしよう。


「お話をするのが苦手という方もいらっしゃいますし、ゆっくり時間をかけても宜しいのでは?」

「そうかな…」

「婚約してまだ二か月くらいだったか?これからだよ」


頑張れとエドワードの肩を叩きながら、ロナルドは朗らかに笑う。自分はこんなに妻と仲が良いと自慢するようにレイラの肩を抱くのは如何なものかと思うが、エドワードとロナルドは昔からこうなのだ。

互いに自慢もするし、励まし応援もする。気兼ねなく話が出来て、弱みを見せる事の出来る大切な友人なのだ。


「気長にやるよ。今度紹介したいから、お前の家に遊びに行っても?」

「勿論。いつでも歓迎するよ。ね、レイラ」

「私もご一緒して宜しいのですか?」

「家族ぐるみで仲良く出来たら嬉しいよ。前の君は少し苦手だったけれど、今の君は仲良くしたい」


そっと差し出された手を握り返し、レイラは穏やかに微笑む。エドワードもまた、金のようにも見える茶色の瞳をキラキラと輝かせながら微笑んだ。


「ご来場の皆様!主催のルーク・ネルソンよりご挨拶がございます!」


グラスをカンカンと叩きながら誰かが声を上げた。会場の端、楽団が演奏している壇上で会場を見回すルークに、客人たちの視線が集中する。

堂々と挨拶をし始めるルークに、レイラはじっと視線を向ける。会場の誰もがそうしている筈だった。


ふいに、レイラの隣に人の気配がした。ロナルドが移動したのかと思ったのだが、夫は先程と同じ位置で妻の肩をしっかりと抱き寄せながら壇上の父に目を向けている。

では誰が、くるりと後ろを振り向けば、そこには見知らぬ男が立っている。


栗毛の髪をした、若い男。目が合った事で小さく会釈をしたレイラに気付き、ロナルドも同じ方向を見た。


「っ…!」

「えっ…」


ぐらりと視界が揺らぐ。ロナルドが男からレイラを庇うようにレイラを抱きしめたのだ。ロナルドの様子に気付いたエドワードも男を見ると、さっと顔色を青くさせながらロナルドの前に立った。


会場の誰もがルークの方を見ている。

このやり取りに気付いているのは当事者以外に誰もいない。


「こんばんは、コリンズ嬢」


小さく挨拶をした男は、静かにと人差し指を立て、口元へと持って行った。


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