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三話

子供の頃着せられていたドレスはもっと軽かったように思う。コルセットもしていなかったし、踵の高い靴も履かなかった。

腹回りが苦しい。頭も重いし耳にもぶらぶらとぶら下がる飾りが邪魔くさい。勿論必死で動かす足も痛い。早く帰りたいが、流石に隣を歩く夫の顔に泥を塗るわけにもいかず、レイラは無表情を保ったまま歩き続けた。


「大丈夫?」

「問題ありません」


着慣れない余所行きのドレスを必死で捌きながら、レイラは歩く。ロナルドの腕に掴まるのに必死で殆ど聞こえていないが、会場のあちこちからあれが次期ネルソン家の奥方なんて騒がれている。


先日商人を追い返したせいで新しい装飾品は手に入らなかったが、それでも結婚する時にロナルドが用意してくれた物で充分だった。

濃藍のドレスに合わせたサファイアのネックレス。キラキラと輝く小粒のダイヤたち。ネルソン家の財力を誇示するように、レイラは一際美しく飾られていた。


ロナルドの友人貴族から誘われたパーティー。次期当主であるロナルドは、なるべく親密な仲になりたいと目論む貴族から人気だった。

物腰も柔らかく、見た目も良い。妻の座を狙っている令嬢も多かっただろうに、妻に選んだのは大罪人の娘。

あれがロナルドの妻、貴族でなくなった何も持たない女がネルソン家の妻となった事を妬む者は多いようで、女性陣からの視線はとても冷たく厳しい物だ。


自分のせいで優しいロナルドが悪く言われるのではないか。そう思うと会場に入るのは気が重かったが、直前になって突然「やっぱりやめる」と駄々を捏ねる方が宜しくない。我慢して会場に入ったは良いが、歩く事に必死でそれどころでは無かった。


「ダンスは踊れそうかな?」

「慣れていませんので…」


コソコソと話しながら歩き、ロナルドとレイラは主催者である友人へ挨拶をする。

サンプソム子爵家子息エドワード・パーカーと紹介された茶髪の男性は、ロナルドととても仲が良いらしい。挨拶をするだけだというのに、まるで親友と数年ぶりに再会したかのように熱い抱擁を求めた。


「まさかお前が結婚するなんて!」


やるじゃないか!と豪快に笑うエドワードは、にこりと微笑みながらレイラに手を差し出した。


「初めまして。エドワード・パーカーと申します。楽しんで行ってくださいね」

「レイラ・ネルソンと申します。ご招待感謝いたします」


差し出された手を取ると、エドワードはレイラの手の甲にキスを落とす。嫌味の無い優雅な動きに、レイラの胸が僅かに高鳴る。

金色のような不思議な色の瞳が美しいエドワードの顔を見つめ、レイラはふっと口元を緩めた。

見た事の無い妻の顔に慌てたのか、ロナルドはしっかりとレイラの腰を抱いてエドワードを睨む。


「俺の妻だぞ」

「別に取ったりしない。俺たちの友情を壊したくない」


けらけらと笑うエドワードをじとりと睨むロナルドは、心配そうにレイラを見る。

金の髪を細やかに編み、キラキラと輝くダイヤが散りばめられた髪飾りを着けたレイラは、見ているだけならば作り物のように美しい。


普段よりも丁寧に施された化粧は目鼻立ちをはっきりさせたし、真っ赤なルージュも似合っている。


「はあ、可愛い」

「外でやってくれないか?」


頬を染め、妻の腰を抱いていない手で自分の胸元を握ったロナルドの表情は蕩け切っている。

普段から可愛いだの綺麗だの言われ慣れているが、いつだってにこにこと微笑んでいるのに、今夜のロナルドは少々様子が違う。見惚れ、溺れ切っているような、蕩けた表情を浮かべてばかりなのだ。


「だってこんなに綺麗な人が俺の妻なんだぞ?こんなに嬉しくて幸福な事があるか?」

「あーあー…長年の友人がこんなになるなんて。何か魔術でも使ったのかな?」

「心当たりがありません。出会った時からこうですので」

「つまりこれは病気だな」


へらりと呆れた笑みを浮かべ、エドワードは何かあったら味方するよとレイラに笑った。

何かあったらと言われても、今の所困ったことは無い。レイラが嫌がる事は絶対にしないし、ただ毎日甘ったるい言葉を零し、真綿で包む様に甘やかされているだけだ。


「友情を壊したくないと言う割には、友人の扱いが酷いんじゃないか?」

「友人だからこそだろう?さて、申し訳ないが他の招待客にも挨拶してこないと。ゆっくりしていって」


じゃあねとレイラに手を振り去って行くエドワードは機嫌が良さそうだ。レイラもひらりと簡単に手を振ると、ロナルドはやめてくれとその手を取った。


「やっぱり来るんじゃなかった」


何か粗相をしただろうか。それとも気分を害する事をしてしまっただろうか。手を振られたから振り返したのはマナーとして宜しくなかったのだろうか。

サッと顔を青くしたレイラの頭に頬を寄せながら、ロナルドは小さく囁いた。


「君を見てる奴等が多すぎる。嫉妬で焼け焦げてしまいそうだよ」

「は…」

「俺の妻はこんなにも素晴らしくて美しい人なんだってエドに自慢したかったんだけど…駄目だね、俺は自分で思っていたよりも器が小さいみたいだ」


うわ言のように可愛いと何度も溜息を吐くロナルドに腰を抱かれ、重たいドレスで碌に身動きも取れないレイラはじっとうつむいてそれを聞くしかなかった。

顔どころか耳まで熱い。真っ赤になってしまっているだろう事は予想出来たが、ロナルドは小さく笑いながら何度でも「可愛い」と「綺麗だよ」を繰り返した。


◆◆◆


化粧を落とした顔をまじまじと鏡で確認する。綺麗だの可愛いだの、美醜というのはあまりよく分からないが、ロナルドがあれだけ何度も囁くように、自分の顔が可愛いとも綺麗だとも思えない。化粧をしてくれたメイドの腕が良かったのだろうと結論付け、レイラはふうと小さく息を吐いた。


結局あの後は、ロナルドにしっかりと腰を抱かれ、会場のあちこちで自慢された。

俺の妻だから手を出したら怒る、何をしてでも復讐するぞと笑ったロナルドに、呆れた人はどれだけいたのだろう。去り際に申し訳ないと小さく頭を下げると、何人かは「苦労するね」と小さく口元を緩めてくれた。


夫は優しい。

結婚式のその日からずっと変わらずに。真直ぐに愛してくれるし、真綿に包まれるような優しく穏やかな生活は居心地が良い。

この家に嫁いできてから約一か月経ったが、ロナルドは愛しているよと毎日必ず一度は囁く。だが、体を重ねたのは一度きりだ。結婚したその日の儀式のような行為。それ以降は抱きしめたりキスをする事はあっても、それ以上の事は一切しなかった。


レイラが嫌がったというわけではないのだが、ロナルドは絶対に先に進もうとしないのだ。同じベッドで眠る事もあるが、腕の中にしっかりと閉じ込めて、朝まで二人でぐっすり眠るだけ。たったそれだけで、ロナルドは幸せだと笑う。


何も返せない。どれだけ優しく、良くして貰っても何も差し出す物が無い。体を差し出す事しか出来ないのに、それすらロナルドは求めない。

もしかしたら外に恋人でもいて、そちらと仲良くやっているのならそれでも良い。何か理由があって、その恋人と結婚できないから訳アリのレイラを選んだだけかもしれない。


そこまで考えて、それは流石にロナルドに怒られるのではないかと考える事をやめた。

もし万が一欠片でも疑ったと知られれば、きっと今まで以上に愛情表現が過剰になるだろう。いっそのこと開き直って放置するようになってくれた方が気楽だ。


「レイラ、入っても良い?」

「どうぞ!」


普段よりも大きな声が出たが仕方ない。ロナルドの事を考えていたタイミングで本人が部屋を訪ねて来た事もそうだが、外に愛人を作っているのではと疑ったのだから。


「どうかした?」

「いえ…何でもありません」

「そう?今日は一緒に眠っても良いかな。枕は持ってきたから」


大きな枕を抱えて微笑んでいるロナルドに、レイラは諦めたように息を吐く。拒否するつもりは最初から無いが、断られる事を微塵も考えていないロナルドに呆れているのだ。

そもそもレイラのベッドにも枕はある。むしろクッションに埋もれて眠っているのだから、わざわざ自室から枕を持ってくる必要なんて無いのだ。


「構いませんよ。ですが、枕は必要ありません」

「クッションを退かせば良いんだよ。いつも通り」


いそいそと自分の寝る場所を作り始めるロナルドは機嫌が良さそうだ。

お揃いの生地の寝間着を着ていた事が嬉しいのだろう。水色の寝間着はサラサラとした手触りで着心地が良い。お気に入りになった寝間着は、結構な頻度で着ているせいかロナルドと一緒に着ている事が多かった。


「もう休む?それとも何か飲むかい?」

「お酒なら沢山いただきました」


まだ少し酒が残っている。パーティー会場で散々酒を飲んだし、もう液体を腹の中に入れたくない。その場でぴょんと飛んだら腹の中がちゃぽんと音を立てそうな気がした。


「疲れただろうし、ベッドに入って休もうか。少し話をしても良い?」

「わかりました」


明日からロナルドは暫く仕事で忙しくなる。結婚して慣れない生活をする事になるレイラの為、仕事を抑えめにしていたらしい。

それを告げた時のロナルドはとても申し訳なさそうで、眉を下げて泣き出しそうな顔をしていた事を思い出した。

先にベッドに潜り込んだロナルドは、レイラが入りやすいように布団を持ち上げて待っている。いそいそとそこに滑り込むと、レイラは定位置となった枕に頭を預けた。


ふかふかと頭を支えてくれる枕はいつでも柔らかい。修道院の枕は固く、何となく埃臭いというか、かびくさかった。

この屋敷に来てから鼻がむずむずする事は殆ど無い。いつもどこでも清潔で、埃なんてどこにも積もっていない。快適な生活だ。


「足は痛くない?ヒールって大変そうだよね」

「少しだけ。ふくらはぎの方が少し辛いです」

「どれどれ」


布団を剥ぎ、妻をころんと転がしたロナルドは、さっさとレイラの足元に跨る。何をするんだと楽し気な夫を睨んだが、ロナルドは温かい掌でレイラの足を摩り始める。


「あんまりやった事ないけど…軽く押すよ」


ぐいぐいと親指の腹でレイラのふくらはぎのあちこちを押し、時々摩るを繰り返す。夫が妻にやる事ではないと抗議しても、ロナルドはやめる気は無いようで、足の裏や足首までマッサージし始めた。


「ドレスも重いし、ヒールは足に負担がかかるし…無理させてごめんね」

「慣れていないだけですので…あの、本当におやめください」

「嫌かな?」

「嫌というわけではありません。ですが夫が妻にする事ではありませんから」

「うちはうち、よそはよそ。俺がやってあげたいからやるだけだよ」


穏やかな声色でそう言うと、ロナルドは足だけでなく腰や背中まで押し始めた。固まっていた背中を解して貰えるのは気持ちが良いし、薄手の寝間着越しに伝わるロナルドの手の体温が心地よかった。


慣れない場所で疲れてしまっていたレイラは、ゆっくりと重たくなる瞼を持ち上げるのに必死だ。


「明日から暫く帰りが遅くなるんだ。眠る前には戻って来るから、出迎えはお願いしても良い?」

「頑張ります」

「行ってらっしゃいだけじゃ足りないからね。勿論無理はしなくて良いから」


今眠らないように頑張っている方が無理だ。

すっかり重たくなった瞼をもう持ち上げる事は出来そうにない。閉じた切り開かなくなった瞼を持ち上げる努力すら投げ出し、レイラはロナルドにマッサージをされたまま意識を夢の中に放り込んだ。


規則正しい寝息を立てている事に気付いたロナルドは、布団を掛け直し腕の中にしっかりとレイラを仕舞い込むと、額にキスを落として微笑んだ。

お気に入りの宝物を大事に仕舞い込む子供のように。


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