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二十七話

流石に強気になりすぎただろうか。そう後悔して早数日。うじうじと悩んだり、これくらいしたって良いじゃないかと憤慨してみたりと、この数日のレイラは情緒不安定だった。デイジーは勿論、使用人たちは心配そうにしているし、ロナルドもどう接したら良いのか分からないようで、時折困惑した表情を浮かべていた。


「レイラ様、本日も贈り物が…」


ぎこちない動きでレイラが刺繍をしているサンルームに現れたデイジーが、腕に抱えた箱をレイラに差し出した。

女性が腕に抱えられる程度の大きさの箱。既に中身は確認された後らしく、包装などは剥がされているがもう気にする事はやめた。

花束が贈られてきてから、ほぼ毎日のようにレイラ宛の荷物が届くようになったのだ。


「今日は何かしらね」

「ドレスでした。デザインは十年程前に流行したものですが…生地は上質なもののようです」

「そう。お母様の物かもしれないわね」


箱に綺麗に収められた銀色のドレス。夜会用であろうそれは、布全体に小さなダイヤの粒が散りばめられていた。まるで星空のように見える。


「綺麗…」

「お召しになられますか?」

「きっと私には似合わないわ。お部屋に飾っておいてくれる?」


物が増えるだろうからと、ルークは屋敷の一室をレイラに与えてくれた。その部屋は、レイラ宛に贈られてくるコリンズ家の持ち物たちを保管しておく部屋になった。

今日贈られてきたドレスは、トルソーに着せられ飾られるだろう。昨日届いた男性用の礼服が既に飾られているその隣に、並べて飾るようデイジーに言いつけた。


「カードはあった?」

「はい、ありました」


差し出されたカードを受け取ると、レイラは相変わらず細かい字を目で追う。ごめんなさいという言葉は毎回書かれており、今回も一番最後の結びの言葉として「ごめんなさい」と書かれている。何に対し詫びているのか分からないが、これだけコリンズ家の持ち物を持っているのなら、何となく差出人の検討はついていた。


「…ブランサム教会って何処かしら?」


カードに書かれている文字の途中、教会の名前にレイラは目を止める。そこに行けと書かれているのだが、教会に用事は無い筈だ。


「申し訳ございません、私は存じません…」

「そう…調べてみましょうか」


レイラがそう言うと思っていたのか、デイジーは部屋に来るときに一緒に持っていたバスケットの中から古い地図を取り出した。

くるくると巻かれた地図をテーブルの上に広げると、細かな文字を指で追いながら目的の教会を探し始める。


「見つけるまでに時間が掛かるかもしれません。レイラ様はどうぞ続きを」


そう言うと、デイジーは無言で黙々と地図を追う。自分で言いだしたのだからとレイラが地図に顔を寄せると、陰になるからやめろと視線で追い払われてしまった。優しくないなと唇を尖らせながら、レイラはせっせと針仕事の続きに取り掛かる。

とはいえ、もう殆ど作業は終わっているのだ。数針ちくちくと刺すと、不要な糸をぱちんと切った。


暫く前にロナルドと約束していた刺繍入りのハンカチ。祭りの手伝いやクローディアのレッスンで随分と時間が掛かってしまったが、上々の出来だろう。


広げられたハンカチは、縁をぐるりと一周するように彩られている。複数の鳥が、リボンや花を咥えて羽ばたいているモチーフ。愛する人へ贈る物だからと、一針一針丁寧に刺した。喜んでくれるだろうか、随分待たせてしまったし、忘れていないだろうかと夫の事を考えながら、レイラは口元を緩ませる。


「見つけました!」

「どこ?」

「このお屋敷からかなり離れていますね。ソルテリッジの王都側のようです」

「つまり真反対って事ね…」


馬車で三日はかかるであろう距離の教会に行けとはどういう事だろう。そこに行って何が見られるのだろう。誰かに会う事でも出来るのだろうか?


「どうされますか?」

「どうもしないわ。どうせこれも報告されるのでしょう?それなら、きっとお義父様が先に手配するわよ」


自分で動かせる人間は限られている。屋敷の主であるルークが動かせる人間よりも遥かに少ない。むしろ、この屋敷の使用人はあくまでルークが主なのだ。レイラの命令の前に、ルークの命令に従う必要がある。いくらレイラが行く、もしくは行けと命令したところで、ルークが駄目だと言えば成す術無しだ。


一人では何も出来ないのだと再確認したような気分で、何となく面白くない。


「ありがとうデイジー。目が疲れたでしょう?」

「いえ、すぐに見つけましたから」


王都側から探して正解でしたと笑うデイジーに、レイラも小さく笑う。ここ数日家族の間でぎすぎすとした雰囲気が漂っている事で気まずい思いをさせてしまっているのではと心配していたのだが、デイジーはそれを感じさせない、いつもの笑顔だった。


「貴方は一流のメイドね」

「どうされたのですか、突然」


褒められた事は嬉しいが、いきなり何だと目を見張るデイジーに、レイラはクスクスと笑う。改めて地図に目をやるが、やはり掻き込まれた文字はとても細かく目が痛い。


「お礼よ」


そう言って、レイラは裁縫箱の中からリボンを取り出す。デイジーがオフの時に髪を纏めているリボンが解れてしまっている事がずっと気になっていたのだ。初めての給料で買った物だからずっと使っていると言っていたのだが、もう一本くらいあっても良いだろう。


「私に…ですか?」

「ええ、無理に使えとは言わないけれど、似合うと思って」


淡いピンク色の光沢のあるリボンを手に、デイジーはふるふると唇を震わせる。気に入らなかっただろうか?と不安になったのだが、デイジーはうっすらと目に涙を溜めながら大きく頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「え、ええ…」

「私…レイラ様のお付きになれて本当に幸せです」

「どうしたの、突然」

「言いたくなったんです!」


頭を上げたデイジーの目は、まだうるうると潤んでいる。泣くほど喜んでもらえるのなら、もっと良い物を贈れば良かったと若干の後悔をしながら、レイラは困ったように小首を傾げた。


「始めの頃は…その、嫌だったでしょう?」

「そんな…その、少しだけ、どうすれば良いのか分からない事もありましたが、今のレイラ様は大好きです」


メイド長がこの光景とデイジーの言葉を聞いたら、きっとすぐにでもお説教が始まるだろう。だが、今のレイラは素直に好きだと行ってもらえたのが嬉しかった。


「ありがとうデイジー、私も貴女が大好きよ。これからもよろしくね」

「これから…では、レイラ様がお屋敷を出るという噂は嘘なのですね!」

「どういう事?」


良かったと何度も繰り返すデイジーに、レイラは座れとジェスチャーをしてみせる。それはしっかりと断られたが、使用人たちの間で囁かれている噂について教えてくれた。


何がどうしてそういう話になったのかは分からないが、最近ぎすぎすしているのは、レイラがロナルドと離縁してコリンズ家に戻る、つまり現ライトリー男爵と再婚するという噂が流れているらしいのだ。


「どこからそんな噂が…全く持って事実無根、私はネルソン家次期当主ロナルド・ネルソンの妻であり、生涯それは変わらないわ」

「信じておりました…!」

「信じているならきちんと否定してきて頂戴。この話は聞かなかった事にしてあげるわ。間違ってもロナルド様やお義父様にこの話が聞かれたら、使用人皆処分されちゃうわ」


それは困る。さっと顔色を青くさせたデイジーは、こくこくと何度も頷いた。


「そうだ、ロナルド様に頼まれていたハンカチが出来上がったの。プレゼントしたいから、何か包装用のリボンを見繕ってくれないかしら」

「畏まりました!すぐにお持ちします!」


貰ったばかりのリボンを大事そうに握りしめたデイジーは、頭を下げると嬉しそうな笑みを浮かべたままサンルームを出て行った。少し離れたところから走るんじゃありませんと叱る声が聞こえ、レイラは思わず噴き出した。


随分居心地が良い。この屋敷に来られて本当に幸せだ。先日は言い過ぎてしまったし、何となくぎすぎすしているのが気まずいが、落ち着いたらまた仲良く生活出来るだろうか。


まず一つ決めた区切り。贈り物の差出人に会えたら、まずは一つ。思い切り嫌味を言って、それが済んだら諸悪の根源を捕まえて怒鳴り散らして終えてやる。


この数日、針仕事をしながらずっと考えていたのだ。これからの家族はネルソン家の人々。もうこれが済んだら、自分から家族を追い求めるのはやめる。今いる家族を愛して生きて行こう。そう決めたのだ。


◆◆◆


「レイラ…!」


ふるふると震え、今にも泣き出しそうな夫を前にどんな顔をすれば良いのだろう。

ゆったりと子猫を撫でながら、レイラはベッドの上で歓喜に打ち震えているロナルドに呆れた目を向ける。向けられている本人は、宝の地図を広げるような恰好で手渡されたばかりのハンカチを広げて眺めている。


「こんなに細かくて綺麗な刺繍初めて見た!本当に貰って良いの?いや待って駄目って言われても返せない!」

「言いませんよ。それはロナルド様の為に刺したのですから」


ぎゅうとハンカチを胸に抱き、大袈裟に喜ぶロナルドは「生きてて良かった」と呟く。本当に大袈裟だなと呆れるレイラの膝の上で、ジェマは眠そうに大きな欠伸をした。


「お待たせしてしまいましたね」

「忙しかったんだから仕方ないよ。それに、わくわくしながら待っているのも楽しいものさ」


もう渡さないぞと言わんばかりに、ロナルドはしっかりとハンカチを胸に抱いたままじりじりとレイラの座るベッドの端ににじり寄る。ロナルドが動くのに合わせ、ベッドがぼよぼよと揺れるのが嫌なのか、ジェマはさっさとレイラの膝から飛び降りた。


「良い子だねジェマ」


そこは俺の場所だとでも言いたいのだろうか。にんまりと笑いながら子猫を褒めると、ロナルドはごろりとレイラの膝の上に寝転んでレイラの顔を見上げる。

月明りに照らされるレイラの金色の髪。嬉しそうに蕩けた顔で、レイラの頬をそっと撫でるロナルドは、心底幸せだと呟いた。


「明日自慢して回らなきゃ」

「おやめください…そんなに上手ではありませんので」

「可愛い奥さんに刺して貰ったんだって自慢したいんだよ。それにとっても上手だ」


あまり握っていては皺になるだろうに、ロナルドは嬉しいのか決してハンカチを手放そうとしない。ぎすぎすしていた雰囲気はどこへやら、すっかり数日前の仲の良い二人に戻っていた。


「欲の無い方ですね」

「俺はレイラが一緒にいてくれればそれで良いんだよ」

「でも愛してもらえたら、世界で一番幸福になれるんですよね?」

「そうだよ。だから俺は今この世界で一番幸せな男なんだ」


愛していると言った記憶は無い。きょとんとした顔をするレイラを見上げるロナルドの表情が徐々に不安気なものへと変わる。よしよしと頭を撫でるレイラの手を止めながら、ロナルドは不安そうに問いかけた。


「…俺の勘違いだったりする?」

「勘違いとは?」

「レイラも、俺の事を愛してくれていると思ってたんだけど…だからもう抑えなくても良いんじゃないかなと思って、その…色々」


口ごもるロナルドの言いたい事が分からない。ロナルドから視線を逸らし、何が言いたいのかを考えているうちに、少し前にアイリスと話した事をロナルドにも話した事を思い出した。その夜から、夫婦としての生活が新たに始まったのだ。


「そっ…ちが…!」

「ごめん!勘違いして勝手に…拒まれないからって安心して…」

「違いますそうじゃありません!愛しております!」


慌てふためき体を起こしたロナルドの肩を引き倒し、再び自分の膝に寝かせたレイラが叫ぶ。きっと廊下にまで聞こえただろうが、今はそんな事を気にしていられなかった。誤解されるのは御免だ。


「ほんとに?」

「跡継ぎをと思っているのは本当ですが…その、お慕いしている方に求められて喜ばない女が居るとお思いですか?」


恥ずかしい、消えてしまいたい程恥ずかしい。顔を真っ赤にしながら、しかしきちんと伝えなければと必死で、レイラは消え入りそうな程小さな声でロナルドに言葉を返す。


「修道院から出してくださったからでも、生活の保障をしてくださるからでもなく、この先もずっと、貴方と二人で手を取り合って生きて行きたいのです…これを愛と呼んでも宜しいでしょうか?」


愛なんてよく分からない。分からないなりに、レイラなりにロナルドを愛しているつもりだ。隣にいたい。一緒に生きていきたい。この先もずっと、ロナルドの妻として生きたい。そう思えるようになったのは、ロナルドが真直ぐに愛を伝え、愛してくれたからだろう。それに応えたいと思った事が切っ掛けだったとしても、何をしたら喜ぶだろう、帰ってきたらこんな話をしよう、一緒に眠れるのが楽しみだ。そう考えながら夫の帰りを待つのが楽しいのだ。


これが、レイラなりの愛だった。


「レイラが俺を愛してくれるまでは、結婚式の夜を思い出にしようと思ってたんだ。でも、俺だって男だから愛した女性を抱きたいと思う。だからレイラがあの日俺に愛を向けてくれてると思って…」

「はい、愛しておりますよ。ですから今後も受け入れます」


いくらでもどうぞと続けようとして、流石にそれははしたないからと口を閉じた。何だか気まずいというか、恥ずかしい雰囲気になってしまったぞと困惑しながら、レイラは膝の上のロナルドから視線を外す。部屋の隅、椅子の上に座らせている黒い熊のぬいぐるみの足の間で、ジェマは丸くなって眠っているらしい。


この部屋にあるもの、いる者はレイラにとって大事な存在だ。何も失いたくない。全てがレイラの宝物なのだ。


「ロナルド様の隣にいても、宜しいでしょうか」

「うん、いてくれないと嫌だ」


そう返すロナルドの顔は、幸せそうに蕩けている。ゆったりと結んだ長い黒髪は乱れてしまっているが、それを気にすることなくレイラの頬に向けて手を伸ばす。


「何があっても、レイラは俺の大事な奥さんだ。愛しているよレイラ。いつまでも」

「私も愛しておりますよ、ロナルド様。何があっても、いつまでも」


気恥ずかしいが、たまにはロナルドのように素直に言葉にしてみても良いのかもしれない。恥ずかしくて顔が熱い事に気付いていないふりをしながら、レイラは頬を撫でる夫の手を受け入れる。


ブランサム教会へ行けというカードの話をしようと思っていた事をすっかり頭の片隅に追いやりながら、レイラは体を起こしたロナルドにベッドに寝かされるのを受け入れた。


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