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二十四話

「お祭りってどんな事をするの?」


祭りに参加した事のないレイラの素直な疑問に、アイリスは丁寧にあれこれ教えてくれた。


ネルソン社の事務所の前に出店を出したり、夜には海に浮かべた船の上から花火を上げたり。新しい一年を迎えられた事を祝う為の祭りらしいのだが、準備に追われるネルソン家とディーン家は目の回る忙しさになるらしい。


「普段の家の仕事と一緒にやらなくちゃいけないからね。だからお祭りの準備は女たちがメインでやるの」

「そう…私に出来ると良いのだけれど」

「大丈夫よ、慣れたらすぐ出来るようになるわ」


へらりと笑うアイリスは、優雅にカップを傾けてお茶を啜る。

毎年同じような事をしているから、そろそろ新しい事をしたいとぼやいているが、どこから資金を出すのだとか、一応この祭りは男爵家主催という事になっている為、許可を貰わなければならないから面倒だとか、溜息を吐くアイリスは今年も同じ内容になりそうだと唇を尖らせた。


「いくら伝統って言っても、そろそろ新しい事をしたって良いと思うのよね」

「例えば?」


出されたクッキーを頬張りながら、レイラは小首を傾げる。

伝統的な催しならば、伝統に則る方が良いと思うのだが、アイリスはそうではないようだ。目をキラキラとさせながらあれこれと案を出してくれるのだが、どれもこれも随分とお金のかかりそうな事ばかりだった。


「レイラならどんな事をしたい?」

「私?お祭りに参加した事も無いのに?」

「だからこそよ!どんな事をしたら楽しいと思う?」


ずいとテーブルに身を乗り出すアイリスに少々引きながら、レイラは何か素敵な事をと頭を働かせる。長い間修道院に閉じ込められていたおかげで色々な経験が足りていないレイラだが、最近はネルソン家の書庫に入り浸って本を読む事が増えていた。


本の中で知った素敵な事を、自分も経験出来たらどんなに素敵だろう。そう考え着くと、先日読んだばかりの一冊の本を思い出した。


「船の上で、ダンスをするの」

「船の上で?」

「そう。この間読んだ本にそんな場面があってね、とても素敵だったのよ」

「へえ、詳しく聞かせて!」


キラキラと目を輝かせ、アイリスはレイラの言葉の続きを待つ。早く聞かせろと急かす様に、アイリスはテーブルに身を乗り出した。

何となくの思い付きで言葉にしてしまっただけだったレイラは、時々言葉を詰まらせながら本の内容を話して聞かせた。


身分違いの恋をした少女がいた。恋をした相手は荒くれ者揃いの船乗りの一人。同じ年頃の船乗りの少年と、箱入り娘の少女は互いに恋に落ちた。

恋をした二人は身分も違い、生きる世界も違う。それでも、互いを求める事をやめられなかった。だが、結ばれる事は無い。それを理解すると、二人は船の上でダンスを踊る。たった一晩だけ、手を取り合い、ただ相手だけを見つめ、瞳に焼き付ける。そのシーンがとても美しい情景としてレイラの頭に浮かんでいたのだ。


「二人は結ばれないけれど、とっても素敵な一夜を思い出に生きて行くの」

「素敵だけれど…何だか悲しいわね」

「誰もが愛した人と一緒に生きていけるわけじゃないのよね。私たちは幸運だわ」

「そうね…」


黙り込んだ二人は、それぞれ自分のパートナーを思い浮かべる。いつでも幸せそうに微笑み、愛を囁いてくれる唯一の男性を。


「私ね、最初はオーリーが怖かったの。とても大きくて、全然笑わなくて…年も離れているしね」


ぽつぽつと話し出したアイリスは、懐かしむようにそっと口元を緩める。

初めて会った日、アイリスは自分の未来の夫がこんなにも怖い男性だなんて信じたくなかった。二人でお散歩してきなさいと庭の案内をさせられたが、殆ど会話をする事もなく、ただ黙って庭を回った事。

何度か会ううちに、口数の少ない人であると理解し、自分だけ勝手にベラベラと喋った。返事は殆ど無かったが、相槌を打ってくれている事に気付くと、口下手なだけできちんと話を聞いてくれる人だという事を知った。アイリスが話した事をきちんと憶えていて、喜ばせようとプレゼントしてくれる事もあった。


「オーリーっていつも背中を丸めているでしょう?あれはね、私が大きくて怖いって言ったからなの」

「そうなの?」

「そうよ。少しでも体を小さくして、少しでも怖くないようにって」


背中が痛くないのか気になっていたのだが、それには理由があった。それが、未来の妻の為だというのだ。大きくて無表情で、どこか近付き難い男の小さな優しさ。それがとても嬉しいのだと、アイリスは笑った。


「そういう優しい人だから、不器用なりに愛してくれるから、私も彼を愛しているの」


何だか惚気られてしまった。気恥ずかしいが、友人の幸せそうな顔を見ていると胸の辺りがむずむずとして、温かくなった気がする。

気恥ずかしさを隠す様に、レイラは一口お茶を飲んだ。


「何だか恥ずかしい話をしてしまったわね。船上パーティー、とっても素敵だと思うわ!」

「お義母様も賛成してくれるかしら?」

「どうかしら。話してみるだけでも良いんじゃないかしら」


クローディアが賛成してくれたなら、きっと素敵な催しになるだろう。お祭りに参加してくれた人々も、喜んでくれたら嬉しい。

そう思うと、思い付いただけのこの催しがやってみたくて仕方なくなった。


「ロナルド様も賛成してくれると良いのだけれど」

「レイラがやりたいって言ったら、きっと彼も賛成するわ」

「絶対の味方だものね」


ふふふと小さく笑い合いながら、若い二人は船はどこから調達するだとか、飾りつけはどうするだとか、あれこれと相談をし始める。まだ決まってもいない話だというのに、楽しい事を考えるのがやめられない。楽しい、もっと楽しい事をしたい。


少し前までは抱けなかった感情が、レイラの胸を暖かくした。


◆◆◆


祭りの支度はやはり忙しかった。あれもこれもやらなければならないのに、レイラは祭りがどういうものなのかも分からず、クローディアとアイリスの後を付いて回る事しか出来なかった。

何も出来ていないというのに、レイラはぐったりと疲れ切りベッドに倒れ伏している。


「随分お疲れだね」


いつも通り寝室にやってきたロナルドは、お疲れ様とレイラの後頭部を撫でる。金色の髪をさらさらと撫でるその手は、いつも通り優しい手付きだった。


「私は何も…何もしていないのにこの有様なのです」

「初めてなんだから仕方ないよ。頑張ってくれてありがとうね」


そう言葉をかけると、ロナルドは労わるようにレイラの背中を摩る。温かい手が背中を行ったり来たりする動きに何となく安心し、レイラは静かに目を閉じた。


「アイリスは何度か準備の手伝いをしてくれているから慣れている筈だよ。分からない事があれば何でも教えてくれるから頼ると良い」


ロナルドの言う通り、アイリスはレイラの為に色々と助け船を出してくれた。クローディアの指示で何か仕事をしようとし、分からずに固まっている様子を見るとすぐに手を貸してくれた。こっそり「こうすると楽よ」と教えてくれたりもした。

何も出来ず不甲斐ないと落ち込むレイラの背中をぽんぽんと叩きながら、大丈夫だと笑う事すらしてくれた。


「アイリスは…とても優しくて素敵なお友達です」

「そっか。仲良くなれて良かったね」

「ロナルド様のお友達ですもの、良い方に決まっています」

「そう言ってくれると何だか嬉しいよ」


照れ臭そうに笑うロナルドに、レイラはうっすらと目を開き微笑む。自分と同じように微笑む、ロナルドの黒い瞳。さらりと落ちる黒い髪。昼間アイリスと話した事を思い出した。愛している人と共に生きられる事は奇跡なのだと。


この人が、自分を愛してくれている事が、妻にしてもらえた事が、どれだけ奇跡的で幸福な事なのか。


「私は幸せ者です」

「どうしたの、突然」

「昼間、アイリスとお話していた事を思い出したものですから」


話の流れが分からないロナルドは、困惑しながらも妻が幸せそうに微笑んでいる事に満足げに笑う。


「愛した人と共に居られる事は幸せであると、アイリスとお話していたのです」

「そうだね、俺はとても幸せだ」

「私もです」


レイラの言葉に、ロナルドはぱちくりと目を瞬かせる。

妻が「私も」と言った。愛している人と共にいられるのは幸せな事であるという話をして、私も幸せだと答えられたのだ。


「あー…ごめん、今日は部屋に戻るよ」

「え…何故ですか?」

「レイラは悪くないんだ。ただ俺が…うん、ごめん」

「嫌です」


ロナルドが逃げないよう、レイラはぎゅっとロナルドの手首を握りしめる。大して力は強くないが、駄目ですと目で訴えた。

ほんのりと赤くなった顔のロナルドが、離してほしいと遠慮がちに掴まれた腕を引く。駄目だと引かれた手を引き直すレイラ。互いに無言の攻防。


「一緒にいてください」


お願いと小さく付け足せば、ロナルドはぐっと言葉を詰まらせて唇を噛みしめる。

そして大きく溜息を吐くと、観念したようにベッドのレイラの隣に倒れ込んだ。


「レイラ、今晩は大人しく俺を部屋に帰した方が良いと思うけれど」

「何故ですか?」

「抑えが効かないから」


それはどういう事か。そう問う前に、ロナルドはレイラの上にのしかかる。何事かと目を白黒させるレイラの上で、ロナルドはゆったりと口元を緩ませた。

カーテンのように降りてくる真っ黒な髪。髪のカーテンから逃げられる気がしない。ドキドキと胸が高鳴る。頬が熱い。


「レイラ」

「ひゃい」

「愛してるよ」


ゆっくりと近付くロナルドの顔。そっと重ねられた唇。この空気を知っている。結婚したその日、たった一度だけのあの夜の空気。


「もう我慢しないからね」


にっこりと微笑んだロナルドに「我慢とは何か」と問う前に、レイラは唇を塞がれる。

何だか可笑しな事になってしまったぞ。話したい事はまだ沢山あったのに。


ぐるぐると頭を駆け巡る「どうして」という言葉を口にする事は、この夜のレイラには出来なかった。


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