二十三話
子猫の世話をしながら、クローディアとのレッスンをして、祭りの支度をするのはなかなか忙しい日々だった。
会場の整備をするのは男衆の仕事だが、飾りつけや催し物の手配をするのはレイラとクローディアがメインの仕事だ。
「おば様、お花はこんな感じでどうかしら!」
「あらぁ、とっても素敵!」
クローディアとアイリスは、仲良く和気藹々としながら飾りつけのブーケの相談をしあう。寒さの厳しい冬であっても、会場は華やかに彩りたい。そう願うクローディアは、花と言えばディーン家だからと毎年ディーン家に任せる事にしているらしい。
「お食事は今年も立食形式でしょう?町の人達は出店を出したがってるかしら?」
「稼ぎ時だもの、出店してもらいましょ」
「なら今年もくじ引きね!」
くるくると忙しそうにしている二人の前で、レイラはぽかんとした表情のまま固まっている。
会場はネルソン社の前にある広場。普段飲食店を営んでいる住民たちは、祭りの為に出店を出したがる。流石に全ての店に許可を出してしまうとすさまじい数になるからと、毎年くじ引きで出店する店を決めているらしい。
ネルソン社の事務所も、一階部分を開放し祭りの会場の一部にする。冷えてしまった体を温めたり、出店の食べ物に慣れていない上流家庭出身の人々の為に食事が用意されているらしい。ちょっとした休憩所も兼ねているようだ。
「あの…私は何をすれば…」
「そうねえ…レイラは今年が初めてだし、私のお手伝いをしてくれるかしら?そのうちアイリスと二人で準備をしてもらうようになるから、今のうちになんとなく流れを覚えておいてほしいわ」
にっこりと微笑むクローディアはそう言うが、レイラは先程から二人のやり取りを聞いていても何をすれば良いのか全く見当も付いていない。あれもこれもやらなければならない事が山積みになっている事は分かるのだが、祭りがどういう物なのかすら分からないのだから、何がどういう支度なのかすらよく分からないのだ。
こういう時、昔の記憶が殆ど無い事が悔やまれる。なんて不便なのだろう。家族の事すら思い出せない。寂しい。
きっと昔は、レイラもお祭りとやらに参加していたのだろう。かつて自分の実家が準備をしていた催しならば、父も母も支度に追われていたに違いない。その時、自分も支度を手伝っていたのだろうか。それとも、まだ子供だからと言い訳をして、手伝いもせずに遊んでいたのだろうか。
欠片も思い出せない。その当時、自分が何をしていたのか。今の自分が何をすれば良いのかも分からない。
「情けない…」
ぽつりと呟く声は、クローディアとアイリスには届かない。
おろおろしているだけなら子供にも出来る。だが、レイラはロナルドの妻なのだ。いつかネルソン夫人として人前に出るようになる。そうなれば、分からないと言ってまごついている事は出来ない。
「お義母様、私に出来る事をお教えいただけませんか」
食らい付け。優しさに甘えているだけではいけないのだ。それでは今までと何も変わらない。決めたじゃないか。ネルソン家の妻になると。夫の為になりたい、支えるのだと。
「そうねえ…そうしたら、去年の記録が書庫にある筈だから探してきてくれる?多分デイジーが大体の場所を知っている筈だから」
「はいお義母様!」
「あらあら、そんなに張り切って…当日までもたないわよ」
クスクスと小さく笑いながら、クローディアとアイリスは小走りで書庫に向かっていくレイラの背中を見送る。
「何だか…変わりましたわね」
「アイリスもそう思う?」
「ええ、初めて会った時は何だか…怯えた子猫のように思っていたのですけれど」
「随分お転婆な猫になったわね」
可愛いでしょう?と笑うクローディアに、アイリスは小さく頷く。
あの人が幼馴染の妻ならば安心だと言うように。
◆◆◆
道中でデイジーを捕まえ書庫に飛び込んだは良いのだが、膨大な数の本の中から昨年の祭りの記録を探し出すのは至難の業だった。
デイジーも保管の場所は大体の場所しか覚えていないらしく、見当を付けた場所を二人掛かりで探している。
「確か…この辺りだったと思うのですが」
無い無いと呟きながら探し続けるデイジーの隣で、レイラは一冊ずつ丁寧に本を引き出しては戻していく。
記録だというのならば、きっと手書きのものだろう。そう分厚くないものだと思うのだが、それがなかなか見つからない。
「あっ、ありました!」
「凄いわデイジー!」
一冊の本を引っ張り出したデイジーは、満面の笑みでその本をレイラに差し出す。思っていた通り、他の本に比べて随分と薄い本だった。
「用意した椅子やテーブルの数、料理の品目と…出店した出店の記録等ですね。今年のお祭りも楽しみです」
「そうね。支度が大変そうだけれど…」
「私に出来る事は何でもお手伝いさせていただきます!」
拳を握りしめ、ふんふんと鼻息荒く張り切っているデイジーに礼を言うと、レイラはそっと本を開いた。
デイジーの言う通り、記録されているのは昨年の祭りで準備した物や、招待した人の詳細な記録だった。文字を見る限り、全てクローディアの手書きなのだろう。これだけの支度をしながら、次回の為に詳細な記録を残すのは大変だっただろう。これだけの事を、いつか自分も出来るようになるだろうか。やらなければならないのだが、義母のようになれるか不安だった。
「レイラ様、お戻りにならなくて宜しいのですか?」
「ああ…そうね、戻らなくちゃ」
パラパラと頁を捲っていたレイラに、デイジーは戻るよう促す。慌てて本を閉じ、レイラはすぐさま書庫から出て義母たちの元へと戻る。
少しでもこの記録を頭の中に叩き込まなければ。少しでも役に立たなければ。その思いで、レイラは歩きながら記録を読んだ。行儀が悪い事は分かっているが、今はただ歩いているだけという時間が惜しかった。
新年を祝う為のお祭り。夜には金持ちたちを集めてパーティーも行われる。会場はネルソン社の一階。外では夜通し祭りも行われている。つまり警備に割かねばならない人員もそれなりに居るが、それはネルソン社の人間が順番に受け持つ事となっているようだ。
年が明けるその瞬間、船から花火が打ちあがる事になっているようで、準備した花火の数や、それにかかった費用等も記載されていた。
「こんなに…」
やる事が多すぎる。普段の会社の仕事や家の事をこなしながら支度をするには、あまりに多忙すぎる気がした。
毎年クローディアが筆頭となり支度をしていたのだろうが、いつかは自分が筆頭とならなければならない。そうなった時、どれだけやっていけるだろう。やらなければとは思うのに、女主人として立ち回る自分が想像出来なかった。
「危ないわよ、レイラ」
「あ…」
本を読みながら歩いているレイラに、アイリスが危ないと声を掛けてくれた。いつの間にか階段まで来ていたようで、もう少しで踏み外す所だった。
「そんなに慌てて読まなくても、記録は逃げないわ」
「そうだけれど…少しでも早く頭に入れておかなくちゃと思って」
「それは素晴らしい考えだけれど、怪我をしてしまっては動けないわ」
「それもそうね。気を付けるわ」
にっこりと微笑み、レイラはそっと階段を下りる。アイリスは胸に抱えていた花束をディーン家の使用人に手渡すと、レイラに向き直って微笑んだ。
「怪我なんかしたら、きっとロニーは仕事にならないわね」
「目に浮かぶわ」
「あのね、アイリスにお願いがあるのよ」
「何かしら?」
小首を傾げるアイリスに、レイラは本を抱きしめながら真直ぐに視線を向けた。
「お祭りってどんな事をするのか教えてほしいの。私は何も知らないから」
「勿論良いわよ。おば様が二人で休憩していらっしゃいって仰っていたから、有難くお茶の時間にさせてもらいましょ」
悪戯っぽく、可愛らしく微笑んだアイリスと共に、レイラはお気に入りのサンルームへと足を運ぶ。クローディアが休憩をと言うのなら、きっとすぐにお茶の支度をしてもらえるだろう。
お祭りとは何をするのだろう。まるで想像が出来ないが、記憶にある限り初めてのお祭りに、レイラの心は浮足立っていた。
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