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二十二話

猫の出産時期は春頃であると知った。子猫の世話をする為、少しでも知識を付けなければと本を読んだ結果だった。

牛乳は腹を下す為与えてはいけない。温める時は暑くなった時の為温かすぎない場所も作らなければならない。外にいたのであればほぼ確実に虫が付いている為、清潔にする為風呂に入れる事。ただし体力が落ちているのであれば、ある程度体力が戻る迄体を濡らしてはならない。


小さくか弱い生き物を保護する事の大変さを、これまでレイラは知らなかった。

何もせずにいれば、すぐに死んでしまうであろう小さな命を見捨てる事が出来なかった。夢中で、ただ必死で手を差し伸べただけの事。だが、手を差し伸べるだけではどうにもならないという事までは考えていなかった。


「子猫とは…難しい生き物なのですね」

「そうだね。でも、きっと人間の赤ん坊だって育てるのは大変だと思うよ。子育てをするのは、猫も人間も変わらないくらい大変だと思うな」


何故今人間の赤ん坊の話が出てくるのかは分からないが、子猫を拾ってから三日、ロナルドはレイラと共に子猫の世話に勤しんでいた。


仕事を終えると今まで以上に急いで帰り、子猫がどうしているかレイラに問いながら様子を見に行く。まだ目やにや鼻水でベタベタしているが、拾ったその日に比べて子猫は随分と元気になった。


レイラはクローディアとのレッスンの合間に子猫の世話をしている。顔の汚れをこまめに拭き、まだ上手く皿からミルクを舐める事の出来ない子猫の為、小さなスプーンでせっせと口にミルクを運ぶ。早く元気になるのよと何度も子猫に言い聞かせ、穏やかに頭を撫でてやるその顔は、愛情に満ちているように見えた。


「子猫の名前、決めてあげないとね」

「早く決めてあげたいのですが…男の子なのか、女の子なのかも分かりませんし」


まだ小さすぎて分からない。お尻を見れば分かると本で読んだが、何度見てみても分かりやしない。ロナルドも覗き込んだが、分からないねと小さく笑った。夫婦揃って猫の尻を覗き込むなんて、無様というか可笑しなものだ。


抱えられて怯えているのか、子猫は大きな声でみいみいと鳴く。出したままで仕舞う事も出来ない爪を必死でレイラの手に食い込ませながら、子猫はオロオロと鳴き続けた。


「ああ、ごめんなさい怖かったかしら。大丈夫よ」


膝の上に子猫を降ろし、レイラはまだ怯えている子猫の背中を優しく撫でる。真っ白な手が爪で傷付いたのか赤くなってしまっていたが、レイラはそれを気にする様子すらなかった。


「これだけ大声を出せるなら、もうあんまり心配する事無いかな。ベルは基本的に俺たち家族の部屋か、談話室にいるように躾けたんだ。この子も覚えてくれると良いんだけれど」


抱っこに慣れさせたりも必要だと続けるロナルドは、落ち着きを取り戻したらしい子猫の背中を撫でる。そろそろ風呂に入れてやっても良いだろうと微笑むと、早速使用人に支度をさせると言って腰を上げる。


「暴れるかもしれないから、流石に使用人の誰かにやってもらおうね。傷が出来たらいけないから」

「でも…」

「ごめんね、これは駄目。良家の妻が猫に引っ掛かれた傷を作るわけにはいかないから」


レイラの白い肌に傷を作ってはいけない。ロナルドはそれは駄目だと笑顔で言い切った。これ以上レイラが何か言う前に、ロナルドはさっさと部屋を出て行ってしまう。残されたレイラは、不満げな顔で子猫に語り掛けた。


「私がママなのにね」


子猫はレイラの言葉に、小さく「にゃあ」と鳴いた。


◆◆◆


風呂に入れられた子猫は、すっかりふわふわと綺麗な毛並みになっていた。怯えて戻って来ると思っていたというのに、子猫は随分気持ちが良かったらしく、機嫌良さげにレイラの膝の上で丸まっている。


「何だか…ジェマにそっくりですね」

「そんな気はしていたけれど、洗ってみたら本当にそっくりだったね」


レイラの部屋、暖炉の前で猫を囲むのはすっかり日常になりつつある。風呂上りの猫は真直ぐレイラの部屋に届けられ、当たり前のようにレイラの膝の上。それが面白くないのか、ロナルドは対抗するように自分の膝の上にぬいぐるみの猫を置いて撫でている。


「並べてみると…あら、本当にそっくり」

「本当だ。アイリスにジェマに魔法がかかったよとでも行ったら騙されそうじゃないか?」

「まさか…」


ふふふと楽しそうに笑いながら、レイラは膝の上でまどろみ始めた子猫を撫でる。ロナルドがレイラの膝の上にぬいぐるみを置けば、本当にそっくりな二匹の猫が鎮座しているように見えた。


「眠っていたら、どちらがジェマか分からなくなりそうですわね」

「にゃあ」

「あら、貴方がジェマなの?」

「偶然だよ」


うとうとしていた筈なのに、鳴き声を上げた事が面白かった。眠たいだろうからと気を遣い、二人は声を堪えながら笑い合う。すっかり安心したような顔で子猫は腹を見せながら眠りに落ちる。もう外で生きる気は無いのだろうか。そもそも外に放してやる気はないのだが、流石にこの屋敷に来て三日で気を許しすぎだ。


「そうだ。そろそろシーズンオフでソルテリッジも賑やかになるよ。少ししたら年明けのお祭りがあるから、レイラも一緒に準備を手伝ってくれる?」

「お祭りですか?」


普段港町として賑やかなソルテリッジも、年末年始ともなれば静かになる。

本来祭りの目的は、普段商船に乗っている船乗りたちが家族と過ごす為無事に戻ってきた事を祝う為のものだった。

逆に、取引先の商船の乗組員たちが家族と過ごせない分、少しでも楽しめるように持て成すのも祭りの目的の一つだった。


祭りの準備をするのは、領主であるライトリー男爵家、かつてはレイラの実家が行っている事だった。だが、今は男爵は出資はしても準備に殆ど顔を出さない。おかげでネルソン家とアイリスのいるディーン家の仕事となっているらしい。


「お手伝いは勿論させていただきますが…男爵様はお仕事をされないのですか?」

「うーん…シーズン中は王都に出ているけれど、領地経営はちゃんとしてるんじゃないかな?とは言っても、流石に俺だって全部知ってるわけじゃないから」


子猫を寝床の籠に寝かせてやりながら、ロナルドは言う。気にしたところで仕方のない事なのかもしれないが、レイラは現ライトリー男爵の事が気になっていた。


ネルソン家に嫁いでから半年経ったが、一度も領主である男爵に会った事が無い。それはネルソン家の人々が徹底的にレイラを引き離しているせいでもあるのだが、それにしたって一度もネルソン家と接触が無い事を不思議に感じたのだ。


ソルテリッジで一番の有力家であるネルソン家。そのネルソン家に全く接触が無い。金遣いの荒い男だと聞いた気がするのに、金の無心をするでもなく、仕事を頼みに来るわけでもなく、罪人の娘を嫁にした、父親である伯爵の意向を完全に無視した家に何も接触して来ない。


敵として認識すらされていない、気にする事でも無いと思われているのならそれで良い。だがそうならば、ネルソン家の人々が警戒しすぎているような気もする。


考えすぎなのだろうか。

家族の仇として警戒しすぎているのだろうか。それなら良い。何も無いのなら、それで良い。


「お祭りの準備をするのは、本来男爵様のお仕事です。我が家が筆頭になる必要がある程、男爵様がお仕事を放棄されているのでは…」

「だとしても、我が家とディーン家が準備した祭りは結構評判が良いんだよ」

「それは…良い事かもしれませんが…」

「俺はそれで良いと思うんだ。正直言って、今の男爵は領民から相当嫌われているからね。嫌われ者の男爵が準備した祭りより、それなりに慕われている俺たちが準備した祭りの方が楽しめる。そういう人達もいるんじゃないかな」


これ以上気にする事は無い。もう深く考えなくて良い。そう言いたげに、ロナルドはそっとレイラの手を取った。

ぎゅっと握られた手を、レイラは静かに握り返した。


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