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十六話

何故この家族は全員が揃うと楽しい話題で楽しめないのだろう。

小さく息を吐き、レイラはいつもの談話室でソファーに腰掛ける。隣にはいつも通りロナルドが陣取り、目の前のソファーには義理の両親が並んで座った。


「お義母様からお話はお伺いしましたが…私は何故ネルソン家に嫁いだのでしょうか」

「馬鹿息子を使ったんだ」


にんまりと笑ったルークの言葉に、レイラはちろりと視線をロナルドに向ける。

違うよと苦笑するロナルドは、現ソルテリッジ領主の事だと教えてくれた。


ダラム伯の息子が新たな男爵としてこの地で暮らしている。貧乏生活が長かったのか、地代やらコリンズ家の会社を乗っ取り得た金を湯水のように遣い、ネルソン家に借金の申し入れをしに来たらしい。


父に知られると面倒だから、自分に与えられた領地の中で完結したい。それならば、一番の金持ちであるネルソン家に頭を下げた方が良い。そう判断出来るだけまだ賢いと笑いながら、ルークはじっとレイラを見つめた。


「無利子どころか、私はあの馬鹿息子が求めるだけの金を差し出した。代わりに、君を我が家に妻として迎え入れるという条件でね」


ルークのその言葉に、レイラは一拍置いてクスクスと笑い始めた。


「高い買い物でしたね」


うっすらと涙を浮かべて笑うレイラに、ルークもまた同じように声を漏らして笑った。クローディアとロナルドはどうしたものかと顔を見合わせ、互いの配偶者を呆れた目で見るだけだ。


「きちんと証文もある。もしもレイラを奪いたいのなら、渡した金を倍額、しかも一括で返せとね」

「まあ素敵」


ぱちんと手を叩いて喜ぶレイラに、ロナルドは今度こそ大きな溜息を吐いた。

そんな夫に向き直ると、レイラは小首を傾げて笑う。


「高い買い物にはご満足いただけておりますか?」

「ああ、君が妻になってくれた。それだけで俺は充分幸せだよ」

「愛してくれたらもっと幸せだと仰せでしたのに…欲があるのか無いのか不思議な方ですこと」


ふふと小さく笑うと、レイラはそっとロナルドの手を取る。

驚いた様子のロナルドだったが、義理の両親に顔を戻したレイラの横顔を見つめるだけで、何か言葉を挟む気は無さそうだ。


「私考えましたの。兄には会いたいですし、何をしているのかも知りたいです。血を分けた家族がまだ生きているのですから、そう思うのは当然でしょう?」

「そうだろうね。だが危険だよ」

「私が兄について調べている事がダラム伯に勘づかれれば、というお話ですわよね」


にんまり笑うレイラに、ルークは何を言いたいのかなと笑いながら言葉を待った。

隣に座っているクローディアは何が言いたいのか全く分からないのか、困ったように片手を頬に当てて首を傾げる。


「個人的にクラリス様とお友達になる程度なら、問題はありませんわよね」

「というと?」

「クラリス様は隣国、バーウィッチの男爵家令嬢だと聞きました。お父様と共に、ネルソン社に仕事の依頼をしに来ているとも」


ルークを見つめる真っ青な瞳が、部屋の灯りを反射してキラキラと輝く。

にっこりと口角を上げた唇が、楽しそうに言葉を紡いだ。


「お仕事のお話をしている間、私は年頃の近い女としてクラリス様のお話相手をしているという事にすれば、クラリス様と仲良くしていても不自然ではありませんわよね」

「まあ…それはそうだが」

「クラリス様の望む証拠とやらを提示出来るかは分かりませんが、何もしないでただ黙っているだけでは気が済みませんの。ご協力いただけませんか?」


ねえ、とロナルドの手をきゅっと握り、懇願する様にロナルドの顔を下から見上げる。

お願いと念を送るようにじっと見つめていると、少し気恥ずかしくなったのか、ロナルドは顔をほんのりと赤く染めながらふいと顔を背けた。


「バーウィッチ男爵の商談はロナルドに任せているから私は関与しない。何か困り事があれば手助けはするよ」

「では旦那様を落とせば良いのですね?」


にんまり笑ったレイラに、クローディアは口元を抑えて小刻みに震える。

大人しく黙って部屋に籠っているだけだったレイラが、こんなにも生き生きとしているのが嬉しいのだが、今は実の息子に我儘を通そうと悪だくみをしているのだ。

それが面白くて堪らないらしい。


「ピノア嬢から話を聞くまでだ。それ以上は駄目だ。良いね」


ルークの言葉に、レイラは小さく頷く。

本当は兄に会いたいが、それが出来るかは分からない。何処に居るのかも分からないのだから、会える確証すら無いのだ。


「では、旦那様におねだりをする方法を考える事にいたします」


そうにっこり微笑むと、レイラはそっとロナルドの手を取る。

さあどうやってこの男に要求を飲ませよう。まだロナルドはダラム伯に目を付けられるであろう今回の出来事に、レイラが関わる事を良しとしないだろう。

ロナルドがどれだけ頑なかは分からないが、それでもレイラは諦める気にはなれなかった。


唯一の生き残りだと思っていた。

たった一人生き延びてしまったと思っていた。

だが、兄が生きていたのなら。クラリスの言う男が本当に兄だったのなら。


大事な家族が、血を分けた兄が生きている。

それはレイラにとって大きな希望で、光だった。


◆◆◆


「お願いします旦那様、妻のお願いを一つ聞いてくださいませ」

「いくら可愛くおねだりをされても駄目」


いつもの夫婦の時間を過ごすべく、ロナルドは仕事から戻ると自室で着替えていた。そこにレイラが突撃してからもうかれこれ小一時間は押し問答を繰り返している。


何度「お願い」を繰り返しても、ロナルドは絶対に首を縦に振ろうとしない。

昨晩義理の両親も交えて話をしてから何度もお願いだと言っているのに、ロナルドは首を横に振って別の話題に切り替えようとするのだ。


その度に何とか話を元に戻しているのだが、ロナルドは澄ました顔のままツンとそっぽを向いてしまうのだ。


「危ない事に首を突っ込もうとする妻に、好きにしなさいと言える夫はいないと思うけれど?」

「危ないとは仰いますが、いくら目的の為ならば手段を選ばないお方だとしても、有力家の妻を手に掛けるような事はそうそうありませんわ」

「そうそうしないであろう事をする男が相手だから駄目だと言ってるんだ」


レイラはダラム伯がどういう人物なのかを良く知らない。

知っているのは、ダラム伯のせいで自分の実家を、家族を失ったという事だけ。


「でも、旦那様が守ってくださるでしょう?」


ぽつりと出た言葉。

細く絞り出されたようなその声に、ロナルドは動きを止めた。

二人の間に暫しの沈黙。静まり返った部屋の外から、誰かが歩いているのか僅かな音がした。


「それは、信頼されているって事なのかな」

「そのつもりです」

「はあ…」


大きな溜息を吐き、ロナルドはのろのろとした動きでソファーに腰かける。

流石に仕事から戻ってすぐにこんな話を繰り返されていて嫌になっただろうかと申し訳なくなったところで、レイラに向かってロナルドは口を開く。


「君が俺の事をどう思っていても、俺は君を、レイラを愛しているよ。だからこそ、危険な所に行かせたくない。安全なこの屋敷で、元の家族から引き剥がしておきたいんだ」


ぽつぽつと紡がれるロナルドの言葉。その声は普段よりも抑えたトーンで、静かながらも重たい。

元の家族から引き剥がしたいというのは、それだけレイラを大切に思っているという事なのだろう。

だが今のレイラには、その言葉はとても残酷なものに聞こえてしまった。


「旦那様が私と同じ立場なら…元の家族を、血を分けた家族を諦められるのですか?」


ぽたぽたと溢れて止まらない涙。真っ白な頬に伝って落ちていく涙を拭う事もせず、レイラは真直ぐにロナルドを見つめながら言葉を落とした。


「それは…」

「私は諦められません。また一緒に暮らしたいとは言いません。ですが、ほんの少し、一目会えるだけでも良いのです」


どうにかして兄に会いたいのだと訴えるレイラの口元は、ひくひくと引き攣っている。

泣きたくないのに溢れて止まらない涙と、無様に震える声をどうにかしようと必死なのだ。

きちんと話をしなければ、分かってもらいたい、分かってもらわなければならない。そう思っているのに、どうしても涙は止まってくれなかった。


「申し訳ございません。今の私は冷静ではないようです」


それだけ言い残し、レイラは踵を返してロナルドの部屋を出る。

これからゆっくり過ごすつもりだったのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

ぽたぽたと流れ続ける涙を拭いながら、レイラは自室へと駆け込んだ。


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