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十一話

夫と二人で外出するのなら、服はどんなものを着るべきなのだろう。そんな迷いを抱いたところで、世話をしてくれるデイジーのセンスが良いのだから任せておけば良い。何より、デイジーはレイラの服を選ぶのが好きなのか、夫と二人で出かけると告げた途端顔を輝かせてドレスを三着程持ってどれにしますか!なんて興奮し始めたのだ。


結婚した時にロナルドが用意してくれたドレス。普段着はそれなりに着ているが、外出用のドレスは殆ど使われていない。

似合う筈だから何か用事を作って外出すれば良いのにと何度も言われたが、レイラがその気になる事は無かった。


「レイラ、支度出来た?」


扉の向こうからロナルドの声がする。

すっかり支度は済んでいたが、どこか変ではないか、似合っているかと何度も鏡の前でくるくる回っていたレイラは、慌てて扉を開いて顔を覗かせた。


「お待たせして申し訳ありません」

「構わないよ。とびきりお洒落してくれているならね」


にこにこと嬉しそうに微笑むロナルドは、普段よりもラフなシャツスタイルだ。ラフなのに品よく纏まっているあたり流石だなと感心をしながら、レイラは扉を開き廊下に出る。


頭の先からつま先まで何度も視線を向け、蕩け切った表情を見せるロナルドは言葉を失っていた。

何処か変だったかしら?と不安になり始めた頃、ロナルドはぎゅっとレイラの手を握りしめた。


「可愛い!」


割れんばかりの声。

屋敷中に響いたのではないだろうかと心配になる程大きな声でそう言ったロナルドは、それ以上どう言葉にすれば良いのか分からない様子で、ただもう一度「可愛い」と呟いた。


ラベンダー色のふわふわとしたドレス。白い糸で細やかな刺繍を施されたそのドレスは、上品で儚げな夫人としてレイラを飾っている。

金の髪をゆったりと背中に流し、両サイドの毛束を後頭部で纏め、銀細工の髪留めも飾られた。控えめな化粧。唇をピンク色に染められたレイラは、普段と違う夫を上目遣いで見上げた。


「絶対に似合うと思ってたんだ。なかなか着る機会が無くて残念に思ってたんだけれど、本当によく似合ってる。とても可愛いよレイラ」

「わかりましたから…」


可愛い可愛いと何度も呟く夫に、いつの間にか腕の中に閉じ込められ、レイラはほんのりと頬を染める。

これから出かけるというのに、こんなに胸をどきどきと高鳴らせてどうすれば良いのだろう。


「行くなら早く行きましょう。夜になってしまいます」

「それは困る!やっとレイラとデート出来るんだ。楽しもうね」


にっこりと嬉しそうに微笑んだロナルドは、小さなリップ音をさせながらレイラの額に唇を落とす。慣れた行為だが、何だか今日はとても気恥ずかしかった。


◆◆◆


屋敷から少し離れると、そこは港町として栄えていた。

そこかしこで賑やかな声がしたし、子供たちも楽しそうに笑って遊んでいる。

馬車の中からでも分かる活気に、レイラはそわそわと落ち着かない様子で窓の外を眺めた。


「海から行こうかと思ったけれど…その様子なら町から見た方が良いかな」


クスクスと小さく声を漏らすロナルドは、馬車が止まると当たり前のように先に降り、レイラに向かって手を差し出した。

手を取り馬車から降りたレイラに、町の人々はじろじろと興味深そうな視線を向ける。


ロナルドが町に出る事は多いが、女性を連れているのは珍しい。あの坊ちゃんが女性を連れているぞと話している声が聞こえたが、続いた「あれが噂の…」という声にレイラは唇を引き結んだ。


父は罪人では無かった。その言葉を信じよう、優しい人達は皆レイラを受け入れ、罪人の娘として扱おうとはしなかった。

だが、世間ではレイラの父は罪人なのだ。その娘がネルソン家に嫁いだという話は知れ渡っているようで、ロナルドと歩いていてもさわさわと騒がれている事に居心地が悪い。


「そこの店のパン屋は朝一番に良い香りをさせるんだよ。徹夜した時はお世話になった」

「徹夜なんて…お体に良くありませんわ」

「レイラがそう言うならもうしないよ」


ロナルドは人々の声を掻き消す様に、レイラに向かってあれこれ話をしてくれた。

あの花屋は得意先。そこのブティックはセンスが良いけれど市民向け。そっちは金持ち向け。二店舗は仲が悪い。


あれやこれやと尽きる事のない話題。

レイラが退屈しないように、嫌な思いをしないように、優しく微笑みながら町の事を教えてくれた。

少し小高くなった辺りにぽつんと建っている小さな建物は孤児院。他の地域からも子供を受け入れるようにしているが、子供の数が多すぎるだとか、大人になった子供たちは町で立派に働いてくれているだとか、レイラの知らなかった話を沢山してくれた。それが何だか楽しいような、何も知らない事が寂しいような気がして複雑な気分だ。


「旦那様、あそこは何でしょうか?」

「うん?ああ、アーケード街だね。近隣の国の店が支店を出してたり、王都に本店を構える店がここに出店してたりするんだ」


一際賑やかな一角。美しい街並みを作り上げ、歩いている人々もめかし込んでいる。

そこだけが見た事のない王都の中心街のように思えた。

先日アイリスの婚約者であるオリバーから贈られたぬいぐるみはそのアーケード街にある店のものだとロナルドは言った。


興味があるのなら行ってみよう。そう言いながらレイラの意見を聞く事無く、ロナルドはさっさとレイラの腰を抱いたままアーケード街に向かって歩き出す。

踵の高い靴に外出用の重たいドレス。歩くだけで必死だというのに、店を覗き込む余裕などなかった。


転ばないように、夫に恥をかかせないように必死で歩くレイラは、からころと小さな音をさせるカウベルの音ではっと意識を戻す。


いつの間にやら足元は規則正しく舗装された石畳の道になっていたし、開かれた扉の向こうには、ふわふわと柔らかそうなぬいぐるみたちが主を求めて微笑んでいた。


「可愛い…」

「ジェマの実家だよ。バロックス社は王都に本店を構える老舗なんだ」


こそこそと耳打ちしてくれるロナルドに、レイラは小さく頷く。

店先に出て来た店主は、ロナルドの顔を知っているのだろう。ネルソン家の次期当主が女性を連れて来たのだから、良い仕事になるとでも思ったのかもしれない。


「やあ、突然すまないね。いくつか見せてもらっても?」

「ようこそネルソン様。どうぞごゆっくりご覧くださいませ。幾つかお持ちいたしましょう」


店主はそう言うと、レイラとロナルドに椅子を勧める。

店の奥はオーダーメイドのぬいぐるみを作る相談スペースになっているらしい。勧められるがまま二人は椅子に座り、レイラはきょろきょろと店の中を見渡した。


ところせましと並べられたぬいぐるみたち。ジェマと名付けた猫の柄違い、真っ黒な兎。羊のぬいぐるみにはオルゴールが仕込まれているらしく、赤子のベッドのお供にお勧めだと小さく説明書きが添えられていた。


「レイラが気に入ると良いんだけど」

「もうジェマがいます」

「…俺以外の男から贈られたぬいぐるみを自室に置くなんて」


ぶすっと面白くなさそうな顔をして、ロナルドはふいっとレイラから顔を背ける。

成程夫も嫉妬をするのかと納得したが、既にお気に入りとなっているジェマを部屋から追い出す気は一切ない。

どれだけ夫が嫌がったとしても、ベッドには入れないという約束しかしてやるつもりはなかった。


「奥様はテディベアはお好みでしょうか?」

「まあ、可愛らしい」


チョコレート色をしたテディベア。まるまるとした可愛らしいシルエットのそれは、店主から手渡されるととても軽く、柔らかかった。

他に手渡されたキャラメル色のテディベアは、チョコレート色のものよりも少し大きい。

にこにこと微笑んでいるように見える二体のぬいぐるみは、可愛らしいがただそれだけだ。心躍るという程ではない。


「素敵」

「赤ん坊みたいな大きさだな。双子かな」


両腕に一体ずつ抱いているレイラを見ながら、ロナルドは口元をゆるりと緩めて笑う。

何を言っているのだと目をぱちくりさせたレイラは、夫が赤子を抱いている妻を想像している事に気付き、慌ててぬいぐるみを店主に押し返した。


「ではこちらは」


店主が合図すると、店の奥から青年が大きなテディベアを抱えて歩いてくる。

アイボリーの毛足が長いそのテディベアは、レイラが抱くと更に大きく見えた。膝の上に乗せ、目を輝かせるレイラはふわふわとした手触りを楽しむ。そっと抱きしめてみれば、腕の中にすっぽりと納まるのが気持ち良かった。


「気に入ったみたいだ」

「他のカラーもご用意がございますよ」


すっかり購入する気になっているロナルドに気付き、レイラはぶんぶんと頭を横に振る。

こんなに大きなぬいぐるみを何処に置けと言うのだ。床に置くのは忍びないし、ぬいぐるみを座らせるためにソファーや椅子を増やすわけにもいかない。


「お、お返ししますわ」

「カラーは他に何色があるのかな」

「此方に」


レイラたちが座っていた場所からは死角になっていたが、大きなテディベアは数体綺麗に一列に並べられていた。レイラが一度抱きしめたぬいぐるみはアイボリー。その他にキャラメル、チョコレート、レッド、ホワイト、ブラックと様々だ。


「可愛い…」


ぽつりと呟いたレイラが見つめているのはブラックだった。店主曰く作ってみたは良いものの、熊の影のようになってしまってあまり人気が無いらしく、作られたのはここにある一体だけ、売れたらもう作らない色らしい。


「こんなに可愛いのに」


ぽんぽんと頭を撫で、レイラは残念そうに眉尻を下げる。毛足の長い熊。目まで真っ黒だが、光が当たるとキラキラと輝いて美しい。この子にタイを巻いたらきっと似合うだろうなとまで考えて、レイラはふっと夫の顔を見た。


似ている気がする。

いつも穏やかに笑っている、口角の上がった口。嬉しそうににこにこと笑った顔も似ているような気がした。

真面目な顔をしている時はどうでもないが、のほほんと呑気な顔をしている時の事を思い出すと、どうにも目の前のテディベアと夫が重なって仕方が無い。


「旦那様」

「なに?」

「この子がよそのお家で可愛がられるのは我慢ならないのですけれど」

「よし店主、包んでうちに届けてくれる?」

「畏まりました」


妻からの遠回しなおねだりに、ロナルドはすぐさま店主に包むよう言いつける。

初めて妻におねだりされたのが嬉しいのか、ロナルドの機嫌はとても良さそうだ。といっても、今日は朝からずっと機嫌が良いのだが。


「他に気に入った子はいないのかな?」

「はい、今日はあの子だけで充分です」


そう微笑むと、店主は夜までには届けておくとレイラに告げた。

思わぬ買い物になってしまったが、こういうのもたまには良いのだろう。鼻歌混じりに扉を開いたロナルドと共に、レイラは再び散策に戻るのだった。


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