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十話

三人のお茶会はまだ続く。

どれだけ話しても話題は尽きず、レイラも飽きることなく会話に混ざり続けた。

ロナルドもアイリスもレイラが退屈しないように話を振ってくれたし、最近のロナルドはどうかと聞いたりしてくれる。

優しい人だなとすっかりアイリスに心を許していたレイラだったが、ノックと共に入って来た使用人に連れられてきた客人に体を強張らせた。


「あら、遅かったわねオーリー」

「すまない。土産を用意しようと思って」


背中を丸めた大きな体の男性。大きな体に小さな包みを二つ持った彼は、じとりと陰気そうな目を部屋の中に向ける。

ロナルドよりも随分背の高い男性に、レイラはほんの少しの恐怖を覚えた。

あまり人の容姿を言いたくはないが、背が高いだけでなく体自体も大きい。服を着ていても分かる筋肉。顔つきも少々強面で恐ろしい。笑わず、不機嫌そうにむっすりとした顔をレイラとロナルドに向けると、ぺこりと頭を下げた。


「オリバー・ウェンサムと申します」

「お久しぶりです。今日は妻の紹介を」

「レイラ・ネルソンと申します」


椅子から立ち上がり、おずおずと頭を下げるレイラに、オリバーはそっと近付いてくる。威圧感すら感じる大きな体。小さく喉を鳴らすと、オリバーは壊れ物に触れる様にそっと手を取ると、挨拶のキスを落とした。


「お土産って?」


アイリスの問いに、オリバーはああと声を漏らすと、小さな包みをアイリスとレイラに順番に差し出した。


真っ赤な包装紙にピンクのリボン。どこかの店で包んでもらったのであろうそれに視線を落とすと、オリバーは小さく「どうぞ」と声を漏らしてからアイリスの隣に座った。


「あら可愛い」


アイリスの包みから出て来たのは、真っ白な兎のぬいぐるみだった。

ふわふわと手触りの良さそうなそれは、アイリスの真っ白な手の中で愛でられている。


「これがお土産?」


嬉しそうに問うアイリスに、オリバーはこくりと黙って頷く。

この強面の男からの贈り物が、あんなに可愛いぬいぐるみだなんて。

意外だと思ってしまうのは失礼だろうか。


「レイラも開けてごらん」

「ええ…」


ロナルドに促され、椅子に座り直したレイラはそっと包みを開く。かさかさと音をさせながら開かれたそれには、小さな猫のぬいぐるみが入っていた。

町にいるような、毛足が短い茶色の猫。丸々とした顔がとても可愛らしく、手触りも滑らかで撫でると気持ちが良い。


「可愛い…」

「本当だ。バロックス社のものかな?」


ロナルドの言葉にオリバーが頷く。その隣では、アイリスが嬉しそうに兎を抱きしめていた。


「嬉しい!この間お散歩した時に可愛いって言ったの覚えていてくれたのね!」


つい先程まで、美しい御令嬢にしか見えなかったアイリスは、無邪気に笑顔を浮かべている。ころころと雰囲気が変わる人だなと観察していると、見られている事に気付いたアイリスは恥ずかしそうに咳払いをした。


「彼は私の婚約者で、今日はレイラ様がいらっしゃってくださるので紹介したくて呼んだのです」

「家族ぐるみの付き合いになるだろうしね。彼、とても良い人だよ」


ね、とオリバーに笑いかけると、ロナルドはカップを傾ける。

ぺこりと頭を下げるだけのオリバーは居心地が悪そうだ。椅子も何だか窮屈そうに見える。本当に大きな人だ、初めてこんなに大きな人を見た。あまりまじまじと観察するのも失礼だと思い直し、レイラは手元に抱えたぬいぐるみに視線を落とした。


キラキラと輝く猫の目。緑色の目が美しいそのぬいぐるみを、部屋のどこに飾ろうか。

窓の傍に置くと毛が変色してしまいそうだし、ベッドに置いておくには立派すぎる。


机の上が一番良いだろうか。書き物をする時にインクが跳ねないように気を付ければ良い。帰って飾るのが楽しみだ。


「ウェンサム様、素敵な贈り物をありがとうございます」

「気に入ってくれたら、嬉しい」

「はい、とても可愛らしいです」


にこりと微笑むと、レイラはぬいぐるみの頭を撫でる。

先程夫がバロックス社の物と言っていた。他にどんなぬいぐるみがあるのだろう。もういい歳なのだから、ぬいぐるみに興味を示すのは子供っぽいだろうか。


贈り物を気に入ってもらえて安心したのか、オリバーはお茶を注がれたばかりのカップを傾ける。ふうふうと何度も息を吐き、なかなか飲もうとしないところを見ると、彼はどうやら猫舌らしい。


「相変わらずなんだから…冷めるまでお庭でも回る?」

「そうする」


アイリスの申し出に助かったと顔を上げたオリバーだったが、客人二人の意見を聞かなかった事を気にしたのか、慌ててレイラとロナルドの顔を見た。

そろそろお茶とお菓子で腹も膨れたし、散歩をするには丁度良いだろう。


「さあ二人共どうぞこちらへ。我が家自慢のお庭を楽しんで行ってくださいな」


大きな窓の一部は扉になっていたらしい。それを開くと、アイリスは兎を使用人に預けて庭へ出た。

レイラは座っていた椅子に猫を座らせると、ロナルドに腰を抱かれながら同じように庭へ出る。


あちこちで聞こえる小鳥の囀り。少し離れた場所には、小鳥が休めるようにバードバスが置かれていた。なんという鳥かは分からないが、二羽の小鳥が仲良く水浴びをしている。

低木に隠れるように置かれたベンチや、庭を楽しめるように小道も整備されている。

ネルソン家とはまた違う美しい庭。

アイリスとオリバーの後ろを歩きながら、レイラはきょろきょろと回りを見渡した。


「どう?疲れてない?」

「とても楽しいです。旦那様の子供の頃のお話が聞けて嬉しいですし」

「そう?何で失敗談ばっかり話すかな…」


恥ずかしそうにしているが、ロナルドの手はしっかりとレイラを捕まえて離さない。いつもと違う夫の顔を見たような気がして何だか楽しい。

前を歩いているアイリスは、しっかりとオリバーの腕に掴まって歩いていた。背中を丸めているオリバーは、背中が痛くならないのだろうか。


「彼は前に話した通り女性の扱いに不慣れでね。でも彼なりにアイリスを愛してる。アイリスもオリバーを愛しているし、二人はきっと良い夫婦になるよ」

「素敵ですわね」


まだ殆ど会話をしていないが、オリバーは優しくアイリスを見つめている。

贈り物のぬいぐるみを気に行ってもらえた事に安堵した表情も、慣れたようにアイリスに腕を差し出すその仕草も、見ていれば彼が優しい人である事を物語っていた。


「ねえロニーちょっと来て!」

「何だ」


大きく手招きするアイリスは、早く来いとロナルドを誘う。

オリバーの腕から離れた彼女は、少し駆け足で紫色の花が咲いている花壇に向かって行った。


「申し訳ない。ご主人と仲が良い女性はあまり面白くないと思いますが…」

「いえ、気にしません。旦那様からお話は伺っておりますし、お二人の仲を疑うような事もありませんから」


そう言い切るレイラに目を見張ると、オリバーは僅かに顔を綻ばせた。

大きな体で優しく笑うオリバーは、金混じりの茶髪で、顔を隠す様に前髪を長く伸ばしている。前髪の隙間から覗くオリーブ色の瞳が、そっと離れた場所にいるアイリスを見た。


「主人が言う通り、家族ぐるみのお付き合いになるかと思います。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ」


そう言って手を差し出すオリバーは、更に背中を丸めた。


「…お背中、痛くありませんか?」

「え?ああ…癖のようなものです。痛くありませんよ」


突然の質問が面白かったのか、オリバーはくっくと喉を鳴らして笑いだす。

笑われた事が恥ずかしくて、レイラはすみませんと小さく詫びながら俯いた。


◆◆◆


オリバーも交えた穏やかな時間はとても楽しかった。

話しているうちに、オリバーは体が大きく強面であるがアイリスと一緒に花の手入れをするのが好きであると知った。他にも可愛らしいものが好きで、アイリスが気に入るだろうという理由をつけては集めているらしかった。


「楽しかったけど少し疲れたね。お疲れ様レイラ」


ネルソン邸へ帰り、いつも通り眠る前の夫婦の時間。

互いにお揃いの寝間着に身を包み、ベッドの端に腰かけて会話を楽しんだ。


「良い方々でした。仲良くしていただけるでしょうか」

「勿論。二人もきっとレイラと仲良くしたいと思ってるはずだよ」


オリバーからもらったぬいぐるみは、ベッドから見える棚の上に飾った。母の指輪の隣に置かれたぬいぐるみの首には、包みに巻かれたリボンを巻き直した。

ジェマと名前を付け、すっかりレイラのお気に入りになっている。


「そういえば、アイリスがお土産にって乾燥させたラベンダーをくれたんだ。明日のお茶に使わせてもらおう」

「まあ、今度お返しをしなければなりませんね」

「そうだね。アイリスは何が好きだったかな…」

「お礼のお手紙を出すつもりでしたので、一緒に聞いておきますわ」


そう微笑むと、レイラはそっとロナルドの手を取る。

ちょっと男同士の話があるからと、ロナルドがオリバーと離れた隙にアイリスに聞いたのだ。ロナルドは何が好きで、何をしたら喜ぶのかと。

にやにやと笑いながら教えてくれたのは、彼はその気持ちだけで天にも昇れる程幸せだという事だけ。全く参考にならなかったが、普段書き物をよくしているロナルドの為、最近レイラはとある本をよく読んでいた。


ちょっとしたマッサージの方法を教えてくれる本。内容としては疲れを癒す方法が書かれた本なのだが、その中に手のマッサージ法も記されていたのだ。


本の内容を思い出しながら、ぐいぐいとロナルドの手を押してみる。

妻が何をし始めたのか分かっていないロナルドは、小首を傾げながらレイラの手元を見た。

黙って好きにさせているうちに、妻が何をし始めたのか理解したのだろう。


自分を労わろうとしてくれている事に気付くと、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「マッサージしてくれるの?」


こくりとレイラが頷くと、ロナルドは嬉しいなあと満面の笑みを浮かべた。

そこまで喜ぶのかと何だか気恥ずかしいが、レイラはせっせとロナルドの手を揉む。自分よりも大きく、ペンだこのある少し固い手。いつも優しく触れてくれる手に、今初めて自分から触れたような気がした。


「そういえば、どうして猫の名前をジェマにしたんだい?」

「目が宝石のように美しかったので」

「そっか。確かに綺麗な目だ」


捻りも無くそのままの名前を付けてしまったが、ロナルドは確かに綺麗だと納得してくれた。

とても安直だが、レイラはそれなりに気に入っている。


「レイラはぬいぐるみ好き?」

「初めて触れたと思います。子供の頃は分かりませんが」

「そっか。じゃあ可愛いものは?」

「好きだと思います。嫌いな方はいないのでは?」


きょとんとした顔を向けるレイラに、そうじゃないと言いたげなロナルド。なかなか話がかみ合わないが、ロナルドはそれでも良いらしい。

愛しい妻にマッサージをされながら会話を楽しめるのが嬉しいのだ。にこにこと機嫌よさげにしながら、ロナルドは明日の予定を提案する。


「明日も仕事は無しにしてあるんだ。二人で何処かに行かない?」

「お出かけですか?」

「うん。嫁いできてからもう二か月になるし、そろそろ屋敷の外に出たいかなって」


一人で外に出るのは危険。危ないから駄目だと言いつけられ、レイラはそれを大人しく聞いていた。外に出る用事が無いのも本当だが、出たいとも思わなかった。


だが、ロナルドが一緒ならば別だ。二人で過ごす時間は貴重なもの。外出するのは初めてではないが、社交の場以外に出るのは初めてだ。


「海に…行ってみたいです」

「良いよ。あとは買い物にも行こうか。色々見て回るだけでも楽しいと思うよ」

「欲しい物はありません」

「見るだけだよ。勿論、欲しいものがあったらその時は購入したら良い」


どう?と小首を傾げるロナルドに、レイラはうっすらと笑みを浮かべる。

もう片手を出せと両手を差し出すのだが、ロナルドはレイラの手を掴むとそのまま自分の方へ引き寄せた。

胸に飛び込むようになってしまった事が恥ずかしいが、レイラは嬉しそうに妻を抱きしめるロナルドの腕の中に収まった。


「そうと決まれば今日は早く寝よう。明日が楽しみで寝付けないかもしれないけど」

「わかりましたから!苦しい!」


ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめる腕から逃れるように、レイラは体を捩る。

けらけらと楽しそうに笑うロナルドは、ベッドに潜り込むと布団を持ち上げてレイラを待った。

いつも通りレイラとロナルドは身を寄せ合って眠る。


いつか義両親や、アイリスとオリバーのような夫婦になりたい。支え合える仲になりたい。そう思いながら、レイラは静かに目を閉じた。


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