桃太郎前話
むかしむかし
あるところに
おじいさんと
おばぁさんが
いました。
その男、齢80にしてまだ現役。
日々の鍛練が彼の肉体の衰えを遅くさせているのもあるだろうが、老齢になるにつれて力よりも、技を以て相手を打ち倒すに長けるようになっていた。
しかし、その技を人にひけらかすでもなく、ただ長く連れ添う妻との生活を守るためだけに使うだけだった。
日頃は山へ登りて薪を集めたり、食事のために小動物の罠を見に行く程度の労働をして居る。
そんな老体がため息をつきながらそれを見上げる。
「またお主か……」
言葉は身の丈八寸はあろうかという巨体へと向けられる。
老体がそんなものと相対しているのは、端からみると絶望の一言でしか表せない。
しかし本人はおくびにもかけずに、静かに担いでいた竹籠を道の端に置きに行く。
その姿を捉えることができたのはその瞬間までだった。
一瞬で巨体の後ろに回り込み、鎌で一閃したのだ。
それが熊等の野生動物であれば、本日の夕食が豪華になるだけの話だっただろうが……その生き物は手に持つ三ツ又の武器でそれを止めた。
距離をとる老人に向き直ると、当初背にしていた太陽がその肌を写し出す。
それは灰色をしていて、額にもう一つ目があった。熊でもなければ、人間でもないようだ。
「開眼しておったとは……こりゃぁ骨が折れそうだわい」
肩を回して不敵に笑う老人に対して、その巨体は目の前の敵に対して怒りに満ちた表情で応える。
間合いをゆっくりと詰める二人。
どちらから仕掛けるかと決めているわけではない。しかし、ほぼ同時に動いた。
三ツ又のリーチが、先に老人の身体を貫かんばかりに突き刺される。
しかし、それを身体を捻って躱すと、間合いの中に滑り込み、下から掬い上げるように逆手に持った鎌を縦に切り上げる。
地面を蹴った灰色の躯体は、すんでのところでその凶刃を空振りさせたが、首にかけていた大きめの数珠の糸が裂かれ、玉が宙に散らばった。
縦に切り裂いた勢いを利用してか老体はそのままふわりと浮き上がり、数珠玉をいくつか蹴り飛ばした。
老人に対してかなり筋肉に覆われたその身体は、見た目の大きさにそぐわないスピードで正確にその珠を弾き返す。
下がりながらもそれを最低限の動きで避ける。
そうして落ち着くと、何事もなかったかのように、さっきのにらみ合いへと戻った。
「ふぅ……まだ腕が二本しかない今で良かったわ。もう少し成長してからでは手に追えんかったかもしれんなぁ」
腰に着けた道具入れから、剪定バサミを取り出すと、勿体ぶったようにその辺の枝を切り始めた。
こんなタイミングでやることではないように思えるが、隙は全く無い。
いつもの慣れた動きで、心を整えているのだろうか。
「持久戦は苦手じゃからな、手早く済まさせて貰うぞ」
返事がないことはわかっているのか、その間を与えずに鎌を投げつけ、それとほぼ同じスピードで駆け寄る。
持っていた剪定バサミの蝶番を外し左右の手で持つと、さながら短剣を二本持っているような形だ。
鎌を高く飛び上がり避けると、三ツ又を走りよる老人へと勢いよく打ち付けた大男。
そんな大振りの攻撃が当たるわけもなかったが、導線を邪魔され一旦それを避けることにした老人。
しかし、これは大男の作戦だったのかもしれない。
地面に届いた瞬間、それが大きく抉れ土煙と共に破壊された石つぶてが弾けとんだのだ。
老体はそれを避けきれず、いくつかを体に受けた。
彼にとって動きや技はまだ磨くことができたが、やはり体自体は衰えがきている、思った以上に大きなダメージを受けてしまったのは言うまでもない。
しかし、そこで隙を見せることこそが命の境目になることを、老体はその長い経験で知っていた。
両手に持ったハサミの刃を、目に見えないほど早く振るった。
驚いたように三つの目が大きく見開かれ、次の瞬間その攻撃を左腕で全て受け止めた。
もちろんその腕はズタズタに切り裂かれてしまったが、空いた右手で老体へ必死の一撃をお見舞いしたのだった。
そのままその腕は老人の体に突き刺さる。
だが、灰色の腕は違和感を感じる、軽い。
当たりはしたものの、攻撃の方向に飛んで衝撃を流したのだろう。
もちろん体力を削られたのは違いないだろうが、致命傷とまではいかないという動きだ。
またもや老人の両手の刃が煌めくが、それに全て対応する。片手でだ。
それも三つの目が人間のその観察眼を遥かに凌駕している所以だろう。
もはや老人の身体は悲鳴をあげていた。
このまま膠着しても彼に勝ち目はない。
しかし、その時なにかに気づいたのか大男の顔色が変わった、それは小さな表情の変化だったが、老人はそれを見逃さなかった。
一気にスピードを上げて畳み込む。
その勝算が、灰色の男の大きな体を後ろから襲う。
それは武器をハサミに切り換えた際に投げた鎌だった。
対応したくとも、老人の猛攻にどうしようもない。
その鎌が致命傷を与えようとした瞬間。
大男の首もとからナーガと呼ばれる蛇が飛び出し、鎌を受け止める。
絶命はしたが、宿主の命を身を呈して守ったのだ。
背後からの危険が無くなったことで、男は一気に優勢に立とうとした。
しかし、老人の動きについていけない。
明らかに表情が崩れ、何故だと困惑している。
その間にも拮抗していたはずのそのスピードが老人に有利になって行く。
「ばかじゃの、さっきワシが切っていた木は夾竹桃じゃ……青酸カリより強い毒をその腕で受けたのじゃ、これからもっと苦しくなるぞ」
勝利を確信した老人は、最後の一撃で青い首もとを撫でると、翻るように飛び去った。
「何度来ても同じじゃ、返り討ちにしてやるワイ」
首から血を出し倒れて行くその大男を捨て置き、老人はいつもの生活へ戻って行く。
__山を少し降りると、少し開けた場所に出た。
今にも壊れそうな土壁で出来た茅葺き屋根が目にはいると、ふぅと息を吐いた。
「どうしたの、怪我なんかして!」
ビックリしたように駆け寄る女性も、彼と同じくらいの年齢ではあるが、その背には見たことの無い大きな荷物を背負っている。
「いや、ちょっと山でシヴァ狩りしててな」
「やだね、また出たのかい?」
またかと言うふうにため息をつくところを見ると、山ではわりとあることなのかもしれない。
「そんなことよりお前、洗濯に行ってたんじゃないのか?」
老人は女性の背中に乗った大きな桃を見て笑った。
「それがねぇ、川上から流れてきたから、あなたに見せようと思って拾ってきたの」
「ははっ、ずいぶん食べでがありそうだの」
そういって二人は幸せそうに笑うのだった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
評価とか良いので、楽しんで貰えたら幸いです!
あ、よかったら他の作品もみてね♪