杖と守護石
「魔法使いと杖屋さん」の完結一周年を記念した特別編です。
※本編未読の方にも楽しんでいただけるよう書いたつもりですが、本編を読まれてからお手に取っていただけますと、より楽しめる内容となっております。
「アイリスさん、出来ました!」
ローレルが「見てください」と取り出したのは、魔法使いの必需品『杖』である。
「どうですか」
おずおずと差し出された杖は、まだまだ粗削りな部分が目立つ素朴なもの。杖屋を営んでいるアイリスからすれば、お世辞にも綺麗とは言えない。だが、彼女からは自然と笑みがこぼれた。
「すごいわ! ローレルって器用なのね。大きさもちょうど良さそうだし、使いやすそう。何より、ローレルにもよく似合ってる」
少し触ってもいい? とローレルから杖を受け取って、アイリスはさらに「わぁ!」と声を上げる。
「軽すぎず、重すぎず……。私には少し大きいけれど、ローレルにはぴったりね。手に馴染むように、持つところを少しだけ削っているのね? あ! 底面にイニシャルが刻まれてる! 素敵! ローレル、この杖はまさに世界に一本、あなただけの杖ね!」
さすがは杖屋。というよりも、ほとんど杖マニアなアイリスである。これでもかと褒められて、ローレルは照れくさそうに頭をかいた。
魔法がうまく扱えないローレルは、どんな杖であろうとすぐに壊してしまうので、あまり褒められてこの杖に愛着がわいてしまうのも困る。
慌ててアイリスから杖を取り上げると、彼女は「加護くらいかけさせてくれたっていいのに」と唇を尖らせた。
出会った時は、数個しか変わらないはずなのに大人っぽい、と思っていたけれど、長く一緒にいると、アイリスの可愛らしい一面を見る機会が増えた。
五つという年齢差は縮まらないけれど、ローレルの身長はもうすっかりアイリスを上回っている。『何でも屋』として国中を旅して、魔法で様々な困りごとを解決していくうち、体格のせいか、最近ではローレルの方が年上にみられることも多くなったくらいだ。
アスターさんにはまだまだだと言われるけれど、ローレル自身「アイリスさんを生涯守る」という目標には少しずつ近づけているのではなかろうか、と思う。
そのためにも、自分のことは自分で。杖だって、いつまでもアイリスさんに甘えていてはいけないのだ、とローレルはアイリスの見様見真似で杖作りを始めたのである。
「自分で作ったものって、どうしても愛着がわいてしまいますね」
「そうよね。私は、もう慣れちゃったけれど……初めて作ったものは、余計にそうかも」
アイリスが懐かしそうにローレルの杖を見つめる。オーシャンブルーの瞳が柔らかく細められていた。
ローレルの杖は、明日にでも真っ二つになっているはずだ。そう思うと、ローレルだって寂しいものがある。仕事の合間とはいえ、完成まで一週間もの時間を要したのだ。壊れるのは一瞬だ、と分かっていても、なんだか少し切ない。
「私も頑張らなくちゃ」
ローレルを励ますためか、しんみりとした空気を破るように、アイリスが声を上げた。
アイリスは、ドラゴンを鎮めた杖――もとい、ローレルの形見であった『ただの木の棒』をもう一度復活させるべく、『何でも屋』としてローレルと共に旅をしながら、杖の研究を続けている。
「すみません……。僕が壊したりしなきゃ」
「何言ってるの! あの杖はローレルを選んだ。それに、きっと、役目を終えたからこそ、杖は壊れたんだよ。ローレルのせいじゃないわ」
「……はい。何か、手掛かりがあれば良いのですが」
「そうだね。この辺りの魔物にも、植物にも、めぼしいものはなかったのよね。ただ……」
アイリスはゴソゴソとポケットの中を探る。
「手、出してみて」
「はい?」
言われるがままにローレルが手を差し出すと、彼女は手のひらに何かをポン、とのせて握らせる。
アイリスさんの手ってこんなに小さかったけ、なんてローレルが戸惑っている間に、アイリスが「見てみて」と促す。
ゆっくりと手を開けば、そこには美しい青の鉱石が転がっていた。
「これ……!」
「似てるでしょう? この村の近くに鉱山があるんですって。そこで採れるらしいの。この辺りの名産で、守護石って呼ばれているみたい」
「守護石?」
「村に利益をもたらして、村人の生活を守ってくださるからってことみたいなんだけど。それ以外にも色々逸話があってね。本当に困っている人がこの石にお願いごとをすると、光り輝いて、お願い事を叶えてくれるとか……」
「なんだか、本当にあの杖の石みたいですね」
ローレルがその石を宿のランプに透かすと、チカリと青い閃光が反射する。
あの、夢のような出来事を――ドラゴンとの戦いを思い出してしまう、鮮烈な光だ。
「懐かしいね」
アイリスの言葉にローレルがうなずくと、彼女はクスクスと笑った。
「また、こうやってローレルと一緒にいられるようになるなんて不思議よね。もうずいぶん長く一緒に旅をしてきたけど、今でも思っちゃう。初めて会った時は、こんなに小さくて……」
「いつまでその話をするんですか。僕はもう、大人ですよ」
「お酒まで飲めるようになっちゃって」
「アイリスさんは、ちっとも変わりませんね」
「子供っぽいって言ってるの?」
「そういう訳じゃ……。ただ、アスターさんや、シャロンさんの気持ちが、今になってわかるというか」
「どういうこと?」
「アイリスさんには分からなくて良いです」
キョトンとアイリスは首をかしげる。そういうあどけなくて無垢な表情が、男を惑わせるのだということを彼女は知らない。
はぁ、とローレルがため息をつくと、アイリスは「そうだ」とローレルの名前を呼んだ。
「もう一つあるの。明日、もしも、もしもだけれど……その、ローレルが作ったこの杖をまた折ってしまったら、私に、その杖を預けてくれないかしら」
「絶対に折れますし、もちろんかまいませんが」
おそらく気を遣って遠回しに言ってくれたのだろうが、もはや何千本に近い杖を壊してきたローレルにとっては不要な気遣いだ。確かに、自ら作った杖が壊れてしまうなんてことは初めてで、きっとそれなりにショックもあるだろうけれど。とはいえ、杖は消耗品。いつかは壊れてしまうのだ。仕方がない。
「壊れた杖をどうするんですか?」
「それは……まだ、内緒、デス」
なぜか敬語で少しばかり照れたように目を伏せるアイリスに、ローレルは再び深いため息をついてしまうのであった。
◇◇◇
翌日。
やはり、無事に、とはいかず、予定よりも派手に土地を破壊しつつも頼まれていた仕事を終えたローレルは、約束通り真っ二つになった杖をアイリスへ渡した。
アイリスはそれを受け取ると、すぐさま宿の自室へと引きこもる。
いつもであれば夕食を食べに行くところだが、それどころではなかったらしい。
「仕事モードって感じでもなかったけど……」
ローレルが一人寂しく定食屋の料理を口に運んでいると
「ローレル!」
と、騒がしい食事処の空気を縫って、耳にその声が飛び込んできた。
数日前から滞在しており、少々手荒に魔法を使う『何でも屋』としてこの村の人々にもすっかり名前を覚えられた。歩いているだけでも声をかけられたりするのだから、さして驚くことはない……のだけれど、ローレルは目を見開いた。
そこにいた人物――魔法警団特有の制服を身にまとう大柄な男は、昨日頭によぎったばかりの人だったからである。
「アスターさん!」
アイリス同様世話になった、兄とも、父とも呼ぶべき存在。手紙のやり取りは何度かしていたが、互いに忙しい身だ。実際にこうして会うのはいつぶりか。
「たまたま近くの村で、事件があってな。ちょうど帰ろうとしていたところに、ローレルの名を聞いて、すっ飛んできたんだ」
ホウキを使って空を飛ぶアスターさんの「すっ飛んできた」は文字通りだろう。
「ん? アイリスはいないのか?」
「今日は、やることがあるとかで……」
早速、彼女の話か。ローレルは、アスターと自らの間で一瞬のうちに交わされる視線の意味を理解する。男同士のコミュニケーションは、シンプルなものだ。お互い、分かっていながら、そこには触れないけれど。
「なら、一人寂しくって訳か。じゃ、遠慮なく」
ドカリとローレルの前に腰かけて、アスターは店員に注文を伝える。昔から頼りになる男だったが、ますます磨きがかっているような、とローレルはつい憧れと尊敬を混ぜたまなざしでアスターの一挙手一投足を見つめてしまう。
「アスターさんも、今日はこの辺りで宿泊を?」
「いや、飯を食べたら帰るさ。ゆっくりしていきたい所だったがな。元気にしてるのか?」
「はい。おかげさまで。そうだ。僕、昨日、初めて自分で杖を作ったんですよ」
「へぇ。すごい。どんな杖だ?」
「もう、折れちゃいました」
「はは。相変わらずだな」
最近の王都でのことや、アスターと仲の良いガーベラとコルザの討伐師コンビの話など、他愛もない話をいくつか交わす。
「アイリスにも、よろしく伝えてくれ」
「もちろんです」
最後にはそんな言葉と、握手を交わし、ローレルはアスターと別れて宿へと戻る。一人寂しく夕食を、というつもりだったが、嬉しい誤算だった。
「えぇ! アスターさん、いらしてたの⁉ 会いたかったのに!」
「また手紙を書くって言ってましたよ」
宿に戻って、アイリスに報告するな否や、彼女はむぅ、と恨めしそうにローレルへ視線を投げかけた。アイリスのこの姿を見たらアスターも喜ぶのだろうと、ローレルは思案しつつ、そのことはあえて、アスターへは告げないでおこうと決める。彼には返しきれない恩があるのだが、それとこれとは話が別だ。
「アイリスさんの方は終わったんですか?」
話題を切り替えたローレルに、アイリスは、そうだった、と機嫌を直してポンと手を打った。
「ローレルに、これ」
はい、と渡されたのは木材と鉱石が溶け込んで一つになったペンダント。
「今日は、一緒に旅を始めた日だから。記念って訳じゃないんだけど……その、これからも仲良くしてねって意味で……」
出会ったころのままだったなら、アイリスがローレルに直接首からさげてくれたのだろう。王都へ発つことになった日、あれやこれやと首からかけてくれたように。
「せっかく、ローレルが初めて作った杖だし。何か使えないかな、と思って。鉱石もね、せっかくだからってたくさん買ってみたの。余らせてしまうのももったいないでしょう?」
にっこりと微笑むアイリスは、出会った時から変わらず、綺麗な人だとローレルは思う。
「ありがとう、ございます」
ローレルは、自らが半ば強引にアイリスの手を引いて旅に連れてきたというのに、何も用意などしていなかった、と自分を恥じた。
「明日には、必ずお返しを……」
「いいの! ローレルのおかげで、私の杖もよく売れるようになったんだから!」
ドラゴン退治の話は公にしてはいないものの、ローレルの爆発的な魔法の力は、すでに旅を通して広まっている。当然、一緒に旅をしている杖屋の杖だって、同じように噂となっているらしい。
「あなたは、世界で一番の魔法使いだもの。私に、夢を見せてくれた」
それだけで十分よ、と笑ったアイリスに、ローレルは口をつぐむ。
何があっても、僕が彼女を、この笑顔をずっと守りぬこう――
ローレルは、再びその決意を胸にして、ゆっくりとペンダントを首から下げた。
それから、新しい杖も、とアイリスから手渡され、ローレルは苦笑する。
「魔法使いには、杖が必要でしょう?」
「はい」
二人は、それぞれの杖を片手に、明日も旅を続ける。
「魔法使いと杖屋さん」の完結一周年記念特別編をお手に取ってくださり、本当にありがとうございます!
完結から一年が経ったことが信じられないくらい、なんだかあっという間でした。
特別編を書くにあたり、当時のことを振り返ってしみじみとしてしまいました。
初めて完結させた長編で、拙い部分もたくさんあるな、と思ったりしますが、いまだにお手に取ってくださったり、話題に上げてくださる方がいらっしゃったり、本当に嬉しい限りです。
そんな皆さまに支えられております……!
本当に、いつもありがとうございます。
これからも、作品ともども、何卒よろしくお願いいたします*