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ブラッドアイン  作者: まっつん
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1話 はじまり

 ……どれほどの時間がたっただろうか。目にかかった銀色の髪を掃いつつ少女はふとそんなことを考えていた。具体的な時間はわからないがおそらく5、6時間といったところだろうか。


 少女を乗せた軍用車両は薄暗い山道を走行していた。周りには次第に雪が見え始め、気温もかなり低い。少女はその寒さから逃れるようにその身を縮こませた。


 少女の周りには武装した兵士が囲んでいた。運転席と助手席にはもちろん、少女を挟むように2人の兵士が座っていた。さらに車の前後に2人の兵士⋯と表現するにはあまりにも大きな鋼鉄の巨人が車に合わせて歩行していた。


 前身は黒を基調としたカラーリングがなされ、各所に赤いラインで装飾が施されている。手には人より一回りは大きい銃を装備し、赤く無機質な3つのカメラアイが周囲を睨んでいた。

 

血動機構兵士:ブラッドアイン


 それがこの巨人の総称である。約50年前アーバス帝国で開発された背丈は10メートルほどの人型兵器で現代での主力兵器として戦争に使用されている。機体の胸部にコックピットが設置されており、パイロットが直接乗り込み操作する。


 そしてブラッドアインの最大の特徴として、機体とパイロットが『血液』で繋がることがあげらえれる。ブラッドアイン搭乗者は身体に特殊人工血液『Ibイブ』が投与される。これは人間が発する体内の電気信号を受信し、認識端末である『BASブラッドアナリシス』を解することで機械信号として伝達することができる。これにより、ブラッドアインには搭乗者の行動意思が直接反映されるため、機械でありながら人間に近い動作を行うことを可能にしている。


 今、目の前にいる機体もその一種に含まれる。アーバス帝国軍で運用されている量産型のブラッドアインである。機体名は《セルラ》といっただろうか。


「ミーナ様、あと5キロほどで処刑所に到着します。心の準備を。」


 助手席に座る兵士が堅苦しく告げた。ミーナと呼ばれた少女は向けていた視線を前方の《セルラ》から前に戻した。兵士の言葉に返答はせず、静かに前を見据える。


 処刑の判決を受けてからとうに心の準備などできていた。こうなることは覚悟した上で起こしたことだ。だが、自分はあまりにも無力だった。


 変えられなかった……救えなかった……何もできなかった……


 何度も頭によぎっていた自責の言葉が浮かび上がり、ミーナは唇を嚙み締めた。


 処刑所にたどり着いてしまえばもうどうしようもなくなる。死ぬのが怖くないと言えば嘘になる。だが、それ以上に自分が何もできずに朽ち果ててしまうことが許せなかった。


 もう処刑所まであと数十分もないだろう。どれだけ嘆いても変わらない現実を受け、改めて自分の無力さを呪い始めたその時だった。


 銃声のような轟音が響き渡り、前方を歩行していた《セルラ》の右肩部あたりから大きく火花が弾けた。機体は衝撃によろめくようにバランスを崩し転倒。沈黙した。


「敵襲!各員、戦闘態勢!」「遠距離射撃か……方角は!」

「B-2索敵開始、警戒しろ!」


 周囲の兵士が慌ただしく連絡を取り合う。兵士は車両から降り散開し銃を構えた。後方の『セルラ』も戦闘態勢に入り周囲を索敵している。


 ミーナは車内で身をかがめていた。兵士がいなくなったことで車外に出ることは可能になったが、今ここで出ても戦闘に巻き込まれるか、逃亡とみなされ兵士に射殺されるかのどちらかであることは想像できた。迂闊に動くことはできない。身をかがめた状態のまま外の様子を確認しようとした瞬間、兵士の怒号が響いた。


「上空に敵影発見、こちらに接近中!」「B-2射撃開始、撃ち落とせ!」


 《セルラ》が上空に向けて銃撃を開始した。薄暗かった山道がマズルフラッシュによってまばゆく照らされる。上空を確認すると蒼白い閃光の尾を引きながら何かがこちらに接近していた。それは銃弾を交わすように変則的な軌道を素早く描きながら尚も接近した。


「早すぎる……!」 「ESNの野郎!」 「クソがぁ!!」


 兵士たちの苦言ともとれる声が周りに響く。上空の閃光はさらに距離を詰め、その正体が人型であると判別できた刹那、激しい衝撃がミーナの車体を襲った。車体は衝撃で横転しミーナは開かれた扉から外に弾き飛ばされた。


 打ち付けた痛みに耐えながら上体を起こすと、兵士の死体と銃撃をしていた《セルラ》が切断された状態で横たわっていた。その残骸の先には5メートルはある剣を携えた白いブラッドアインの姿があった。


 背面には戦闘機を思わせるようなエンジンが蒼白い光を放ちその両側には翼と思われるパーツが折りたたまれるように付けられていた。帝国の量産型にあのような機体は見たことがない。


 白いブラッドアインはゆっくりと旋回し、蒼白く光る二対のカメラアイをこちらに向けた。そのままゆっくりと歩行しミーナの目の前で片膝をつけるような体制をとった。ツインアイの光が消え、胸部中央が開き、中から人らしい影が顔をのぞかせた。機体と同色のパイロットスーツで身を包んでいる。ヘルメットを着用しているため表情を窺うことはできなかった。


「あんた、帝国の囚人か。名前は?」


 少々冷酷ともとれる落ち着いた男の声に問われ、ミーナは痛む体を起こし、よろめきながら立ちあがった。


「はい……名はミーナ・アーバスと申します。」


「その名前……あんた、第一皇女か?」


 驚いた様子を見せるパイロットにミーナは黙ってうなずいた。


「まさか王族が囚人として処刑とは⋯帝国の状況はさらに悪化しているな。唐突ですまないがあんたには俺たちESNの本拠地に来てもらいたい。あんたは王族として帝国の状況を知る重要人物だ。話を聞かせてもらいたい。」


 突然の提案にミーナは驚く表情を見せた。帝国から追い出された人間とはいえ、自分は王族である。王政への敵意を持つ人間も多いであろう反帝国勢力の本拠地にこうも簡単に誘われるものだろうか。


 可能性として、情報を聞き出すだけ聞き出して殺されることも十分に考えられるが、今の自分に帝国に戻るなどという選択肢もない。ここは同行する以外なかった。


「わかりました、同行させていただきます。」

 ミーナの返答にパイロットはうなずき、ヘルメットに手をかけた。取り外されたヘルメットからは束ねられた少し長めの髪が肩に落ち、鋭い眼光を放つ群青色の瞳がミーナを見据えた。


「まだ名乗っていなかったな。俺はガレオス・デルク。提案の承諾、感謝する。」


 無表情で名乗ったガレオスは自らの手を差し伸べる代わりに、機体の手をミーナの足元に伸ばした。




 狭い閉鎖的な個室には端末を操作する音のみが響いていた。部屋に備え付けられた照明はつけられておらず、モニターとデスクライトの明かりのみが部屋を照らしている。


 端末を操作していた男⋯エリン・オジェルはモニターに向けていた視線を離し、大きく息をついた。戦争が始まって半年といったところだが、まだ帝国に大きな損害は与えることはできずに戦況は膠着している。


 まだこちら側も大きな損害こそ受けていないが、帝国側との総力差は絶望的だ。このまま膠着が続けばいずれはこちら側が不利な状況に立たされることになる。


 もとい、端から無謀な決起であることはわかっていた。だが、帝国の状況を野放しにするわけにはいかない。


 アーバス帝国の位置するテルス大陸は四方が海で囲まれているものの比較的広大で、気候も温帯で人が定住するに適している。


 アーバス帝国は100年前にテルス大陸を統治し、大陸最大の大帝国として君臨するに至った。国の統治は国王と政治や農業、軍事などを分担し管理する12人の貴族によって治められた。エリンの家系であるオジェル家も12貴族の1つで鉱山資源管理を担っていた。


 今現在、3代目にあたる国王であるエテル・アーバスが王座についているが、彼の王座就任が帝国の情勢を崩壊させることとなった。


 2代目国王であったイデアは妻であるセシルとの間に第一皇子であるアークを10年後に第一皇女であるミーナを授かった。しかし、もともと体の弱かった妻のセシルはミーナ出産直後に死去した。


 セシルが死去した7年後、王族専用試作ブラッドアイン《カイロス》の運用テストが行われ、パイロットとして当時17歳であったアークが搭乗した。しかし、試験中突如として『カイロス』のエンジントラブルが発生、行方不明となった。


 王位継承を任されていたアークの消失により、次期王位の座について貴族を含め議論がなされた。第一皇女であるミーナを初の女帝として王位につかせる案も出されたが、貴族で最高権力を持つガレス・ローランと彼に与する貴族がこれに反対。


 結果として、ガレスの妹を新たな妻として新たな王位継承者を誕生させるというガレスの提案が強行されることとなる。そして1年も経たずに第二皇子にあたるエテルが誕生し、時期王位継承権が与えられることとなる。


 エテルが誕生して10年が経った頃、2代目国王イデアが病死する。王位継承者であるエテルが幼いことを理由に叔父にあたるガレスが摂政として政権を掌握する。


 彼は貴族を中心とする政策を掲げ、国民の税の引き上げや新たな規則の設定などを行い、貴族優位の情勢を作り上げていった。


 当然、国民は強く反発し各地でデモ活動が行われた。これに対し、ガレスは武力による鎮圧と罰則により封じ込め、さらに規制を強化するなど権力による抑制を尽くした。


 ガレス以外の貴族は彼に与しているものや貴族優位を肯定的にとらえているものが多く、明確に反発の姿勢を示したのはエリンと軍事開発を担うルシヨン家のアステリア、農業管理を担当するバイエル家のネロの3貴族のみであった。


 彼らは秘密裏に人員を集め、現政権の打倒のため準備を進めた。そして1年間の時を経て、反帝国組織であるESNエロジオーナを結成し、保有する3機の特殊ブラッドアインによる帝国軍軍事施設のゲリラ襲撃を火蓋にガレス政権打倒を打ち出した。その後、アステリアが保有する地下研究開発施設『アルス』を拠点にゲリラ行動を繰り返し現在に至る。


 『アルス』の所在場所はアステリア家の者しか知らされておらず、ブラッドアインの整備、開発が容易に行えることからESNの拠点として選択した。


 現在アルスにはルシヨン家配属の技術者や整備士をはじめ、戦闘オペレーターなどが滞在していおり、現主力戦力となっている3機のブラッドアインも『アルス』にて格納されている。


 ブラッドアインは、エリンとネロがそれぞれ所持していた独自改修を施した貴族専用機である《ノビリス》の改修機が2機、そしてアルスにてESNが独自開発した《へスぺロス》が格納されており、《へスぺロス》には元帝国軍所属のガレオス・デルクが搭乗している。


 これらの機体はすべてアステリアが中心となり改修、開発が行われ、たった3機でありながら多勢の帝国軍と渡り合うだけの力をESNにもたらすこととなった。彼女がESNに加わったのは非常に大きかった。


 だが、戦力としていまだ不十分であることは確かであり、いち早く戦力増強が必要とされる状況である。この課題に対してエリンは頭を抱えていた。


「またこんな暗い部屋で作業しているのかい?探したよ……」


 突如部屋の扉が開かれ、同じ貴族であるネロが肩で息をしながら入ってきた。少しウェーブのかかった金髪が乱れてることからかなり急いでいた事が伺える。


「お前がそこまで息を荒らすのは珍しいな。なにかあったか?」


 エリンはモニターから目を離し、物珍しいものを見るような眼をネロに向けた。


「つい先ほど偵察に出ていたガレオスから通告があったとオペレーターから連絡があったんだ。帰投中、帝国軍との戦闘があったとのことだ。」


「まさか、戦闘で問題が発生したのか……?」


 ガレオスの駆るブラッドアイン《へスぺロス》は彼ら貴族の駆る《ノビリス》と違い、ESNが独自開発したブラッドアインであるため、その整備には流用できるパーツが少なく難しい。損傷した場合にはその修復には時間を有する為、戦力が限られる現状へスぺロスの損傷は避けたかった。


 ネロもエリンがこの点を心配していることに気づいたか、ゆっくりと首を横に振った。


「いや、戦闘自体には何も問題はなかったようだよ。損傷も確認されていないようだし。問題点はそこじゃないんだ。」


「じゃあ、なんだ?焦らすこともないだろう。」


「ガレオスが戦闘したのは囚人輸送部隊だったようで、戦闘後輸送されていた囚人を一人保護でき、共に帰投すると通告にはあった。保護された囚人は……」


 ネロは目を閉じ一呼吸置いて、自らの平静さを保つように静かに告げた


「ミーナ・アーバスと名乗ったそうだ」


「なっ……!!」


 エリンは大きく目を見開き、勢いよく立ち上がった。座っていた椅子が倒れ、狭い部屋に耳障りな音を響かせた。


「僕もまだ信じきれてはいないけどね⋯でも通告があってから時間も経ってるし、そろそろこちらに到着すると思う。とにかく直接話を聞くしかないよ。どうする?」


 ネロは自らの時計に目をやり、エリンに問いかけた。


「そうだな、とりあえず話を聞く場を設けよう。アステリアにも声をかけて集まってもらおう。」


 第一皇女との話となると、さすがに貴族の全員が集まっておきたい。この場にいない彼女にも集まってもらう必要がある。


「アステリアはまだドックにいるんじゃないかな⋯僕のほうで連絡しておくよ」


「ああ、頼む。」


 ネロは軽くうなずき、駆け足でドックに向かった。一人残ったエリンは大きく息を吐いた。あまりに予想外の状況に整理が追い付いていない。考えるほど疑問点が湧き上がってくる。ただ考えていても仕方ない。


 全ては直接話を聞くことでしか始まらない。エリンはモニターを落とし、部屋から駆け出した。廊下には彼の足跡だけが慌ただしく響いていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。小説を書くことは初めての試みであったため、まだまだ未熟な所も多いとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

今後も続編を投稿していく予定ですが、日常生活との兼ね合いから投稿頻度はあまり期待しないで下さい……完結までなんとかこぎつけたいと考えていますので、応援していただけると嬉しいです!


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