表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者不在  作者: used
1/5

第1話 出会い

ボーイズラブ小説ではありませんが、お熱い友情やソレっぽいキャラクターは出てきますので、過剰に苦手な方は注意してください。あくまで一般向けの範囲です。

 魔法使いの村出身、一番の魔法の使い手、サイド・ポルテ。

 勇者が行方不明になったという一通の報せにより、彼は勇者の村を目指して歩いていた。


 村から出るのは久しぶりだ……。

 閉鎖された村の中でのんびり暮らしていたサイドは、街道へ続く洞窟をようやく抜けて大きな息をつく。


「眩し……」

 

 光の魔法を灯していたとはいえ、暗がりから急に明るい場所へ出たため太陽が目に眩しい。

 洞窟の外は綺麗な景色が広がっている。緩い傾斜を歩き、最後に階段を昇ったそこは高台になっていて、遠くまで見渡せる。この光景もずいぶんと久しぶりだ。ここから橋を渡り遠回りをして下っていくことになる。

 陽気の良さに眠気を誘われながら橋を渡り終えると同時、後ろから黒い塊のようなものがサイドにアタックをかましてきた。

 

(なっ……何だ!? モンスター!?)

 

 そのまま強い力で押され、茂みの中に転がり込んだ。

 弾丸のような黒い塊はまだ幼い少年だった。

 歳はサイドよりも大分下だろう。恐らく10か、見積もっても12程度だ。

 幼くはあったが……頭にバンダナ、口にマスクという典型的な盗賊スタイルをしていた。

 人相も悪く、できれば関わり合いになりたくない人種である。


「あの、君……」

「静かにしろ」


 思ったよりドスの利いた声に、サイドが身を竦ませる。

 今二人が居た道に、ガラの悪そうな四人組が現れた。


「持ち逃げしやがって……」

「ただじゃすまねえ」

「殺すしか……」

「あのクソガキめ」


 口々に物騒な台詞を呟いている。そして恐らくは追われているこの少年も、物騒なことをしでかしたのだろう。

 さすがにこの状態で声を出すとまずいことは、サイドにも判った。

 茂みの中に身を潜めながら、彼らが通り過ぎるのを待つ。

 あたりをうろうろと探ってはいたが、幸いサイドたちがいる方にやってくることはなく、その場を去った。


「やっと行ったか……」

「や……やっと行ったって、今の何だよ! 一体君、何やったんだ」

「ああ、ちょっとシーフギルドに入るフリして金と情報盗んできたからな……」

 

 そんなとんでもない台詞をさらっと吐かれて、サイドは目を丸くした。

 シーフギルド。つまり彼は見た目通り盗賊である。世界を平和に導く使命を持つサイドにとっては天敵のようなものだ。

 もっとも……人間同士の小競り合いにまで口を出す権利は、彼にはなかったが。


「じゃあ追われても当然な訳だ。人を巻き込むのは関心しない。君みたいな小さな子が盗賊なんてやっているのも」


 普段はどちらかといえば温厚なサイドだが、巻き込まれたことにイライラしていたため、多少強い口調になった。

 

「言っておくが、オレはこれでも15だ。そんなガキじゃねぇ」


 どう見ても、12程度にしか見えないので背伸びをしているかもしれない。


「15にしたって、子供は子供だよ」

 

 実際のところサイドは17なので、もし彼が本当に15だとすれば2つしか違いはなかったが、自分の外見が年齢よりは上に見えるのを利用してそう注意する。

 

「じゃあお前が保護者にでもなるか?」

 

 そんな突拍子もないことを言われて、サイドは慌てた。

 普通に注意して終わるつもりが、どうやら厄介なことに足を突っ込んでしまったらしい。

 ただでさえ厄介ごとを抱えているのだ。これ以上はごめんこうむりたい。


「オレの秘密もばれちまったしな。どのみちこのまま逃がしてやる訳にはいかねーな」

 

 確かに尋ねたけど、あっさりと喋ったのはそっちじゃないか! サイドはそう叫びたいのをこらえて、背を向けた。

 

「悪いけど、子供のお遊びには付き合ってられないんだ」


 こういったやりにくい相手をかわすには……三十六計逃げるにしかず。

 サイドは無言で、継承の指輪をはめた。魔力を大幅に増幅できるマジックアイテムだ。

 消耗が激しいので滅多には使えないが、これを装備していれば近場に限り瞬間移動をすることもできる。もちろん、サイドほどの魔力がないとそこまでは難しい。

 

 驚く少年の前で、サイドは綺麗に掻き消えて見せた。

 ただし……出た先では、激しい魔力の消耗に片膝をついて息を荒げているという、とても綺麗とは言えない状態だった。

 大体の位置を予測して飛んだが、実際には町より少しずれている。けれど、目の前だ。魔力を消耗した甲斐はあった。

 魔力が0になると恐ろしいほどの眠気が襲ってくる。今は0という訳ではないが、サイドは現段階で大分眠くなっていた。

 

「参ったな……」

 

 少し町をうろついてから宿をとる予定でいたのだが、待っていられる余裕はなさそうだ。まずは指輪を外し、宿を探すことに決めた。勇者も探したいところだが、宿ほど簡単には見つからないだろう。


 そして……ふらふらしていたサイドを待ち受けていたものは勇者ではなく、また新しい仲間でもなく、タチの悪いゴロツキだった。

 ハッキリ言って、サイドは非力だ。魔力の強い人間というのは必然的に腕力や武術が苦手になるものなのか、直接攻撃する術を知らない。いや、知ってはいたが杖より先に腕が折れてしまうことは明白だった。

 かといってこんな狭い場所で魔法をぶっぱなそうものなら先は見えている。町の一部を破壊……。勇者を探そうとしている正義の味方のすることではない。

  あれよあれよという間に裏路地に連れ込まれ、今や絶体絶命の大ピンチであった。


「さあ、兄ちゃん。金を渡してもらおうか」

「大人しく渡せば痛い目にはあわせねーよ」

 

 ゴロツキがお決まりの文句を並べ、いやらしい笑みを浮かべる。

 狭い路地裏、敵は三人。逃げ道はない。先程逃げるのに魔力を消耗してしまっていて、二度目のワープを使うのは厳しい。

 

「ぼ、僕は……」

「僕だってよー! すげえお坊ちゃんぽい。たんまり持ってそうだぜ」

 

 飛び出しナイフが立つ音。煌めく刃。追いつめられた魔力のない魔法使いにできることなどたかがしれている。目の前のゴロツキにとっては、恐らく赤子の手を捻るようなものだ。

 

 サイドには大事な使命があった。こんなところで、やられる訳にはいかなかった。

 

 魔王が復活した時に勇者が見つかっていなければ、この世が滅んでしまうかもしれないのに、守るべき人間は刃を向ける。

 逃げ出した勇者がこんな世を目の当りにしていたら……もう世界を救おうなどと思わないのかもしれない。

 

 そう思いながら、サイドはそっと目を閉じた。

 

「おっ、観念したかな」

 

 男が下卑た笑いを漏らす。

 ……サイドは、観念した訳ではなかった。いや、ある意味したと言えるかもしれない。

 正しくは、男たちを傷付ける覚悟を、した。

 左手に持った杖をざっと構える。

 

「何か唱えようっていうのか? ナイフがいく方が早いぜ、魔法使いさん」

 

 本来ならばそうだろう。だが、鍛錬を積んだサイドには、詠唱なしでぶっ放せる簡易攻撃魔法があった。

 魔力の消費が激しい時でも体力を削って使うことができる。

 

 ただし、この魔法には少しばかり問題がある。

 まず、コントロールが利かない。次に、手加減ができない。

 下手をすれば建物まで破壊することになってしまう。

 

 こうなっても自分より周囲のことを心配する。サイドの中には徹底して人を守る意識が染み付いていた。

 子供の頃から何かあるごとに、刷り込みのように父親に教え込まれてきたことだ。

 元来の性格もそれに加わって、サイドは再び躊躇った。

 

 だが、継承の指輪まで奪われたら、世界が滅びるかもしれない。秤にかけたらどちらが重いかなんてことは判りきっていた。

 

「それじゃ、覚悟しやがれ!」

 

 ナイフを構えられて、今度は反射的に防衛本能が働く。サイドは無意識に近い動きで、杖を突き出した。

 

「よせっ!」

 

 どこからか声が降ってくる。

 声と共に、上から黒い塊が落ちて来た。目の前にいるゴロツキを踏み潰し、他のゴロツキ相手にナイフで切りつける。

 それは見事服だけを切り裂いて、二人は素っ裸になった。

 

「うわあっ、く、くそっ、覚えてろよ!」

 

 そして、これまたお決まりの台詞を並べて逃げていった。

 ……踏みつぶされて気絶している一人を置いて。


「ククッ。一人置いていっちまったぜ」


 黒い髪に黒いバンダナ黒い服、黒いズボン。ツリ目の凶悪そうな瞳に宿る、凶悪そうな光。そして黒いマスク。

 歳の頃は、どう見積もっても12。そんな見覚えのある顔。

 

「どうしてここに……」


 ワープをしてきた距離はそれほどではないとはいえ、短時間でここまで辿りつけるとも思えない。

 しかもあの派手な登場を見るに、様子を伺っていたと考える方が無難だ。どれだけ足が速いのだろうか。何度目をこすってみても、目の前にいるのは先ほどの少年だった。



「何で、僕を助けてくれたんだ。死ねば好都合だったろ」

「そのつもりなら、出会った時に殺してるさ。お前、役に立ちそうだからな、仲間にしてやるって言ってんだよ」

 

 それはサイドにとって、少しも嬉しくない申し出だ。

 

「でも、その……うー」

「てめー、もっとシャキっとしろ! 折角オレよりずっと背が高いのにそんな丸まって情けなそうな顔してるから付け狙われるんだよ! ここじゃ恰好の餌食だぞ!」


 背中を何度も叩かれて、痛みが走る。それでもやはり、サイドは情けない顔のままだった。


「この顔は生まれつきだから」

「オレに反論するって?」

 

 他にどう言えばいいのか判らずに、サイドは狼狽える。

 勇者に会う前にこんなタチの悪い人間に狙われてしまって、これでは探すどころではない。

 こんな凶悪そうな少年を連れていては、勇者も裸足で逃げ出すだろう。

 

「オレはなー、情けないツラしてる人間が嫌いなんだよ。だからお前のその顔、スッゴイ気に食わない」

 

 顔の横を通り、石壁にナイフが突き立てられる。

 

「一枚くらい剥げばマトモになるかぁ?」

 

 少年はそう言って、サイドを下から見上げながら冷たく笑った。

 身長が30センチは離れている相手……しかも年端もいかぬ少年に、サイドは本気で戦慄を覚えた。

 

 どうやら殺す気はないらしいが、少年から伝わってくるのは確かな殺気だった。

 いや、実際仲間にならなければ殺す気でいるのかもしれない。

 そんな二択を迫られてしまえば、答えなんて決まっている。

 

「仲間になる! なるから!」

「違うだろ。仲間に、してください、だろ?」

 

 にやりと笑う少年に屈辱を覚えながらも、サイドは望まれた答えを口にした。

 

「な、仲間に……して、ください」

 

 顔の横からナイフが引き抜かれる。それすらも背伸びをするような相手に、こんな台詞を言わされた。それはプライドを傷付けはしたが、平和主義のサイドは相手に殺す気がないと言われてしまえば自分から攻撃をしたりはできない。

 それに金品などを要求された訳ではなく、相手が提示しているのは単に自分を仲間にしたいという望みだけだ。そこにどんな意味が含まれているとしても。

 

「判った、仕方ねーから仲間にしてやる」

 

 少年は凶悪そうな笑みを浮かべた。

 

「じゃあまずはだな……」


 まずは何をすることになるのだろうと、サイドは身を竦ませる。


「お前の冒険につきあってやるよ」

 

 しかし少年から出てきたのは思いもよらぬ言葉。

 

「は……は、はあ!?」

「今暇なんでね。誰かに付き合うのも悪くなさそうだ。それに情けないツラしてる奴が嫌いだって言ったけど、一つ訂正」

「……え?」

「お前の情けないツラは、悪くない」

 

 そう言って少年は、やはり意地の悪そうな笑みを浮かべたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ