第5話 新規受注②
「それなら良かったです。結婚式は夫婦が力を合わせて作り上げるものですから」
「気づいているだろうが、俺たちは君の仕事ぶりを調査してここにいる。ひとつ聞いておきたい。新郎新婦の協力にどうしてこだわる?」
私の言葉が気に障ったのかわかりませんが、ユジン様はソファーに身を預け腕を組んで挑戦的な眼差しを向けられました。
ルシェ様が慌ててユジン様の肩をぺちぺちと叩きますが、効果はありません。
「以前、遠方の式場まで参列者のために蒸気自動車を用意したご夫婦がいらっしゃいました。しかし、酷く車酔いするお客様は馬車で向かわれることになり、式に間に合いませんでした。
どんなお客様がいらっしゃるか事前にわかっていれば、いくらでも対応ができた事件です。任せるのではなく、そういったことを話し合い、作り上げていかなければいけないのです」
ユジン様は何も言いません。私は調子に乗って話を続けます。
「男性にも理想の結婚式があるはずです。お相手の理想を叶えたいというご新郎様のお気持ちと同じように、ご新婦様の多くも、お相手の理想を知りたい、叶えたいと考えているものです。
あなたの理想の結婚式はどんなものですか?」
「俺の理想は、ダンスだ」
私の問いに即答します。あらかじめ用意していたみたいに。
下調べをしっかりなさっているのですから、それは仕方ないのかもしれません。けれど心がこもっていないような気がして少々残念ではありますね。
「ダンス、ですか」
「舞踏会で踊るようなものではなく、昔ながらの素朴なやつだ。輪になって踊る」
「ブランル?」
「そう。招待客はそう多くない予定だが、彼らには末永く交流を持ってもらいたいんだ」
全く予想外でした。ダンス、ですか。
ブランルはみんなが輪になって手をつなぎ、音楽に合わせてステップを踏む踊りです。古くからあって、お祭りにはみんなが踊って楽しみます。
細かい部分ではステップの踏み方や振り付けに地域差があるのですが、その違いさえも楽しみながら交流できるのがブランルの良いところでしょう。
うーん、先日は星空の下の結婚式をしたいとおっしゃっていたと思うのですが。考え直したのでしょうか?
「わかりました。対応可能な楽隊の準備が必要ですね。他にありますか? ……時間帯とか?」
「できれば王都から数時間のうちに行ける場所で探してくれ。日のあるうちに戻って来られるのが望ましい」
ちょっと探りを入れてみましたが、やっぱり星空の下である必要はないようです。なんなら早く帰りたいとか!
ルシェ様はお花畑が良いとおっしゃってましたね。もう少し詳しくお伺いしてみましょう。
「承知しました。それではご新婦様の理想について詳細をお聞かせください。お花の指定や日取りなどは?」
「急なお話で大変申し訳ないのですが、六ヶ月ほど先でお願いします。お花畑はダリアが多く咲く場所にしてください。ダリアだけでも構わないくらい」
「いいですね。ダリアは私もお花の中で一番好きですわ」
「それから、食前酒には必ずリンゴ酒を」
ダリアもリンゴ酒も、このエスパルキア王国の名産品です。
栽培する花農家も多いですし、上質のリンゴ酒を多く準備するのも難しいことではないでしょう。けれど、どうしてダリアとリンゴ酒なのかしら。逆に不思議です。あまりにもありきたりで。
「それらはお二人の思い出にまつわるものでしょうか?」
「いいえ。わたくしたちに思い出はあまりないのです。……選んだ理由はいずれヴィー様もおわかりになると思います」
苦笑いするルシェ様の表情が美しすぎて、そしてとても分厚い壁を感じて、私はそれ以上追及するのをやめました。
貴族であればデートを重ねないまま結婚に至ることも少なくありません。思い出がないと言われて、この黒髪の仏頂面を睨んでも仕方ないことはわかっています。
でもですよ。初めて会う女性を口説くことはできるわけじゃないですか、この男は。
あんな、あんな、熱っぽい瞳で見つめながら髪の毛を掬って、あんな……。
ああもう!
考えるのやめましょう。
ぷるぷると首を小さく振って、軽薄な男のほうへ視線を向けました。ポーカーフェイスは昔から得意でしたが、ここでこんなに役立つとは。
「数時間のうちに足を運べる花農園にはいくつか心当たりがあります。ただ、六ヶ月後となると……」
「明かすのは正式な契約の際になるが、我々の家名を出せば大体の無理は通る。業者の都合などは考慮しなくて結構だ」
産業技術の発達した今でさえ、半年は式の準備期間としてはそこそこ短いです。ドレスを用意するのだってすぐにも採寸したいくらい。
が、貴族を相手に商売する業者に対して、名前だけで無理が通せる家門となると限られてきますね。これは多少ぼったくって……いえ、いい鴨……いえいえ、良いお客様になりそうです。
胸算用を悟られないようニッコリ笑って、仮契約書を取り出しました。
「承知しました。それでは先ほどお伺いしたお名前で結構ですので、お二人のサインをお願いします。着手金は五日以内に。お支払いから一週間以内に候補地のご案内をいたします。そこからまたご相談の上、実現に向けて具体化していきましょう」
「はい、では細かいことはまた改めて。わたくしたちはあまり揃って時間がとれませんので、今後はどちらか一方か、またはこのラシャードが参ります」
ルシェ様の紹介で、お二人の背後で静かに控えていた男性がやはり洗練された動作でお辞儀をしてくださいました。私も慌てて会釈を返します。
新郎新婦のお二人は絵に描いたようにお美しいですが、最高位の貴族ともなるとお連れの従者まで美しいのですよね。イケメンは私の心を癒してくれます。ありがとう。
「それでは半年ほどのお付き合いとなりますが、お二人が最初の試練を越えて更なる絆を手に入れるお手伝いをさせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
右手を胸にあて、目を閉じて深くお辞儀をした私を、ユジン様の澄んだ青い瞳が見つめていました。顔を上げてその瞳と目が合った時、彼は何か呟いたようでしたが聞こえません。
彼の本当の理想がどこにあるのかはわかりませんでしたが、背に腹は代えられません。せっかくの鴨、いえ大事なお客様ですから。