第39話 狩猟大会④
取り残された私とマリーンに、遠くから優しい声が掛かります。マリーンが目で促した方向では、妹愛の深すぎるルーファスお兄様が手を振っていました。
「ヴィヴィアンヌ、こっちだ」
「なんですか、これ?」
「わー大きなテントですねぇ」
この狩猟大会に参加する家はそう多くなく、中堅のダルモアはこの中では下から数えるほうが早いのです。そのため、休憩所として設置するテントも隅っこに小さな日よけを建てるので精一杯。
だったはずなのに。湖から戻るとその日よけが無くなっていて、代わりに立派なテントが張ってありました。
「エナンデル公爵家の従者の方が建ててくれたんだけどさー、たぶん王家っていうかアーベル王子殿下からのプレゼントだよな」
お兄様が心から弱り切ったお顔でため息交じりに教えてくださいました。
エナンデルはラシャード様、マチルダ様のお家です。エナンデルからの贈り物だというのであれば、恐らくお兄様の見立ては正しいでしょう。まさか王家からとは言えないでしょうから。
「ふぁー、でも広いとゆっくりできていいですわね!」
転がり出てしまった私の心の声に苦笑しながら、お兄様がまたテントの外へ出て行かれました。測定の様子を見に行ったようです。
お父様の姿は見えませんが、出世されてからずっとお忙しそうなので今日も走り回っていらっしゃるのでしょう。
我が家では見たことのない藤編みのソファーに深く腰を下ろして、深呼吸をします。
王城での生活もそうですが、こうして王家や公爵家からたくさんのご厚意をいただけることに慣れてきてしまいました。我ながら恐ろしいです。普通の生活に戻れないかもしれない。
「お嬢様、測定はもう終わってるみたいですよー。そろそろ結果発表が始まるっぽいので見に行きましょう」
テントから顔を出して外の様子を窺っていたマリーンに呼ばれ、腰を上げることにしました。せっかく休憩できると思ったのに!
まぁ、誰が優勝しようと興味はないですが、その方が国王陛下とどんなお話をなさるのかは気になりますからね。
たまにとんでもないお願いをしようとする方もいるらしいので、陛下がどんな反応をなさるのか、周囲の人はどれくらい焦った顔をするのか、見てみたいなって。
「ほら見てください、あの鹿。すごくないですか?」
マリーンのが指し示す先にあるのは、この山のヌシか、そうでなければ山の神のペットではないかと思われるほど大きな牡鹿です。
あれを獲るのは相当な腕がないと難しいでしょう。一体どなたかしら。
「横にあるのが次点の獲物? ちょっと差がありすぎるわね」
二番手と思われる獲物も同じく鹿でしたが、見た感じではほとんど半分くらいのサイズしかありません。でもその二番手の鹿が小さいわけでは決してなくて、一番が異常なのです。
開会のときにも司会をしていらした方が、また前へ進み出られました。
閉会式が始まるようです。
簡単な挨拶で参加者を労い、早速勝者の発表が始まりました。三位の狐から順に、サイズと狩猟者、そしてラペルピンを渡した女性の名前が発表されます。
ついに一位の発表となったとき、私は……恐らくマリーンやお兄様も、その耳を疑いました。
「狩猟者は、アーベル第二王子殿下。ラペルピンは……ペンと鷲の家紋。えー、ダルモア伯爵家ですね。伯爵令嬢ヴィヴィアンヌ様が精霊の祝福をお受けになりました」
周囲から一斉に視線が飛んできました。
え、えーっ?
いやいや、だってアーベル様は「そこそこのサイズの獲物」っておっしゃってましたけど。彼の言うそこそこはヌシなんですか?
ほんと信じられない。
私のことを良く思わない方も少なくないですし、あまり目立ちたくなかったのに。
司会の方に呼ばれるままに前へ出ると、アーベル様も王族用のテントから出ていらっしゃいました。
なんてことをしてくれたんだ、と軽く睨みつけてやりましたが、効果はないようです。
二人並んで国王陛下の御前へ出て跪き、お祝いの言葉をいただきます。
「アーベルは本大会に参加するのは初めてだったな。何か願いがあるならば言うとよい」
陛下の言葉に、会場内がシンと静まり返りました。
遠征ばかりで城に留まっていることの少なかった第二王子殿下が、陛下に一体何を願うのか。そんな声が聞こえてきそうなほどです。
一方私も、アーベル様が何を願うのかは気になり過ぎます。気にならない風の澄ました表情で前をブレることなく見つめていますが、耳はアーベル様の息遣いすら聞き分けそうなほど集中しています。
「以前、発表を控えていただいていた件について、今ここで速報として周知いただきたいと存じます。そして願わくば、お相手に何か一言賜りたい」
迷いなく発した言葉に、誰もが首を傾げました。
何を企んでいるのか。陛下と殿下の間でどんな取り決めがなされているのか。お相手とは一体なんなのか。
ざわつく会場の中で、国王陛下は大会を運営する貴族の一団のほうへ一瞬だけ視線を投げました。
「ふむ。先方にもすでに話はつけてあるようだな」
「なかなか機会に恵まれず、つい先ほどやっと話ができたところでございます」
頷いた陛下が側近に言って何かを持って来させます。何やら書類のように見えるのですが、内容まではもちろんわかりません。
ざっと書類に目を通してから咳払いをひとつ。
ここにきて会場は水を打ったように静かになりました。遠くでは狼と思われる鳴き声が微かに聞こえます。
「エスパルキアの国王ダヴィド・ライエル・エッセルは、我が息子アーベル・キーン・エッセルとダルモア伯爵家息女ヴィヴィアンヌとが婚約したことをここに表明する。正式な婚約式は後日執り行う。
ヴィヴィアンヌ、そなたの話はサラからもよく聞いておる。そなたが計画したという先般の披露宴は大変良いものであったし、デロア王家とより一層強固な関係を築く地盤の一部となったことは間違いない。
今後はアーベルを支え、王家の一員として国のため民のために共に働いてもらいたい」
会場はまだ静かですが、皆さんのお気持ち、よくわかります!
私も今ここで一体何が起きているのかさっぱりわかっていませんから!
混乱です、思考停止です。
が、陛下からお言葉を頂戴して何も言わないわけにいきません。
「ありがたきお言葉、身に余る光栄でございます」
どうにか絞り出した言葉はこれだけ。まあいいか。陛下に気軽に謁見できるような身分じゃありませんから、言葉を失うことくらいあるってみんなわかってくれます。
いやでも待って?
大事なこと忘れてません? 私プロポーズしてもらってないんですってば!
待って完全に受け入れちゃってるじゃないですか、私!
このクソ王子ィ……!
ハッとなって横に並ぶ顔がいいだけのクソ王子を睨みつけると、これ以上ないくらいお手本のようなしたり顔です。
ロマンチックなプロポーズは全乙女の生涯の夢でしょうがっ!
「アーベルは結婚の意味を、家族を持つ責任を、人一倍強く感じていると思うの。そんな子が貴女となら結婚したいと言うのだから、ワタクシはそれだけで幸せよ。ヴィヴィアンヌ、あの子のそばにいてくださってありがとう」
王妃陛下の言葉は、きっと若いご令嬢の嫉妬の多くから守ってくださるでしょう。
ありがたいですし嬉しいのですけど、プロポーズがなかったという話は代々語り継いでいきたいと思います。




