第37話 狩猟大会②
国王陛下による開会の挨拶を終えると、男性たちは早速森の中へと入って行きました。
お父様もお兄様も狩りはあまり得意ではないので、少し憂鬱そうな表情でしたが大丈夫でしょうか。
一方で女性たちは円形に配置されたテーブルでお茶会です。
円の中心ではお湯を沸かすために火をおこしていて、そこで生まれた蒸気がパイプを通ってグルリと各テーブルの内周を囲みます。
晩秋と言える時期ですが、おかげさまであまり寒さを感じずにすみそうです。
「レディズコンパニオンのお仕事には王子殿下のご機嫌伺いも含まれるようになったのかしら?」
「あら、でもウルサラ様はデロア王国へ行ってしまわれましたから」
「ちょっと皆さん、あまり苛めては可哀想ですわ。ヴィヴィアンヌ様は刺繍を奪われてしまったのですよ?」
私の隣のテーブルを囲むご令嬢方が楽しそうにおしゃべりをしています。
刺繍を奪われた、というのは最近の私の評価のようです。この話題に限り刺繍は女性の貞操を暗に指しているらしいのですが、結婚前のご令嬢が扱っていい話題とも思えないですけどねぇ。
マリーンが頬を膨らませていますが、首を小さく振って黙っていてもらいます。
「ねぇヴィヴィアンヌ様、次はどんな結婚式をお考えでいらっしゃるの?」
同じテーブルを囲むご令嬢が可愛らしい笑顔を向けてくださいました。
こちらは、ウルサラ様の披露宴にも出席された高位の家柄のご息女がずらりと並んでいます。誘拐事件やそれにまつわる真実を知らずとも、私が王族とかなり懇意にしていると知っている方々です。
お隣のテーブルの方々は我が家と同格くらいの家格でしょうか。
社交界の風向きも正しく読めず、嫉妬にかられて下品な噂話をしてしまうのですから、そういうとこだぞ、という気分にもなるというものです。
「空や海でできたら素敵だと思って、実現に向けて考えているところです」
私がそう回答すると、ご令嬢の皆さまはキャーとはしゃぎ出しました。
そうそう、これですよ。女の子は嫉妬でお顔を歪ませるよりも、こうして楽しい嬉しい美味しい素敵と、小さな幸せを見つけてキャッキャしているほうが可愛いと思います。
「ちょっと殿下のお近くに置いてもらえるからと言って、いい気になって。都合のいい存在だというだけなのに」
「殿下はマチルダ様のお心の準備が整うのを待っていらっしゃると聞きますわ。やはり家格から見ても差は歴然ですものね」
「少なくとも殿下と結婚できるようなお立場ではないんですから、偉そうになさらなければいいのにね」
うーん。高位のご令嬢と楽しくお話するだけでも、いい気になっているように見えるようです。嫉妬って怖い!
マチルダ様を待っているという説は信じても仕方ないとは思いますけど。私も一度は同じようなことを考えたことがありますし。
でも先日の王城のサロンでのやり取りを見る限りはそれも違いますねぇ。
私と婚約するってマチルダ様に言ってたしなぁ。場を収めるための方便にしても、彼女を大事に思うのなら絶対言わない台詞です。
「わたくしはヴィヴィアンヌ様にプロデュースしてもらうのが夢なのですわ。でも……お父様に言われてしまったの。ヴィヴィアンヌ様は今後、そのようなことを頼めるお立場ではなくなるって」
一際大きな声でそうおっしゃったのは、国内でも一、二を争う歴史ある家門の伯爵令嬢です。御父上は確か財務大臣で、親族にはやり手の商人がいたような。
隣のテーブルとこちらのテーブルとで、私の「立場」についての見解が正反対であることがわかります。
いやーしかしお茶を飲んでいるだけなのに、ふたつのテーブルに漂う空気の重いこと重いこと!
「私は今後もブライダルプランナーのお仕事を続けたいとは思っているのですけどね」
これ以上なんと答えたらいいかわかりません。私が続けたいと思ってもお客様がいなければどうしようもないし、相手が誰であれ結婚すれば自由にはできないでしょうし。
眉を下げて力なく笑うので精一杯です。
と、そこで会場が一瞬だけざわついて、すぐに静かになりました。
顔を上げると、皆さん同じ方向をご覧になっています。
「仕事を続けるためにはどうしたらいいか話し合いをしようか、ヴィヴィ」
皆さんの視線の先にはアーベル様。
あっという間に私の背後に迫っていたようです。全然気づかなかった! さすが騎士団長と言うべきでしょうか?
「なんでここに」
驚きのあまり思考が止まっている間に、同じテーブルを囲んでいたご令嬢方は一斉に立ち上がって、深々とお辞儀をなさいました。
うわー、タイミングを逃してしまいましたね。
私も慌てて立ち上がります。が、膝を折る前にアーベル様が私の腕を掴んでしまいました。
「言っただろう、そこそこの獲物を獲ってすぐに戻ると。さあ行こう、連れて行きたい場所があるんだ。マリーンもおいで」
腕を引かれ、歩き出してからテーブルを振り返ると、同じテーブルだった方々はニコニコと手を振ってくださっていました。
お隣のテーブルはどんよりした空気が漂っていたように思いますが、確認はしないでおきましょう。
連れて行きたい場所、というのは山の奥の湖でした。アーベル様曰く、最初のデートが牢獄塔だったことの埋め合わせだそうです。
ここへ来るまでに利用した王家の馬車には軽食も積んであって、マリーンがせっせと食事の準備を進めてくれています。
その間に、私とアーベル様は湖の周りを散策することにしました。少し離れたところからラシャード様もついて来ています。
「おまえの協力のおかげでハリルも全て話してくれた。これで奴を減刑できるだろう。無罪を勝ち取れたら最高なんだが、どうなることか」
「反逆罪でしたら死刑ですからね。本当によかった」
「ラシャードから聞いた。俺には結婚する義務があると言ったそうだな」
「正しくは、王家の血を絶やさないようにする義務です」
アーベル様は静かに頷いて、けれどすぐに青い瞳をキラキラと輝かせながら、いたずらっ子のように笑いました。
「臣下は、俺が安心して死ねるように努めなければならないとも」
「死ねって言ってるわけじゃないですよ、生きとし生ける者全て平等に死は訪れますから。ただアーベル様には、ご自身の幸せを見つけてほしいのです」
「もう見つけている。そして、それを手に入れるためにこうして努力している」
アーベル様が手を伸ばして私の髪に触れます。
しばらく何も言わないまま、私の髪をくるくると指先でいじっていました。いつにない親密な空気に自然と呼吸が浅くなります。
そのうちに彼の指が私の頬に触れました。ゆっくりとなぞるように上から下、下から上へと指先が移動します。触れられたところが熱を持ったように敏感になって、思考がまとまりません。
私を見つめるアーベル様の瞳もなんだか熱っぽい気がして、急に恥ずかしくなってしまいました。彼の目をまともに見られなくて、つい俯いてしまいます。
「ヴィヴィ」
「はい」
「俺が死んだらどうする」
「え……」
死は平等に訪れると言いながらも、アーベル様のいない世界なんて想像もつかないなと思うのです。死んだら、と問われただけで胸が潰れそうになるのに。
「泣きます」
「もう泣いてる」
頬に触れていた手が私の涙を拭ってくれました。




