第36話 狩猟大会①
マチルダ様の突然の襲撃から二週間が経過し、私はなぜか山に来ています。
毎年秋の終わりに行われる王家主催の狩猟大会です。今までは仕事を理由に不参加を貫いていたのですが、今は仕事も暇ですしアーベル様直々のご指示もあって、参加しないわけにいかなくなってしまいました。
「マリーンがついてきてくれて良かった」
「貴族のご令嬢なんですから、専属の侍女もつけたらいいんですよ」
狩猟大会と言っても、実際に狩りに出掛けるのはほとんど男性。女性たちはスタート地点でお茶を飲みながら、男たちの帰りを待つだけなのです。
暇すぎるので参加したくなかったのですよね。
身の回りの世話をする侍女がいないと、お茶ひとつだって自分で淹れる必要があり、周囲にクスクスと笑われてしまいます。
普段はプランナーとして外で働いていますから、侍女がいなくても困ることはなかったのですけれど。
「ラペルピンはどなたに差し上げるんです?」
「お父様と……今年はお義姉さまが臨月で不参加だから、お兄様にもかなぁ。あとアーベル様」
「へぇ?」
「殿下が来いっておっしゃるから、用意しないわけにいかなかっただけよ? それ以上の意味はないわよ? 取りに来るかもわからないし」
「素直じゃないのか、ほんとに自分で気づいてないのかわっからねぇですね」
「喋り方」
女性たちは、ジャケットの襟を飾るラペルピンを準備します。家紋やイニシャルなど自分とわかる図柄が刻まれたものです。
男性は、家族や恋人や想い人または友人のうち一人から、ラペルピンを受け取ります。そして、狩りの成果を相手に献上します。
これは古くから伝わる神話で、山の神が美しい木の精霊に牡鹿を贈ったという逸話から始まったもの。
最も大きな獲物を狩った男性および贈られた女性が勝者として讃えられ、この一年の生活が豊かなものになると言われているのです。
また、勝者には国王陛下へ謁見の機会が与えられます。
ただ挨拶をするだけでも滅多にない光栄ですのに、名を覚えてもらったり、願い事を聞いてもらえたりする可能性もあるため、誰もが必死になるそうです。
「ヴィヴィアンヌ嬢、ぼくにラペルピンをいただけませんか」
ダルモア伯爵家が建てた小さな日よけの下で、男たちが意中の誰かを探し回っているのを眺めていると、やけに緊張した様子の男性がやって来ました。歴史ある子爵家のご長男です。
レディズコンパニオンをして良かったのは、貴族名鑑で名前だけ覚えていた貴族たちと会えたことでしょうか。お顔と名前が一致すると親しみがわきますね。
「それが――」
人気のある女性は数十本も準備することもあると聞いたことがあります。
私は他者からもたらされるだけの勝利に興味はありませんし、なにより家族以外の男性から声が掛かるとも思わないので、三本しか用意がありません。
お父様やお兄様に差し上げなくても大丈夫かしら? と思って周囲を見渡したとき、なんとその子爵家のご長男が呼び水になったことに気づいてしまいました。
餌場を見つけた野生動物のようにゆらゆらと殿方が集まって来ます。これはレディズコンパニオン効果でしょうか。
王家からの指名で異例の若さでコンパニオンを務めましたからね……。お父様もお兄様も出世してますし、私と知り合いたいという男性は少なくなかったのかもしれません。
んー!
全員に配れるならいいのですが、この中の二、三名限定となると当たり障りのない方を選ばないと。
どうしましょう、すぐには決められません。
「ヴィヴィ、俺の飾りを貰いに来たんだが。まさか何十本も用意してないだろうな?」
秋を通り越して冬が来てしまったかのような、冷たい声が響き渡りました。
声のした方を振り返れば、黒髪に深い青の瞳。纏うオーラには狂戦士と呼ばれても仕方ないと思わせる禍々しさがあります。
「あ、アーベル様。えと、三本しかご用意していなくて。お父様とお兄様と」
「そして俺のだな。……というわけだから諸君らは他のテントをあたるといい」
お世辞にも柔らかいとは言い難い笑顔を向けられて、男性たちが蜘蛛の子を散らすように去って行きました。何もそんなに脅さなくても。
女性が自分のラペルピンをたくさん配ることは禁じられていないですし。
男性がお一人からしか受け取れないので、一部の女性が殿方を独占してしまうと、まぁ、オンナの戦いというやつに発展することはあるらしいです。怖い。
「参加させておいて取りに来なかったら、どんな嫌味を言ってやろうかと考えてましたのに」
差し出したラペルピンを受け取らず、少し屈んで胸元をずいと私の目の前に近づけました。付けろってことでしょうか。
これだから王子様は。自分でつけられないなら従者を連れていらっしゃればいいのに。
ミスしたふりをして肌にピンの先端を突き刺してやろうかと思いましたが、少量残った善良な心がそれを押しとどめました。
ピンを付けている間、アーベル様は私の髪を指先でくるくるといじっています。一体何が楽しいのやら。
「受け取ってくれという申し出をぜんぶ断ってここへ来たんだから褒めてもらいたいところだが。それより後で少し話をしよう」
「話ですか? 今日は夕刻まで狩猟が続きますしそんな時間ないのでは」
「なに、そこそこの獲物を狩ってさっさと戻ってくるさ」
アーベル様はそれだけ言って、王族用の大きなテントへと戻って行かれました。
獲物の大きさで勝敗を競うのですから、普通はより大きな獲物を求めて制限時間いっぱい使うものです。ただ、勝敗を気にしないか、満足いくサイズのものが獲れたなら必ずしも狩り続ける必要はありません。
「やっぱり王子殿下ってかっこいいですよねぇ」
「えっ! マリーンはああいうのが好みなの?」
「いえ、殿下は鑑賞用です。もっと素朴な、野菜の端切れのスープだけの食事でも満足できそうな人が好きですね」
確かに彼はスープだけじゃ文句を言いそうな気がします。または予想外すぎて思考を停止してしまうかも。
スープだけの食事でさえありがたいと思う民が存在することをご存じかしら。
……ああ、いえ。知らないはずがないですね。
「彼はきっと満足できないでしょうね。でも、どうしたら人々がパンとお肉も一緒に食べられるか考えて、対策するんじゃないかな」
マリーンが彼の後ろ姿をかっこいいとため息交じりに見つめたとき、実は少しドキっとしたんです。
次の瞬間には、私でさえ身分差が少々気になるのに、マリーンが彼を好いたところでどうにもならないしと、醜悪な思考を巡らせていました。
今までにない感情に戸惑っています。
マリーンが彼を好きではないと断言した際の安心感も、マリーンの思い描くアーベル様の人物像が実際の彼とは違うのだと知っている優越感も。




