第34話 話し相手②
ハリル様の部屋を出て塔を降りると、アーベル様が私室へ連れて行ってくださいました。半年も王城で生活していながら、彼の私室を訪れるのは初めてのことです。
部屋に入ってすぐラシャード様と従者もいらして、あっという間にランプや温熱機などが整えられていきます。
「それで、どうだった」
アーベル様が口を開くと、ラシャード様がヴァレットに退室を促しました。
いつの間にかテーブルに並べられたビスケットを口に放り込みながら、どこから話すべきかと考えます。
「先に質問なんですけど、王国法では国家に対する反逆の計画を知った者に通報の義務を課していると思うのですが、それに違反した場合ってどうなるんですか?」
「知った状況や内容、そして結果によって変わりますが、原則として罰則は設けられていません」
ラシャード様の回答に頷きます。
それなら私は、いえ私たちは、彼を救えるのかもしれません。
「結論から申し上げると、ハリル様はウルサラ様の結婚に関する一連の事件に関わってはいません」
「ほう?」
「ギレーム様が暗躍している可能性に気づいていながらも、ご自身は動いていないのです」
「だが、おまえを攫った」
間髪入れずにツッコミが入ります。でも、アーベル様の表情はとても柔らかい。きっとハリル様の行動の理由をご存じなのでしょう。
だから私の証言が欲しいと思っている。
「攫ったのではなく、助けてくださったのです。混乱していた私を落ち着かせるために、森の中を少しお散歩してくださっただけ」
「ふっ。建て前はな。真実は?」
「ウルサラ王女殿下が誘拐されると密告したのは、ハリル様の手の者ではないですか? 彼は誘拐が実行に移された場合に備えて、事前に屋敷を出て周囲を探索していた」
お二人とも返事はありませんでしたが、これは無言の肯定なのでしょう。
私は最近流行りのミステリ小説の主人公よろしく、身勝手な推理を並べたてます。
「彼の夢はリリアナ・ダ・バーセルを妻に迎えること。叶わないとしてもせめて、彼女の側にいたかった。だから帝国で国務大臣派が勝利するなら、私はあのまま攫われていたかもしれません。そして帝国にエスパルキアを隷属させ、自身は総督に収まればいい。
しかし幸いなことに保守派が優勢だったので、エスパルキアとは事を構えるべきではないと判断したのです。でも私をすぐに屋敷に連れ帰ったらギレーム様に誘拐の失敗が知れてしまうかもしれない。それでアーベル様が迎えに来るのを待っていた」
「待っていた?」
「私は乗馬が苦手です。ハリル様もそうなのかと思い込んでいました。森の中を速足でしか進まないのですもの。でもそうじゃなかった」
速足は人の足でもついて行くことができるほどの速度です。
けれどアーベル様やディグズロー様たちは襲歩、つまり馬の最も早い歩法で森を駆け抜けていました。仮に乗馬が苦手だとしても逃亡者ならもう少しスピードを上げるはずですし、彼は得意なほうだと言っていました。
私の手を拘束しなかったのも、蒸気銃を隠さなかったのも、私が抵抗することを望んでいたのでしょう。
攫うつもりもないのに本当のことを言わなかったのは、帝国の情勢次第では誘拐を実行していたはずだという罪悪感から。
「憎たらしいことに、馬術も剣技も文官にしておくには惜しいくらいの腕前なのは確かだ。だが、彼は剣を抜いていた」
「それは……アーベル様の見間違いでは? 私は見ていません」
「は? ……あはははは! そうだな、確かに見間違えた。枯れ枝か何かを持っていたのだろう」
目尻に涙を滲ませながら笑うアーベル様は、心に溜まった澱が消え去ったみたいに見えました。
ラシャード様の苦笑いもどことなく嬉しそうです。
「ヴィヴィアンヌ様のおっしゃる通り、密告はハリル様の配下にある人間からもたらされたものでした。しかも、一度だけではないのです。貴女の命は三度危険に晒されたと申し上げましたが、全て事前に情報が入っていた」
「今思えば、ただの善意なのかもしれないが……」
「アーベル様はハリル様がヴィヴィアンヌ様のことを好いているのかと嫉妬し――」
「黙れラシャード」
耳を赤くしたアーベル様と、お腹を抱えながらも声を殺して肩で笑うラシャード様を見て、なんだかとっても懐かしい気分です。
王城での生活を終えてからまだ二週間しか経っていないのに。
少し嬉しくなって、私もニマニマ笑ってしまうのを隠すために紅茶を煽ります。
「貴族裁判は半月ほど先になる。証言を頼んでもいいだろうか。今まで、ハリルは情報をこちらにリークしたことも認めなかったんだが、おまえの証言があると言えば説得されてくれるかもしれない」
「もちろんです。説得するなら私もお手伝いします!」
帝国の情勢次第で彼は反逆罪に問われることをしていたかもしれません。けれど、そうだとしても私を死なせることはしなかったでしょう。
だって、リリアナ様の理想の結婚式には私が必要なんですから。
そして実現しなかった架空の未来に罪悪感を抱いても仕方ないですからね!
お二人は早速ハリル様の救出作戦について実行に移したいとのことで、私は一旦帰宅することにいたしました。と言うか、店をマリーンに任せて来てしまったので早く戻らなくてはなりません。
途中まで送ってくださるというので、お言葉に甘えてお二人と共に城内を歩きます。
通りすがる若いご令嬢がぎょっとした表情でこちらを凝視するのは、アーベル様と並んで歩く女が平民の服装だからでしょうか? それとも、結局婚約には至らなかった無様なヴィヴィアンヌと気づいていたからでしょうか?
どちらでもいいけれど。
「あーっ! ヴィー! ヴィヴィアンヌさまっ!」
西塔から本塔へと移動する途中で、渡り廊下全体に響き渡るような大声が。と同時に、パタパタと軽い足音が近づいて来ます。
「あら、マチルダ様。こんにち――」
「嘘つき嘘つき嘘つきぃーっ!」
駆け寄っていらしたマチルダ様が、私の目の前まで来ると一際大きな声で力いっぱいに叫びました。
一体なんの話をしていらっしゃるのかわからずに、アーベル様やラシャード様と一緒になって目が点です。顔を見合わせて何かご存じではないかとお互いに目配せをしましたが、誰も心当たりはありません。
「彼を、誘惑しないって約束してくれたじゃないですかーっ!」
「……へ?」
マチルダ様の訴えに、三人それぞれ驚愕のあまり声を失ってしまいました。




