第30話 従兄弟喧嘩
「ほら、いつまでもそんなとこ座ってると風邪ひく」
脇に手を入れたアーベル様がふわっと私を持ち上げました。見た目はそこまでガッシリした体型でもないのに、一体どこにこんなに力があるのでしょう。
馬へ歩み寄るアーベル様について行こうとして痛みが走り、足をくじいていることを思い出しました。
片足をかばいつつゆっくり歩く私の両脇を数頭の馬が通り過ぎ、倒れているハリル様のそばで止まります。
「規律に反した騎士団員は全員捕縛、王都への移送準備が完了しております」
馬から降りてアーベル様に敬礼をしつつ報告をあげたのは、近衛の制服を着たブロンドヘアの男性でした。
アーベル様は頷いて、ハリル様を拘束するよう命じます。
「ヴィヴィ、屋敷へ戻ろう」
「はい。……あ」
振り返ったアーベル様に釣られるようにして、こちらへ視線を投げたブロンドヘアの男性と目が合いました。誰かと思えばディグズロー様です。
ひらひらと手を振りながら笑うディグズロー様を見て、やっと誘拐事件が解決したのだと実感できました。
手を振り返す元気はありませんが、うっすら笑って会釈をします。
「詳しいことはあとで説明するが、お前が閉じ込められていたという小屋の周りを掃除して見張ってたのも、ハリルと共に来た輩を掃除したのもディグだ。落ち着いたら礼を言うといい」
慣れた手つきで私を馬へ乗せながら、アーベル様が小声で囁きました。
どおりで、小屋の中であれだけ暴れても誰も来なかったわけです。私がウルサラ様に成り代わったとき、「必ずお守りする」と言ってくださいましたからね。約束を守ってくれたんですね。
部下と思しき近衛の方に指示を出しながら馬へ乗るディグズロー様へ心で感謝して、後ろに乗り込んだアーベル様に背中を預けます。
あったかくて、触れた部分を中心に安堵が広がっていくようです。
◇ ◇ ◇
農園の屋敷に戻るとすぐに、拾ってきた野良犬を洗うみたいに浴室でメイドにガシガシと全身を洗われました。
楽なドレスを着させてもらって簡単に身だしなみを整えていただくと、お部屋にアーベル様とラシャード様、それに侍医を名乗る男性がやって来ました。
「何がどうしたらこれだけ傷を作れるんだ。ハリネズミの群れに飛び込むほうがまだマシだぞ」
くじいた足や折れた指のほか、腕や足にできた擦り傷の治療をする侍医を見ながら、アーベル様が特大の溜め息を吐きます。
傷の数でも質でもアーベル様のほうがずっと勝っているというのに、これくらいで文句を言わないでいただきたいものです。とは言えませんけど。
「私がハリネズミの群れに飛び込んだというなら、あなた方は城の長階段から落ちたみたいじゃないですか」
森の中では光の加減でわかりませんでしたが、アーベル様もラシャード様も頬や目元が腫れあがっています。まるで殴り合いでもしたみたい。騎士なのに。
が、ふたりとも私の問いには答えてくれないようです。ラシャード様がアーベル様へ深く頭を下げました。
「おとなしく待てるヒトじゃないことくらい考えればわかるのに、すぐに助け出すよう指示しなかった僕の判断ミスです」
「いえ。ラシャード様は悪くありません。すぐに助けては意味がなかったのでしょう?」
屋敷に戻るまでの間に、馬の上で簡単に私が捕まっている間のことを聞かせていただきました。
ラシャード様の采配で、信頼のおける少数精鋭のチームが犯人側グループに騙されたフリをしながら、私と私のいた控室を監視していたそうです。
隠し通路については、最初にハモンド農園へ警備のチェックへ来た際にトルーノ様へ確認済だったのだとか。だから隠し通路を用いた誘拐になることも予想の範囲内で、出口で待機していたディグズロー様たちが実行犯を尾行。
小屋へ私が放り込まれたあとも、実行部隊からの誘拐の成功の報を持って、犯人が帝国へ連絡をするなどの証拠を抑えるまでは油断させておく必要があります。
とはいえ王女ではないとバレたときには私の命が危なくなるため、いつでも助け出せるように監視要員を制圧しつつ待機。
その後すぐにギレーム様が通信機で帝国の要人と連絡をつけたため、現行犯で検挙したそうです。実行部隊の証言もあるほか、キャラック邸の捜索指示も出したため証拠には困らないだろうとのこと。
但し、ハリル様の姿はその時すでになかったと言います。
例の小屋にハリル様が現れたのをディグズロー様がラシャード様へと報告し、確認と指示を待っていたため今のような事態になったそう。
「小屋でお前がどう動こうがラシャードの責任ではないが、そもそも替え玉をすると決めたことについての責任は追及しないとな」
「それも私がやると言い張ったので……」
「お前がラシャードを庇えば庇うほど、ラシャードの罰は重くなる」
「どうして」
治療を終えた侍医がぴょこんと禿頭を下げてから部屋を出て行くと、アーベル様が私の隣へ座り直しました。
ラシャード様をちらりと見てから、私の包帯の巻かれた左手をとって唇を寄せ、意味ありげに笑います。
「嫉妬だと言ったらどうする?」
「なんて?」
いま、嫉妬とおっしゃいましたか?
聞き間違いかと思って様子を窺ってみましたが、にこにこ笑っていらっしゃるのでやっぱり聞き間違いなのでしょう。
握られた左手を彼の手から引き抜こうとしたら強く握られてしまいました。怪我をしているところには触れないでくださるので、痛くはないのですが。
「ヴィーっ!」
今までに感じたことのない妙な空気に戸惑っていると、ノックもせずに叫びながら突然部屋に入って来た方がいらっしゃいました。私とアーベル様が顔をあげ、ラシャード様が腰の剣に手をかけます。
侵入者は飛び込んできた勢いのまま私のそばまで走って来られました。
「まぁ、キュリオ様」
「戻って来たと聞いた! 大丈夫かっ?」
「ええ、おかげさまで」
上から下まで私を観察し、片方の眉を上げながら左手をアーベル様の手から引き抜きました。
ラシャード様はすでに元の態勢に戻っていらっしゃいます。
「コベット公爵家の公子であられるキュリオくんが、どうしてここにいるのかな? まだ披露宴の最中だろう」
アーベル様はニコニコと従兄弟であるキュリオ様に声を掛けていらっしゃいますが、どう見ても目が笑っていません。
対するキュリオ様は私の左手を撫でながらプイとそっぽを向きました。
「ヴィーが戻ったと聞いて中座して来た。アーベルは騎士団長のくせに女性ひとり守れないんだな」
「王子殿下です、キュリオ様」
ラシャード様が不敬な物言いを注意しますが、キュリオ様はフンと鼻息を荒くするばかり。このふたりが仲悪いなんて初耳なんですが。
「まだ守られる側の人間がよく言う。与えられるだけの人間ほどうるさいというのは本当だな。それから早く手を離せ」
「アーベル様、キュリオ様はまだお小さいんですからそんな言い方……」
「ヴィー! オレは子どもじゃない!」
なぜか怒りの矛先がこちらを向いてしまいました!
アーベル様はお腹を抱えて大笑いしているし、なんなんでしょう。喧嘩するなら私を巻き込まないで欲しいというものです。




