第27話 独断専行②
寒いし痛いしで目が覚めました。小さな物置小屋のように見えますが、キッチンらしきものがあるので過去には人が住んでいた可能性も。
クッションを枕代わりにして寝ていたものの、床の上ですし後ろ手に縛られているしで体中が痛いです。伸びをしたくてもできない不快感がひどい。
足も結ばれてはいますが、ジャンプをすれば短い距離だけ移動できそうです。
ドアに鍵がかかっていないということはないでしょうから、あれを破壊できれば逃走は可能。ただし、音を立てない、見張りに見つからない、逃亡したことに長時間気づかれない、など条件が厳しいですね。
なかなか現実的ではないなぁ。
せめて縄をどうにかできれば、可能性は大きく広がるのですけどね。
キッチンがあるなら、何かの間違いで刃物もあるかもしれませんし、小屋の中を調べてみましょう。
小屋の隅へ這っていき、壁を利用してどうにか立ち上がります。
一先ず目に付くものは、椅子、空っぽの背の高い本棚とその手前に気持ちばかりの背の低い踏み台。開かないように釘が打たれた窓が一つありますがカーテンはなし。外がそこそこ明るいので、ランプなしでも視界には困りません。
ただ、空はほとんど見えませんね。窓から見える景色は木々の緑ばかり。森の中でしょうか。
はい。度々転んだりトゲが刺さったりして半泣きで調査した結果、最初に見たもの以上の収穫はありませんでした! 調べ損!
ちょっとやそっと音を立てても、誰も様子を見に来る様子がなかったのは幸いでした。近くに見張りはいないということになりますものね。
だからといって逃走できるというわけではないんですが……。
では逃亡計画を実行に移しましょうか!
私の考えた最強の逃亡計画はこうです。まず、窓の傍に踏み台を設置します。ジャンプして踏み台、椅子の順に乗ります。恐らくこれがいちばん難易度高いし危険。
クッションを窓にあててお尻でゆっくり圧迫し、できるだけ音を立てないように割ります。窓に残ったガラスで手の縄を切り、足の縄もどうにかして逃走です! 完璧ですね!
「完璧だって言ったのはどこの誰かしら。全然、全然椅子に乗れないんですけど!」
最初の関門から突破できないとは思いませんでした。
踏み台まではいいんです。そこから椅子へ飛び移ろうとしたら、ドレスが邪魔をして椅子を倒してしまうんですよね。
運よく飛び乗れたと思ったら、壁に立てかけていたはずのクッションが倒れて手に取れなかったり。頑張って手を伸ばしたら背中から落ちるし、もう散々なんですけど。
そもそも、これだけドタバタしても誰も来ないんですから、クッションとか使わずに普通に窓を割っても良い気がしてきました。
ちょっと辛いですが腕を上げれば縛られた部分も窓に届きそうですし。届かなかったらやっぱり椅子に乗る必要があるんですけど。
しゃがんで踏み台を手に取ります。
背伸びをしつつ、できるだけ振りかぶって踏み台を窓にぶつけるのが今回の作戦です。
「痛っ!」
あまりの痛みに思わず手に持ったものを取り落としかけました。しばらく必死に暴れていたので気づかなかったのですが、もしかしたら椅子から転げ落ちたときに、骨をどうにかしてしまったかもしれません。
ううう。だからといって、諦めるわけにもいきませんからね。
やりましょう! その代わり一度の試行で確実に!
逃げ出した暁には、ぜったい特別手当!
「せぇ……のっ!」
ちゃんと窓にヒットした踏み台は、思った以上に大きな音でガラスを砕きました。バラバラと足下に細かな破片が落ちて行きます。
窓枠には大きめのガラス片が残っているので、これを使って縄を切ってみましょう。
第二関門ですね、誤って手を切ってしまわないようにしないと。
首をぐりっと後ろに向けて、どうにかこうにか視界を確保しつつ手を縛る縄を切る作業に没頭します。手が届くなら最初から椅子に乗る必要なかったのに。
作業が終わったら、寝違えたみたいに首が痛くなってるんでしょうね。それ以上に肩が死んでしまいそうだけど。
作業の途中で、小屋の外がうるさくなってきたことに気づきました。さすがに窓を乱暴に割るのは悪手だったかもしれません。すごい音でしたものね。
ですが、縄に切れ目が入ってきた気がするのも確か。急いで縄を切って逃げ出さなくては。
男たちの声が少しずつ近づいてきます。早くしないと。早く、早く。
そこへ、扉のノブをガチャガチャと回す音。その後すぐ叩き壊すような乱暴な音がして、手と背中に嫌な汗が浮かびました。
外の錠前を壊しているのでしょうか? だとしたら味方? 状況がわかりません。でも敵だった場合に備えて急がないと。
力任せにこじ開けられそうな扉を睨みつけながら、必死の思いで縄をガラス片にこすりつけます。
ついに、扉が開きました。
その勢いのまま乗り込んできた男に、蒸気銃を向けます。
間に合いました。
足の縄はまだ解けていませんが、手の戒めは解くことができました。とはいえ、敵が多数だったらもうお手上げなんですが……。
「わぁ。私です、落ち着いてください。ヴィヴィアンヌ嬢」
「へ? あれ? ハリル様? どうしてここに?」
そこに立っていたのは、緩いウェーブの茶色い髪に琥珀色の瞳をパチパチと瞬かせる男、ハリル様でした。敵意はないとの意思表示のためか、両手を上げて眉を下げていらっしゃいます。
「一部の騎士が貴女がいないと小声で話しているのを聞いて、居ても立っても居られず探し回ったのです。ああ、見つけられてよかった」
一歩一歩、私を落ち着かせるようにゆっくり近づいていらっしゃいました。手は上げたまま、口元に微笑みを湛えて。
私は安堵したものの、体が凍ったように固まっていて銃を向けた腕を降ろせずにいます。
「披露宴はどうなりましたか?」
「私は父に任せて会場には向かってませんが、貴女の不在が大きな騒ぎになっていないということは、予定通り披露宴の開催を優先させたのだろうと思います。……おや、安全装置上がったままですよ、レディ」
真正面に立ったハリル様が、私の構える銃をムズと握りました。びっくりして私の指にも力が入ってしまいましたが、引き金はぴくりとも動きません。
ああ、これが敵の前だったらと思うと震えますね。いやむしろ指に力が入ってしまったことに驚いて心臓がバクバク言っています。安全装置があって良かった、ハリル様を死なせてしまうところでした……。
ハリル様に指を一本一本剥がされるようにして銃を奪われました。が。
「痛っ」
「おっと。怪我をしたのですか? 手が腫れて……ああもう! なんてお転婆なんでしょう」
手の怪我に気づいたハリル様が、私をその胸に掻き抱くようにして抱き締めました。大きな手のひらが私の髪を撫で、そしてカツラを取ってしまいました。
「あまり心配させないでください。貴女の髪は銀色がやはりよく似合う」
「ハリル様こそお怪我などありませんか? というか、この小屋の周りには誰もいませんでした?」
「――ええ。静かなものでしたよ。ですがガラスの割れる音には驚きました。寿命が縮むかと」
屈んだハリル様が私の足の縄を解いてくださいました。自由に歩けるのが嬉しくて大きく一歩を踏み出します。
「ご心配おかけしてすみません。来てくださって良かった。なんと感謝を申し上げたらいいか――」
そう言いながら、頭の片隅で何か引っ掛かりを覚えます。
何か大事なことを忘れているような気がするのです。眠らされる前に、何か考えていたような。言い知れぬ嫌な違和感がチリチリと胃を締め付けました。




