第25話 緊急事態②
この場の決定権を持つアーベル様の側近を懐柔すべく、言葉を重ねていきます。
「ウルサラ様に付き従っている近衛は、到着後に後からくる隊と交代すると聞きました。恐らく、敵の手の者がいるとすればそちらでしょう。つまりご到着後すぐに別のお部屋にご案内すれば、犯人には気づかれません」
「それではお前が危険になる」
「王女殿下が誘拐される危険性とは比較になりません。そうですよね、ラシャード様?」
「……仮に今日を守り切っても、王女殿下がデロアの城門をくぐるまで気が抜けません。ですが、誘拐が成功したと思わせて油断させれば黒幕へ繋ぎをつけるなど決定的な証拠を見せる可能性も」
聞く耳を持たない様子だったアーベル様がついに、大きく溜め息を吐きラシャード様を睨みつけました。裏切られたとでも言いたげなお顔です。
きっと殿下は、ラシャード様も自分と同じ意見だと信じていたのでしょう。
ところで黒幕とはなんでしょうか。お伺いして教えていただけるかはわかりませんが、ちょっと確認を。
「あの、黒幕って」
「ずいぶん前から犯人の目星はついていた。だが常に用意周到な奴らでな」
「いやー、いつも一歩先を行かれましてね。尻尾を掴ませないのですよ。ただ、黒幕がいることだけは確か。犯人は裏に黒幕がいないと動くはずがない人物ですから」
お二人の苦笑いに、いつだったかアーベル様が「仕事が空振り」とおっしゃっていたのを思い出します。尻尾を掴まえたくてもできなかった、という意味だったのですね。
「動くはずがないというのは、気弱な方なのでしょうか、それともそれなりに恵まれた環境にいらっしゃるということですか?」
「後者だ」
「今の地位や名誉よりも多くを望むなら、それこそ国家の転覆を狙うしかないというほどのね」
「そして黒幕は国家の転覆を手伝うことができる存在、この国が滅びて得をする存在というわけだ」
いやいやいやいや。事態が私の想像してたよりもずっとずっと大きくてびっくりしました。
なるほど、そりゃそうですよね。王子様とその側近が頭を抱える相手なんですから、そりゃあ国家規模の犯罪ですよ。そりゃあ三度も私の命を狙いますよ。
ウルサラ様の無事に国家の存続がかかっているのだと、わかっていたつもりでその深刻さを本当には理解していませんでした。
今までの私は、新聞に目を通してわかった顔で政治を語る飲み屋のおじさんと変わりません。でも仕方ないでしょう、私はただのブライダルプランナーなんですから。
「黒幕は帝国、ということですよね」
「そうだな。他国を属州化させるのに、内部から侵食するのは王道のひとつだ。帝国はいま自国の平定で手一杯だろうが、だからこそこちら側のスパイは急ぎたいんだろう」
「皇帝が挿げ替えられても、結果さえあれば対価を要求できますからね。ヴィヴィアンヌ嬢は理解が早くて助かります」
逆に言えば、何の結果も出ないまま帝国の皇帝が変われば、犯人はトカゲが尻尾を切るように捨て去られる可能性があるということです。
アーベル様から目を付けられている以上、犯人はなんとしても帝国の庇護を受けねばならない。だから焦っているし、死に物狂いでなんでもやるというわけですね。
正直言ってすごく怖いです。
もしも何も知らないままでいられたらそれはそれで幸せだっただろうとも思います。
でも、国のために……いえ、ウルサラ様やアーベル様、それにラシャード様のために動ける今のほうが、幸せだと断言できます。
「つまり、おまえの出る幕はないってことだ」
「違います。私の出番ということです。ラシャード様のおっしゃる通り、今度こそ成功したと油断させれば焦っている犯人は黒幕と急ぎ連絡をとるでしょう。それは大事な証拠です」
「お前がやらなくてもいい」
「他にいないでしょう、事情を知っていて、王女と年齢も背格好も似ていて、『やる』と言える人間は。殿下が女装でもなさいますか?」
私の言葉にラシャード様が吹き出しました。
きっとアーベル様の女装姿を想像なさったんでしょうね。お顔だけは綺麗ですから、意外とイケるんじゃないかと思うんですが、体格がいいですからね……。
難色を示すアーベル様をなだめるように、ラシャード様が両手を下に向けて上下させました。
「まぁまぁ。今までもウルサラ様のお命が狙われたことはなかったし、王女殿下には利用価値があると考えてるんでしょう。だからバレない限りは殺される可能性は低いと考えていい。
だったらさっさと犯人を捕まえることが肝要では? ヴィヴィアンヌ嬢には、護身用に蒸気銃を持たせましょう。信号弾も一緒にね」
「バレるに決まってるだろう。俺は反対だ。許可しない。わかったら話は終わりだ」
立ち上がったアーベル様が、こちらを見ることなく部屋を出て行ってしまいました。
思わず取り残された者同士で顔を見合わせます。
「頑なですね」
「まぁ、貴女ばかり危険なのは確かですから、仕方ありません」
ラシャード様の表情も複雑そうです。
残念そうな、でも安心したような。きっと、私も同じ顔をしていたことでしょう。実は、手の汗が結構すごいんです。
が、ここで引き下がったら女がすたるというもの!
「うーん、でも、ウルサラ様の控室に不備があったら、お部屋を変えざるを得ないですよね?」
「え」
「確か、お風呂の調子が良くなくなるはずなんです。お部屋を変えていただきましょう。それで私はたまたま、栗色のカツラを被った状態でその部屋で休憩してただけで」
「カツラなんか持ってるんですか?」
「ヴィーとヴィヴィアンヌとで使い分けが必要なので、ヴィーはいろんな髪色でお客様にお会いしてるんです。そしたら、銀色もカラーバリエーションのひとつだと思われるでしょう? 似たような色のカツラが荷物の中にあると思います」
一瞬だけきょとんとした表情でこちらを見つめたラシャード様でしたが、すぐにお腹を抱えて笑いだしました。
今さらですが、ラシャード様って笑い上戸ですよね。
頭も顔もいいし人当たりもいい。地位も名誉も資産もコミュニケーション能力もあって、浮いた話と特定のお相手がない。
この方は将来、どんな方と結婚式を挙げるのでしょう。この手でそれをプロデュースできたら嬉しいなぁと思います。
「では、殿下の控室に不備があるかどうか確認しに行きましょうか」
目の前に伸びた手を取ります。
これは、共犯の証。この手をとったらもう後戻りはできません。
「はい。殿下がいらっしゃる前に。……あ、成功報酬はラシャード様がくださいね。アーベル様絶対くれないと思うので」
「僕の妻ってのはどうです? 僕が用意できる中で最も高い報酬ですが」
ラシャード様の手にぐっと力が入りました。わぁ、払う気ないやつですかねーこれー。




