第22話 花に集う①
披露宴まであと一週間となりました。拍子抜けするほど何もないまま時が過ぎていきます。
少し前にアーベル様とラシャード様が公爵邸に引き籠って協議していた件も、杞憂に過ぎなかったのでしょうか。だけどお二人は今もまだ、いつもピリピリなさっています。
「やぁ打ち合わせもスムーズに終わって良かったですね!」
「ええ、お手紙で細かにご連絡や報告を差し上げていたのが良かったようです」
本番目前となって、私とラシャード様はハモンド農園を訪れています。
トルーノ様と最後のお打ち合わせだったのです。たいした金額は請求されないだろうと思っていたのですが、なんと、使用料はタダ!
そんなことがあっていいのでしょうか、いえ、いいのです!
というのも、叔父としてウルサラ様に何かして差し上げたいとの理由からだとか。ですので、そうですね、私もご請求額はほんの少し割り引いておくことにしましょう。
「なんだかニコニコしていますね。良いことでもあったみたいだ」
「ふふ。ありました。でも内緒です」
打ち合わせを終えて屋敷の外に出ると、ラシャード様がいたずらっ子のような笑顔で問いかけます。
けれど、農園が無料だっただなんて言えるわけがありません。これからぼったくってやろうと思っているので!
「それじゃ、現地へ向かいましょうか」
「はい。楽しみです」
本日、ハモンド農園を訪れた目的はふたつ。
ひとつはトルーノ様と請求まわりのお打ち合わせをすること。そしてもうひとつが、いままさに見頃を迎えようとしているダリア畑を確認することです。
「今日は馬車で行きましょう。僕は馬で随行します」
「ありがとうございます」
トルーノ様がヴィーの正体を知っていることもあって、今日はヴィヴィアンヌの姿で来ています。
ないとは思いますが、もし私とラシャード様が一頭の馬にくっついて乗る姿を関係者に見られでもしたら、あらぬ噂を呼んでしまいますからね。
「ああ、本当に綺麗」
思わず言葉にしてしまうほど美しい光景でした。
トルーノ様がお約束通り敷いてくださった芝生から周囲を眺めれば、西側一面をダリアが、東側一面をサルビアが、言葉通り見渡す限り広がっているのです。
「これは……すごいな」
「今年のダリアは高騰しますよ。どなたかにダリアの花束を贈りたいと思うなら、今週中にプレゼントするのをお勧めしますわ」
「そんな相手はいませんが、でもどうして?」
ラシャード様が優しく微笑みます。
公爵家を継ぐわけではないとはいえ、子爵で王子の側近で騎士で、しかもイケメンのラシャード様に特定のお相手がいないとは。社会的損失は計り知れませんね。
「これから来週にかけて、このダリアは見頃を迎えます。つまり、本来ならもう摘み終えていなくちゃいけないんです。ダリアの王都への出荷はハモンド農園が最も多いのに」
「ああ、なるほど。その上、王女殿下の披露宴にダリアが用いられたと知れば、さらに需要は高まりますね」
なのに本当にタダで良かったんでしょうか?
うーん、まあいいか。トルーノ様がいいとおっしゃるんですから、甘えておきましょう。
「はい。王女殿下の……いえ、王族に対する国民からの信頼と愛情はとても強いですものね。このご結婚は国内の全ての民の幸せです」
ウルサラ様のご婚約が発表されたのは三年ほど前だったでしょうか。
武力による侵略を始めた帝国の手が、いつこちらに伸びてくるかと不安だった当時の国民にとって、この明るいニュースがどれだけ笑顔をもたらしてくれたことか。
まさか、その披露宴をこの手でプロデュースすることができるなんて。生涯の誇りになるに違いありません。
……もちろん、払うものは払ってもらいますけど。
あらやだ、口元がどうしても緩んでしまいますね。でも本当に、嬉しくて。
気を抜けば緩みっぱなしになる口元に力を入れながら、広い芝生の空きスペースをどのように飾りつけるか思い描きます。
客数から算出したテーブルの数や配置が問題ないか考えたり。風向きから楽隊の位置を検討したり。
脳内で空想のテーブルを置く作業をしながら歩き回っていると、近くでクスクスと笑う声が聞こえました。ラシャード様を見上げ、何事かと首を傾げます。
「お仕事、好きなんですね」
「はい! 今日はいい天気だし、こんなに素敵な場所ですから余計に楽しくて。アーベル様も一緒にいらっしゃれたらよかったのに」
「え?」
「だってそうでしょう? 殿下もラシャード様も、ここのところずっと眉間に皺が寄ってました。もしいらしてたら良い気分転換になったと思います」
両腕を広げて、胸いっぱいに空気を吸い込みました。
お城に戻ったらアーベル様にこの美しさとか、風の心地良さ、それにハーブみたいな爽やかな香りをお伝えしたくて。
興味なさそうなお顔で、でも最後まで聞いたら少しだけ笑ってくださるはずです。ああ見えて優しい人だから。
「貴女って人は。……おっしゃる通り、僕も気分が良くなったので、ひとつ内緒の世間話をします。お聞きいただけますか?」
気のせいかと思うくらい微かに、ラシャード様の声色が変わりました。
歩き回るのをやめ、振り返って頷きます。目の前には、世間話をするにはちょっと真剣で寂しそうな顔が。
「帝国の情勢についてはご存じですか?」
「前皇帝の弟さんが帝位の簒奪を狙って内乱に発展していると新聞に」
「はい。現在の皇帝はまだ七歳です。実質的な権力は母方の祖父である国務大臣が握っている。前皇帝、および皇太子は事故ではなく暗殺だとの噂があります」
世間話ってレベルの話じゃないですね、これ?
以前の私なら「お隣の国も大変ね」って鼻をほじって聞き流すようなことなのに、今はどうしてかしっかり聞かないといけないような気がしています。
「先の皇帝が亡くなったのは五年前でしたっけ」
「その前には、現皇帝の父である第二皇子も視察先で火事に巻き込まれ亡くなっています。亡くなった皇太子に子はなく、幼い皇帝が誕生した」
なんとなく、何がおっしゃりたいのかわかって来ました。
これはアーベル様の不安の種なのでしょう。帝国と、現在のエスパルキア王国は似た状況にあるのです。
王太子夫妻にはまだお子様はいらっしゃいませんから。
「賢帝と名高い前皇帝の死後、帝国は武力による属州圧政と領土の拡大を始めました。我が国でも最近まで国境で激しい戦闘が繰り広げられましたね」
「ウルサラ様の婚約のおかげで、隣国デロアの力添えをいただけたのですよね」
「はい。我が国が陥落すれば次はデロアですしね。……アーベル様は、自分の結婚は国家権力を狙う者を刺激すると考えていらっしゃいます」
「そんな……」
そんなのってないです。アーベル様が今までに語ってくれたいろんなお話や、そのときの表情が思い出されました。
近しい人たちを信頼し、国と民を愛する優しい方なんです。大切なものを守るために人一倍努力して、戦闘のいちばん前に立って、そのうえ家族を持つことさえ我慢するなんて。
気が付けば、目からぼろぼろと涙が溢れてしまいました。
怖い怖いと恐れられながらも国民に尽くす彼が、国のために個人的な幸せを諦めるのが悲しくて、切なくて、悔しくて。
たくさんの傷を負いながらひとりでずっと戦って。妹の披露宴のために下手な芝居に付き合って。なのに、どうして自分の幸せだけ!




