第19話 王子様の誕生日①
私がお城へやって来てから今日まで、すでに四ヶ月以上が経過しているのですが、まぁ平和なものでした。
ウルサラ様の披露宴に向けたお打ち合わせも順調ですし、レディズコンパニオンとして王女殿下とともに社交の場に出ても……特に問題なく……。
睨みつけられたり、陰口を叩かれるのを問題にしなければ、ええ、何も問題なく。
護衛も兼ねてラシャード様が常にお側にいてくださったので、わかりやすい嫌がらせをされることもなかったですしね。
そんなこんなで暑い夏が通り過ぎてすぐ、アーベル様のお誕生日がやってきました。
この二ヶ月くらいは、城内もその準備に追われて忙しそうでしたね。王女殿下の婚姻の儀が近いこともあって、アーベル様のお誕生日はコンパクトにお祝いすると聞いていたのですが。
「王族の『コンパクト』は信用しちゃダメですね」
「まぁ、招待客の数が桁違いですからねぇ」
きらきらと煌びやかに飾り付けられた会場内で、やはり艶やかな衣装に身を包んだ貴族たちが思い思いに過ごしています。
社交の場へは、ほとんどの場合ラシャード様が私のエスコートを勤めてくださいました。
ウルサラ様のエスコートをアーベル様がせざるを得ない関係で、私が彼の「特定の誰か」の役割を担っていても、そこだけはどうしようもないのですよね。
私が本当の婚約者だったならまた違ったかもしれませんが。
それでもいつもは四人で一緒に会場へ入っていたのですが、今日はアーベル様が主役ですので別行動です。
「さすがに今日はご挨拶から逃げられないみたいですね」
「主役ですからね」
遠くにちらりとアーベル様のお姿が見えましたが、たくさんの人に囲まれているようです。
いや、目が合いました。
「なんかこっちに来るように見えます」
「来ますね、間違いなく」
笑いながら、ラシャード様が一歩離れました。と同時に本日の主役が到着します。一歩がでかい。
着飾った殿下のお姿を見るのはもう慣れたと思っていましたが、主役としてとびっきり素敵な衣装をまとうと、やっぱりとびっきりかっこいいですね。
「ご挨拶はいいのですか」
「新たにやって来た招待客に挨拶に来たんだから、ホストの鑑だろう」
確かに、おっしゃる通りです。そういえば私も招待客のひとりでしたね。目からウロコが飛び出たような思いで、三人でお喋りに興じます。
なんだかこうしているといつもと変わらないように思えるのですが……。
「お兄様っ!」
ラシャード様に抱き着くようにして現れたのは、可愛らしい女の子でした。年齢は十五、六といったところでしょうか。デビューして間もないように見えます。
「マチルダも来てくれたか」
「はい。お誕生日おめでとうございます、王子殿下! ああん、お会いしたかったです、とっても!」
マチルダというお名前でラシャード様を「お兄様」と呼ぶ方、ですか。脳内に叩き込んでいる貴族名鑑をパラパラとめくっていきます。
マチルダ・エナンデルさん、ですね。
エナンデル公爵家の長女で末っ子。確かにラシャード様によく似た金髪と、オリエンタルな褐色肌をしています。栗色の大きな目がくるっとこちらを向きました。
「もしかして噂のヴィヴィアンヌ様?」
「お初にお目にかかります。ダルモア伯ヘクトールの娘ヴィヴィアンヌでございます」
「あたしはマチルダ。よろしくね! ……ねぇアーベル様ぁ、あっちのデザート食べに行きませんか?」
おお! すごく華麗に流されたような気がいたします!
この子は大物になる予感。お若いのに上目遣いも甘ったるい喋り方も完全にマスターしておられます。さり気ないボディタッチに至っては、淑女教育の教科書に載せたいくらいですね。
しかし年は少し離れているとはいえ、公爵家の娘さんですしアーベル様のお相手としてふさわしいのは私ではなくマチルダ様なんですよね。
アーベル様にとってもこの女性は特別なようで、私を含めた他の女性には見せない笑顔で接していらっしゃいます。
なんだ、ちゃんと大切な女性いるんじゃないですか。と、ほんのちょっとだけ裏切られた気分です。ちょっとだけね。ロリコ――いえ、若い女性はいいですよね、ええ。
「こら、マチルダ!」
「引っ張るな」
ラシャード様もアーベル様も、マチルダ様に手を引かれて私に背を向けました。
反射的に今がチャンスだと思って、私もその場から離れます。会場にいてもモヤモヤするだけのような気がして。
ええそうです。「特定の誰か」の「役」であるとわかってるつもりで、だけどやっぱり心のどこかで、彼にとっての特別なんじゃないかと思いこんでいたのかもしれません。
だから、頭を冷やす必要がありそうです。
◇ ◇ ◇
お城の薔薇園は、秋になって数こそ少ないですが存在感のある薔薇がプクプクと咲いています。
冷たい夜風に当たると、イライラしていた気持ちが落ち着いて冷静になってきました。
「うーん、私が怒るのってもしかして当然なのでは?」
冷静になって考えてみて、あらためて怒りが湧いてきます。
だって、私は王子殿下に刺繍を差し上げたことになっているんです。結婚願望がないせいで気づきませんでしたが、これってつまり、男性からのアプローチを抑制するじゃないですか。
結婚願望がない者同士でカモフラージュ的に仲良くするのならいいのですが、他に想い人がいるなら私を利用しないでくれって思いません?
「やっぱ腹立つな」
「どうかなさいましたか」
薔薇のようにプクプクと頬を膨らませたとき、背後から男性の声がしました。
アーベル様ともラシャード様とも違う、軽やかで洒脱な印象のお声。振り返ると、ウェーブのかかった顎までの長さの明るい茶色の髪が飛び込んできました。
お声はもちろん、お父様譲りの天然ウェーブにも見覚えがあります。現宰相であるキャラック伯爵のご子息、ハリル様です。
お会いするのは私がお城から逃走した日以来でしょうか。
「いえ、特になにも」
「パーティーはまだ始まったばかりなのに、美しい女性がお一人で庭にいるなんて勿体ない。なにかあったのでは? 私は貴女の力になりたいのですが」
もしかしてグイグイ来るタイプですかね、この人!
ただハリル様は宰相のご子息で王妃陛下の甥御さんでもあります。私が適当にあしらっていい相手ではないのですよねぇ。
どうしましょう。
「ご心配いただきありがとうございます。でも本当に――」
「では、ほんの少しだけ私の話し相手になってください。ここで貴女を離したら生涯の悔いになるでしょう」
きっっっざ!
うわ、キザ! 今まであまり交流のなかったタイプの人材で、どのように対応するのが正解なのかちょっとわかりません。
「あら。ハリル様の心にはどれくらいの女性が『悔い』として残っているのでしょうか」
気取った空気は感じていましたが、予想以上にキザでした。
歯の浮くセリフは乙女の夢ではあるのですが、今はそんなに嬉しくありません。言ってほしいのはハリル様ではないというか……。




