第17話 黒の騎士団
「ヴィヴィアンヌぅぅうううっっ!」
気分転換にラシャード様と城内を歩き回っていると、暑苦しいくらいによく聞いた声が飛んできました。あの鳴き声はよく知っています。
こめかみを中指で抑えつつ振り返ります。
「お城ですよ、お兄様」
「だって! うわーヴィヴィアンヌ何年ぶりだろう、また一段と綺麗になって!」
ものすごいスピードで走り寄って私の手を掴んだのは、誰あろうルーファスお兄様です。私の周りのご令嬢からは「知的でクール」と評判のお兄様なのですが、本日の彼にそんな一面は微塵も感じられません。
「まだ二ヶ月しか経っていませんよ。西塔にいらっしゃるってことはもしかして」
「そう、先週から王太子殿下の補佐官室に異動だよ。出張がなくなったのはありがたいけど、毎日胃が痛くて痛くて。狂戦士に遭遇する確率も高く……いやそれよりヴィヴィアンヌは元気か?」
ふむ。アーベル様は約束を違えることなくお兄様を補佐官室へ推薦してくださったんですね。これは異例の大出世と言えます。
この分ならお父様が監査室の室長におさまるのも間違いなさそうですし、ダルモア伯爵家の地盤は揺るぎないものに。……つまり、より一層私の婚姻はどうでもよくなるってことですね!
「とっても元気ですわ! あと、狂戦士はお兄様が思うほど怖い方ではないと思います」
「いやいやいやいや、最近だって騎士団から一人とメイドから一人、死人が――いやこれ部外秘だったわ。まぁいいや。休暇がとれたら家に帰っておいで。みんな楽しみにしてるから」
「え、ちょっとその話詳しく」
詳しい話は教えてくれないまま、別れを惜しむように何度も振り返りながら去って行く兄に、やっぱり知的でクールなものは微塵も感じられません。
溜め息を吐いた私に、ラシャード様が苦笑して仰います。
「ヴィヴィアンヌ様がご結婚されるときには大変なことになりそうですね」
「結婚するんでしょうか、私?」
「どうでしょうね。僕は貴女のウェディングドレスも見てみたいけど」
「ところでほんとに人が死ん――」
「そうだ。アーベル様は今、演武場で黒の騎士団の稽古をつけていますよ。見に行ってみますか?」
「ん。そうですね、たまにはこちらから襲撃するのも楽しそう」
やっぱり部外秘については教えてくれないようです。とはいえアーベル様が噂に聞くような、その場で首を落とす人物には決して思えないのですよね。
この目で確かめるまでは、噂は噂ということにしておきましょうか。
私たちは通りかかったメイドに行き先を告げて、演武場へ向かうことにしました。
季節は初夏。
日差しは爽やかで庭の緑も鮮やかです。
そんな中、東塔のお庭を抜けた先には騎士団直轄の演武場と稽古場が並んで広がっています。造りはどちらもほとんど同じですが、演武場には観客席が設けられているのが特徴でしょうか。
「黒の騎士団って、騎士団の中でもエリートなんでしたっけ」
「そうです。アーベル殿下直属の部隊で、どんな武器もある程度使いこなしますが特に近接戦闘に力を発揮する集団です」
蒸気機関の発展によって起こった技術革命は、武器の分野も大きく変容させました。あらゆる大きさと威力を持った銃器は戦い方そのものも変えたと聞きます。
今後は銃器の扱いに秀でることが大切になると言ったのはアーベル様です。それでも最後の局面で物を言うのは剣技だと付け加えていらしたのが印象的でした。
演武場が近づくにつれ、騎士たちの発する声や金属のぶつかる音、それに歓声も聞こえてきました。
ラシャード様の案内に従い、観客席のほうへと歩を進めます。
「すでにたくさんの方がご覧になってますね」
「ええ。定期的に行う演武場での稽古は公開訓練なので、どなたでもご覧いただけます。まぁほとんどは騎士目当ての若い女性で埋まってしまうのですが」
なるほどと頷きます。騎士様って女性にとっては永遠の憧れですものね。
あの中に、意中の方の心を射抜く方はどれくらいいらっしゃるんでしょうか。ぜひ、ブライダルショップ・アンヌを使っていただきたいものです。
「パンフレット持って来ればよかった」
「ここではヴィー様であることは内緒ですよ」
「聞こえてましたか」
「はい。さあこちらへどうぞ」
ラシャード様はクスクス笑いながら私を特別席へお連れくださいました。ここには屋根があって、椅子が少し大きくてテーブルもあります。
王族や貴賓の用いる席なのでしょう。他の女性たちがこちらをチラチラしながらざわつきました。
「あの、ここじゃなくても」
「いいえ、人混みに紛れていてはお守りするのが難しくなります。それに殿下がお気づきにならなかったら意味がありませんから」
うーん、まぁアーベル様の「特定の誰か」の振りをすることを求められているのでしょうから、仕方ないのでしょうか。
でもここまであからさまに差をつけられてしまうと、本当に命の心配をしなくてはいけません。
レディズコンパニオンのお役目を終えたら、個人的にボディガードを雇わなくては……。もちろんその費用は殿下に請求しましょう、そうしましょう。
先ほど報せたせいか、メイドがここにもお茶を運んでくださいました。
レディズコンパニオンは王女殿下の友人として丁重に扱われる、とは聞いていましたが、元々は中堅伯爵家の末っ子ですから、この好待遇にドキドキしてしまうんですよねぇ。
「わぁ……。本当にお強いんですね。それに綺麗」
部下と思われる騎士たちと手合わせをするアーベル様が見えました。流れるような、そして恐らく最小限の動作で相手の攻撃を躱し、いなし、的確に急所に一撃を加える。
怖いとか恐ろしいとかではなく、ただただ美しいと思いました。
「腐っても黒の騎士団ですから一人一人は精鋭なんですけどね。殿下はバケモノですよ。三人……いや五人くらい同時にかかっても勝てるでしょうね」
「そういえばラシャード様はお稽古に参加しなくてもいいのですか?」
「僕は毎日、寝る前にあの狂戦士にいびられてますから」
「聞こえてるぞ、ラシャード」
「うわぁ地獄耳」
木剣を置いたアーベル様がこちらを見上げてニヤリと笑っていらっしゃいます。太陽が彼の汗をキラキラと輝かせて、ああもう、イケメンと汗の破壊力よ!
あれ。でもそれって、アーベル様は昼も夜も鍛錬なさってるということでしょうか?
「ヴィヴィ! 降りてくるといい。近くで見るともっと迫力があるぞ」
「……はい? ヴィヴィ?」
ラシャード様がまた肩を震わせて笑っています。
なんですか、ヴィヴィって。
女性たちの目がまた一層鋭くなるし。
「特別扱い、のおつもりなんでしょうね」
なるほど。愛称で呼んで特別扱いですか。
自分で呼んだくせにちょっと恥ずかしそうにしているアーベル様が可愛くて、私もそのお芝居に乗って差し上げることにします。
「お招きありがとうございます。いま参りますわ」
「アビー」
お腹を抱えて笑い転げていたラシャード様が、私の耳元で囁きました。それはきっと殿下の愛称であり、そのように呼び返してやれということでしょう。
さすがに私が殿下を愛称呼びするような度胸はありません!
少し睨むようにしてそれは無理だと伝え、席を立ちました。ラシャード様が階下の演武場へ案内してくださいます。
いつかそう呼べる日は来るんでしょうか……?




