第16話 王子様の意外な一面
私が城から逃亡したあの日、もちろんコッテリ絞られたのですが思っていたよりは好意的……というか情状酌量の余地がある、という感じで終わりました。
スケジュールが密であったこともそうですが、中でも私に他の仕事をまともに遂行できなくさせたのが良くなかった、とアーベル様から謝罪があったのにはびっくりです。
今後はお願いすればアンヌまで連れていってくださることになり、問題は解決。
と思ったのですけどねぇ。
一難去ってまた一難とはよく言ったものです。自由時間も増やしてくださったのですが、なぜか休憩のたびにアーベル様がいらっしゃいまして。
「どの本が取りたいんだ?」
「……その、『ゴム風船の玩具的活用に関する研究報告』を」
レディズコンパニオンとして王城で生活できる利点のひとつに、王国図書室が利用できることがあります。
これは常に新しい演出を考えるにあたって重要な情報源となるので、ちょこちょこ顔を出しているのですけども。
「ゴム風船?」
「ええ、もう大きな風船を蒸気球に使うばかりの時代ではないのです。小さくてカラフルな風船を演出に使ったら可愛いと思いませんか?」
きょろきょろと周囲を見渡してみれば、ラシャード様は少し離れたところで待機していらっしゃいますね。
アーベル様がいらっしゃるといつもこうです。
「風船より、小さいせいで高いところの本も取れない女性のほうが可愛いと思うが?」
「顔が近いです、殿下。大声出しますよ」
高いところにあった本を取っていただき、貸出登録に向かいます。図書室内で読めばいいかと思っていたのですが、恐らく私の顔は真っ赤になってるし今は本に集中できません。
なんだか最近いつもこうなのですよね。
ウルサラ様とお茶をしていれば乱入するし、気分転換にお散歩に出ればついてくるし。王子様というのはお暇なのでしょうか。
暇なだけならいいのですが、距離が近いというか。スキンシップが多いというか、過剰というか。
でも大体いつも疲れたお顔をされてるので、心配です。私のお相手するより休息をおとりになればいいのに。
「今日は一段と疲れてませんか?」
「昨夜も期待していた仕事が空振りに終わってな。だから気分転換に付き合え。小さい風船について意見はできないが、蒸気球の話ならできるぞ」
「そうでしたか。蒸気機関の飛空艇のお話なら聞きたいです。中で披露宴ができたら素敵では?」
残念ながらというかありがたいことにというか、アーベル様とお話するのは嫌ではないのですよね。
さすが最高の教育を受け、国内外いろいろなところに出かけていらっしゃるだけあって、博識でお喋りしていて楽しいのです。
通りすがる若いご令嬢の視線が痛いことにさえ目をつぶれば。
「……あら? そういえば私、アーベル様のお喋り相手になれって言われてましたっけ」
「だからこうして付き合ってもらっているんだろう」
「あー、……デスヨネー」
一難去ってまた一難だなんて天災みたいな言い方して申し訳なかったですね。そういえば最初に言われていたのでした。半ば脅しでしたけど。
結婚するつもりはないから、どこぞの貴族のご息女が婚約者として名乗りをあげないよう、「特定の誰か」として誤解させておきたい、のですよね。
それなら距離が近いことにも一応の納得はできます。私の心臓がもつかどうかはさておき。
いつもの場所と言っても過言ではない、薔薇園の四阿に腰を落ち着けます。
一体どこでどのように情報が統制されているのか、いつものようにタイミング良く現れたメイドによってお茶とお茶菓子が準備されました。
こうやってアーベル様とお喋りをするようになって、知ったことはたくさんあります。
飛空艇についての知識の他にもたくさん。
「ここは、いい国だと思う」
「殿下が騎士団を引っ張ってお守りくださるからですわ」
「水槽をいかに清潔にしても、水が綺麗でなければ魚は生きられない」
そんな風に言っていたのはいつだったでしょうか。確か、私が手遊びに刺繍をしているのをアーベル様が眺めながら呟いていらしたような。
環境が適切でなければならない。つまり政を担う国王陛下や王太子殿下への敬意に溢れた言葉は、誇らしげでもありました。
遠征に出れば必ずその土地で生きる人々の生活を見るのだと、そんな話をしたこともあります。
「土地が痩せていれば日々の暮らしも細いし、あるべき施設さえ設置されなくなる。国が手を入れないといけないところだ」
「よく見てらっしゃるんですね」
「俺は見たことを持ち帰るだけで、手を動かすのは他の人間だがな」
周囲の方々を信頼して任せ、自身については謙遜する。そんな姿は、巷に聞くアーベル様についての噂話からは遠く離れたものに見えます。
狂戦士だとか、怒らせたら物理的に首が飛ぶだとか。
ずいぶん好き勝手に言ったものですね。私は度々怒らせているにも関わらず、首は繋がったままだというのに。
けれど、思っていたよりもずっと愛情深くて理知的な方だと知れたのは良かったです。
「飛空艇で挙式などオススメしないがな。……聞いてるか?」
「あ、ええ、はい。どうしてですか?」
初めてお会いした日と比べたら、目元がずっと柔らかくなったような気がしてつい見つめてしまいました。
やっぱり最初は警戒していらっしゃったんでしょうね。最近は少しくらい心を許してくださったんでしょうか。なんだか狼みたいでかわい……かわいい? 何を言っているんでしょうか、私は。
「軍用船を使うならともかく、今の民間の技術では天候ひとつで命を失いかねないってことだ。仕事で死にたくはないだろう?」
ぼけっとしている私の口に、アーベル殿下がクッキーを放りこみました。
ペットかなんかだと思ってるんでしょうか? 美味しいからいいけど。
「仕事中に死ぬなら本望ですわ。ところで軍用船なら安全性が高いんですか? でも私、いま、騎士団長で王子様な方のコネクション持ってますよね?」
「ハッ! まさか俺を利用するつもりか?」
もちろん、と当然のように頷きます。当たり前です。世の中、コネクションとお金が全てですから。
マリーンと出会ったとき、そう思い知ったんです。彼女は私と出会わなかったら今ごろ生きていなかったかもしれません。私だって、トルーノ様に呼ばれなかったらこうはなっていなかったかもしれない。
「その代わり、私は殿下に誠心誠意お仕えするのです。少なくとも、依頼されたお仕事についてはね」
「高い金はとるけどな。だが一部の貴族に限るならまぁいいだろう。そのほうが警備が楽になるという利点もある」
「言質はとりましたからね?」
「誠心誠意仕えたと、俺が認めたらだ」
ふふ、思ったより手強いかもしれません。
だけど、試されるのは好きです。その一枚上をいきたくなるから。どちらに主導権があるのか、じりじりと伺ったり見せつけたりする関係は、すごく好き。




