第10話 現地調査③
どう答えるべきか考えつつ、重くなった足を引きずるようにゆっくりと歩を進めます。
「今までの仕事ぶりとそれぞれの請求額を調べさせてもらった。着手金も異様に高いしな。まぁ、金を稼ぐのは悪ではない。有能な人間は稼げるだけ稼げばいい。だが、結構な利益をあげているはずなのに使った痕跡がない」
どこまで調べたのでしょうか。ブライダルショップ・アンヌの会計状況? それとも、ヴィヴィアンヌ・ダルモアまで?
表情を探ってみますが、わかりませんね。
「従業員には相応の給金をお支払いしています」
「それだけじゃ足りない。好立地に移転拡大できるくらいの額はあるだろう? 爵位を買うわけでもあるまい」
「爵位……。それもいいですね」
ユジン様の言葉に、気づかれないよう息を吐きました。私が伯爵令嬢であることまではバレていないようです。
「なぜお知りになりたいのですか? 私は先にプランとお見積もり書をお出しします。高いとお思いになった場合――」
「こちらが払う金額の話はどうでもいい。知りたいのは、君の考えと人間性だ。極端な話をすれば……そうだな、稼いだ金が反国革命組織なんかに横流しされるなら、この国の貴族として支払うわけにはいかないだろう」
力強い言葉に頷きます。
それはおっしゃる通りでしょう。
お客様に私の事情をお話することなんて、いつもならあり得ないのですが。
真実を話すまで口をきいてくれないような気がしたからか、それともラシャード様の忠臣ぶりに主人として張り合いたくなったのか。
いえ、きっとお金を払ってほしいからなんでしょうけど。とにかく私はぽつりぽつりと口を開いていました。
「マリーンは孤児なのです。幸いなことに我が家は子がひとり増えても困らない程度の資産があったので、マリーンとは姉妹のように育ちました」
気が付けば私たちは空き地の中ほどへ到達しています。
立ち止まって遠くを見れば、小鳥の群れが森から飛び立つところでした。羽ばたく音が聞こえたような気がいたします。
「彼女はもう全ての仕事を覚えました。いつ独立してもいいほどに」
「まさか独立費用?」
「私にしてやれることはそれくらいですから。彼女が独立を望むなら、一等地に今より大きなお店が出せるように。想い人がいるなら、持参金に困らないように、そして理想の結婚式を憂いなく挙げられるように」
何か言いかけたユジン様が口を噤んで、視線を私の背後に向けました。
と同時に、特徴的な蒸気の音が聞こえてきます。
「すぐ戻る、ここで待ってろ」
言うが早いか、ユジン様が駆けだしました。蒸気自動車は近くで停車し、ユジン様の到着を待っているようです。
「喋り過ぎちゃったなぁ……」
空地の中を歩き回ります。これだけの広さがあれば、披露宴を開催することも踊ることも十分にできるでしょう。西側と南側はダリアが、東と北はサルビアが広がります。
開花シーズンにはきっと色とりどりの花が目を楽しませてくれるはずです。
ダリアには香りがなく、サルビアはハーブの香り。お料理を邪魔することもなさそうです。
芝を敷いてもらえば、風で砂が飛ぶことも防げるでしょうし、考えれば考えるほど最高のロケーションだと思えてきました!
お花がありますから派手な飾りつけはいりませんね。何名くらいご招待される予定でしょうか。頭の中でイメージが湧いては消え、湧いては消え。
目の前の空き地に浮かんだイメージを写しながらくるくると回ります。この瞬間がいつも本当に楽しいのです。
「こんにちは、ミス・ヴィー。キュリオも君に会いたがってたんだが、今日は置いて来てしまったよ」
妄想の披露宴を楽しんでいると、突然呼びかけられてびっくりいたしました。ダリアの花ひとつぶんくらい飛び上がった気がいたします。
「わっ……トルーノ様! こ、公爵閣下にご挨拶申し上げます。ふふ、私もキュリオ様にお会いしたかったですわ」
振り返ると、栗色の瞳が優し気に笑っていました。
初めてお会いした日から14年。国王陛下とは年の離れた弟君で、まだまだ不惑にも届かない働き盛りです。けれど以前よりずっと余裕が感じられて魅力的なのですよね。
キュリオ様とはトルーノ様のご子息です。実はヴィーの姿でしかお会いしたことがないのですが、お会いするたびに「なんでお前は平民なんだ」と哲学的な質問をぶつけてくださる賢い方なのです。
トルーノ様の後ろにはユジン様のお姿もあります。
お二人でお話をしていらしたようですね。どちらもリラックスした表情で、旧知の仲であることがわかります。
うーん、そうするとやっぱりユジン様のお立場は王家の血脈ですよね。帰宅したら少し調べてみたい気もしますが。
どちらにせよ、契約書その他正式な書類にサインをいただけばわかることですし、ま、いっか。
「ここで大丈夫そうかな」
「ええ。私がご提案できる中では最高のロケーションだと思います。ルシェ様とユジン様が良ければ是非こちらでお話を進めたいです」
トルーノ様は私がダルモア家の人間であることをもちろんご存知ですが、ヴィーの姿でいるときは接し方を変えてくださる、寛大なお方なのです。
それに私のことは銀色の天使として未だに可愛がってくださっていて、だからこうして我が儘を叶えてくださるのですよね。
「芝を敷きたいとか」
「はい。よろしいでしょうか?」
「ヴィーの頼みを断ったことがあったかい?」
問題ないよ、とでも言うように、トルーノ様の手が私の背中をポンポンと優しく叩きました。
ヴィヴィアンヌの姿だったらきっと頭を撫でてくださってたでしょうね。年の離れたお兄様みたいで、撫でられるのが大好きなのですが……それを言うと本当のお兄様が拗ねるので私だけの秘密です。
「閣下」
地を這うような冷たい声がしたのと、トルーノ様の悲鳴が上がったのは同時でした。
「ユジンくん、痛いじゃないか」
「みだりに若い女性の背中に手を回してはいけません」
トルーノ様の手の甲が赤くなっています。
ユジン様、もしかしてつねったんでしょうか? 大事な私のスポンサーなんですけどっ!?
一瞬だけ目を丸くしたトルーノ様が、大きく口を開けて笑いだしました。
「あっはっはっは! いやすまなかったね。うん、気を付けるよ」
トルーノ様がお優しい方で本当に良かったです。
んもう……。
「ユジン様はトルーノ様にお説教できるような立場にないと思いますけど」
「は? どういう意味だ」
つい口を出てしまった言葉に、ユジン様が食いつきます。
だってそうじゃないですかー! あんなに美しい婚約者がいながらご自分が何をしてるかわかってないんですかーもー!
「んまー! お気づきでいらっしゃらない! トルーノ様、屋敷まで自動車に乗せてくださいませねっ!」
彼が軽率であることへの怒りはもちろんあります。でも、私をナンパしたり馬に乗せたりしたことを問題だとお考えでないようなのが一番……傷つきますよね!
私はトルーノ様の腕に手を差し入れて、ユジン様へ背を向けました。上顧客だろうと関係ありません、ううう。腹が立ちます!




