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さいごのひ

作者: しなば木

この1年間を振り返る。しかし何もない。

もう一度振り返る。しかし何もなかった。

何を振り返って探しているか。それは単純明快、かつ至極当然である。

もちろん、思い出だ。それもとびっきり甘いやつ。

ショートケーキの上にチョコレートソースをかけ、それにマシュマロを盛り付け蜂蜜までかけたような。はたまた、きなこもちの上にあんこをたんまり乗せ、甘栗を盛り付け最後に黒蜜までかけたような。

そんな甘い思い出を僕は探していた。

しかしながら、そんな過去など存在せず、、甘かったのは自身であったことは言うまでもない。そう、言う必要などないのだ。と言うか何故こんな羽目になっている。

むしろこんな自身の愚かさをスピーチして何になる?人生の汚点にしかならないだろう。はじさらしだ。

だけれども、これでしか私は私を表現できない。

コミュニケーション。それは人類の大発明だ。人類以前の動物たちが連携を取ることはあったとしても、ここまで法則性のある言語を用いての意思伝達を行えるのは偉業だろう。しかしながら、それによって新たな問題が生まれてしまった。非常にめんどくさいことに周りの意思を考えなければならなくなった。われわれは、地球の裏側にいる人のことを考えながら日々、暮らしてなどいない。本来の動物たち、かつての私たちもそうであった。けれども、一度社会に出て仕舞えば、われわれは獣ではいられなくなる。会社、学校、保育園、幼稚園、介護施設、公園、レストラン、そして家の中ですらもそこは社会だ。そこには人がいてコミュニケーションをとって仕舞えば相手の存在を感知し無意識にでも考えてしまうようになる。われわれは人間でいなくてはならなくなる。

コミュニケーションの枠は街を超え、地域を超え、くにをこえていった。

インターネットという強大な網のおかげで、われわれは、地球の裏側の人たちの生活を考えて生きなくてはならなくなった。逃げ場のない社会。天網恢恢疎にして漏らさずという感じだ。そんな社会に、だんだんと嫌気がさしている。

だけども、コミュニケーションを取らなくてはいけない。そう考えるうちにコミュニケーションを避けるようになる。できるだけ回避したいと。それが障害と言われるのはそう長くはなかった。話すことがなくなれば、何を話せばいいのか分からなくなる。だから話題というものに頼ろうとする。

僕の場合、それが自身であった。

僕は、初見の人と話す時。まず僕は自身のことを話す、趣味、特技、好きな食べ物、何でもいい。とにかく相手が拾えそうな、話題になりそうなタネをばらまく。愛想が良い人ならそれに乗ってくれるだろう。悪ければ、後々リベンジすれば良い。

ある程度まで知り合ったら、僕は自身の過去を話す。はっきり言おう、これは相手にとって全くどうでもよく人生の教訓も得られなければ成長も得られない。世界一無駄な会話だ。けれどもそれでいい。重要なのは、相手が僕を人間らしいと思ってくれればいいのだ。僕の過去、それは僕の恥部に他ならない。アホで風変わりで、幼稚で要領が悪くおまけに騒がしいやつ。それが僕の過去。とても扱いやすい。

それで僕は相手に自分の内側を全て晒し、代わりに信用を得るのだ。

僕の中でこれは最強の策だった。バカな手段とわかってはいても、それしかできないのだから仕方がない。僕には、夢がない、才能がない、熱意がない、努力がない。あるのは、この忌々しい口と誇れない過去だけだった。だからそれを使いまくった。

明るく振舞いながらそういう事情を悔しく思っていたのだ。泣ける話だろう。

しかし、僕は全てを諦めていたわけではない。

むしろ逆にいつだって見返そうと必死であった。僕だっていっぱしの男である。木下さんのようなクラス一の美女と付き合いたい。学年一の成績で卒業したい。もっともっとちやほやされたい。これは男というか子供の欲求だな。だがそれでも構わない。青春を謳歌できるのならば。

結果は冒頭の通りである。道のりは厳しかった。それもそのはずである。初めから自身の恥部をさらけ出す男に、誰が引かれようか。そもそも努力して何かを成せているならこんな曲がった性格はしていない。僕は自身がどれだけ魅力がないか再確認した。どれだけ怠け者か再確認した。どれだけ最低か再確認した。そして何より、中身のない自分に嫌気がさした。

どこで間違ったんだろう。そう考えてしまうのは至極全うな論理的帰着であった。

間違いなどいくらでもあった。でも絶対に何か大事なところで道を踏み外した気がする。踏み外したなら戻りたい。その過去に、その決断に、その自分に。

そして、変えたい。この現状を。この退屈を。この自分を。

12月31日。僕は神社でそう願っていた。




この神社の名前を私は知らない。何を祀っているか、どういう経緯でここに立っているのか、どうして毎年ここにきてしまうのか。私には謎だった。

しかし謎は謎のまま押入れへと詰め込まれ、結局何も分からないままここにきている。

昔からこういう地域行事は好きだった。昔の知り合いだったり、あまり話したことのなかった同級生が同じ場所に集まり、ワイワイと昔話をする。

あの時はああだったとか、今はどうだとか。その時は言えなかったことも時が経てば、割と簡単に言えて。話しているうちにと昔とは違った視点でその人を見ることができた。自分は環境に恵まれていたなんて素直に思ってしまう。それがとてもとても嬉しくてたまらなかった。

けれどもそれは結局過去の環境に過ぎない、いまには今の環境がある。

環境。それは自然のことでもあり、転じて身の回りの状況を表す言葉でもある。人工的な開発が進んだ今では、前者の意味と後者の意味は大きく異なるに違いない。

大きな違いとして、後者は人の手で作られたものである。人によって建てられたビル、町。また、人との間に生まれた関係。それらが環境となって身の回りを覆っている。

そして見に取り付いたものであるから、嫌と言って簡単には抜け出せないだろう。さらに厄介なことに、そこには自身の甘さが起因していたりする。

自身が今の会社を選んだのは、夢があったからなんて大層な理由ではなかった。ただ、大学で研究していたテーマがこの会社の系統と同じだったからなんとなく面接を受けてみただけだった。採用されるなんてつもりもなかったから、採用のメールがきた時は感動した。嬉しかった。だから、この会社のために一生懸命頑張ろうと意気込んでいた。柄にもなくオートクチュールのスーツまで用意して。

けれども、それは一方的な自己満足に終わった。会社側はぼくたちにきたいなどしていないようだった。サービス業中心のこの会社では、サービスを提供する代わりにたくさんのクレームにも責任を取らなくてはならない。そしてそのクレームは多種多様であり、しかし半分近くがもはや当てつけに近い内容だった。100回謝罪しろ、そんなんじゃ誠意が見られない家に謝りに来い、あんたじゃ使えない上の人に変われ。こんなことを言われうのは日常茶飯事であり、当然多くの人が嫌になり辞めていく。だから人員補給のため僕らが採用された。一年目でシステムもよく分からないまま席につかされクレームの対応。辞める人も多く出たが気にしないという感じだった。それを見て期待されていないことを理解するのはもちろん簡単だった。けれど、逃げる勇気も自分にはなかった。これもかれも自身が真面目に生きてこなかったのが悪いのだ。自身に仕事を選ぶ資格などないのだ。あやまることには、慣れていた。

入社して4年が経った頃。功績を認められて事業部に異動になった。認められるような功績など覚えがないが、大出世である。自身の取り巻く環境も大きく変わり、きたいのめでみられることが多くなった。そのせいで僕には根拠のない自信というものがうまれていたのだった。

確かに仕事は思った以上にうまくいっていた。いや、それ以上だった。だから調子に乗ってしまったのだ。うちの事業部にはこの会社で1、2を争う美人がいる。その人はまっすぐで活発で絶対にめげない、そんな正しすぎる人だった。僕は、その人と同じプロジェクトになった時思い切って食事に誘った。予め、相手の負担にならないよう高過ぎずけれども決して貧相ではない店をふた席とっていた。準備は万全かに思われた。

やはり、僕はバカなままだった。こんな美しい女性がフリーなはずがないだろう。結局、情報不足のまま打ち砕かれ、1人で外食をした。予約を取っていたお店は実際に行ってみるとやはり静か過ぎて気分が重くなるばかりだった。普段は、飲まないがその日だけは規制をほどき同僚を誘って飲み倒した。愚痴も散々吐いた気がする。

次の日、出社すると自身の周りがやけにうるさく感じた。まるで後ろ指を指されているかのような。後から聞くところによると、どうやら自身のあからさまな態度が相手、つまり好意を向けていた相手に負担になっていたらしく私はいつの間にか悪役になっていたらしい。いつからだろうかそれまでの自分が盲目で周りに目がいっていなかった。私は、プロジェクトを降りた。その環境から逃げたかったから。

一度弱くなった人間は、威勢を振るうようになっていた。あの時クレームを言っていた人たちと私はどうやら同じだった。仕事上の立ち位置は止まっているが、信頼は失墜しているに違いない。もうどうしようもない。この環境から逃げ出したい。

そんなことばかりだ。けれども現状は変わらないことを私は知っている。

年末になったので長期の休みを取った。仕事のことを忘れたくて帰省してみると

両親は旅行中だった。

子供の顔が久しぶりに見られることをちっとも感謝してくれない親というのは、なんだかむかむかする。結局、1人いまに寝転がる。

懐かしいゲーム機を引っ張り出して遊ぶのにも飽き、日が傾き始めた頃。私は近くの神社に足を伸ばした。今日明日といえば一年で一番お寺や神社が忙しくなる頃である。そこにはいいとしにしようと多くの地元民が押し寄せるのだ。もしかしたら高校や中学の知人に会えるかもしれない。それはきっといい暇つぶしになるはずだ。そんなことを考えてたのがきっかけである。そういえば、木下さんはここらの地域に住んでいた気がする。

そしてげんざいにいたる。

本当にここにきて良かった。知らないうちに自分の奥で溜まっていた悪い気持ちがスッとなる。そして、昔のような正しさや優しさが戻ってくるような気がしてくる。

ああ、なんて居心地がいいんだろう。そんな風に感じた。

私は、大人になっていたんだろう。それは決して悪い意味ではなく、考え方がもう昔のように自身の夢を追う姿からただ生き抜こうとする姿に変わったということなのだ。

単純にいえば、すごい奴になろうとはしなくなった、そして一般的な幸せになることを目指すようになったんだ。だから、クレームにも耐えられた、一生懸命に企画を立て頑張れた、

だから、悪いことだとわかっていても自分の立場を守ろうとした。

10年前の僕なら、今の私を哀れに思っただろう。

でも、いまのわたしは、それを捨てられない。

あの時とは、違った意味で私は過去に戻りたい。

あの正しさをもう一度手にするために。

12月31日。私は神社でそう願っていた。



レジで会計を済まし、荷物を袋に詰める。

買い忘れがないかスマホで確認する。普段より多い買い物は昔を恋しく思ってしまう。

もうすぐ一年が終わる。この時期は地元が活気づく頃だ、中学、高校の旧友や教師達が都会からここに集まってくる。神社まで行けばもう、人が集まっている頃かもしれない。

寄ってみたいという気持ちもあったが、今はそんな訳にもいかない。

急ぎ足で家に帰る。早く帰らなくては、年を越してしまう。

マンションのエントランスについてからカードキーを取り出そうと悪戦苦闘しているとご近所さんが笑いながら代わりに開けてとおしてくれた。すみませんとお礼を言って急いで階段を上る。自身の部屋に着き、今度は落ち着いて鍵を取り出す。ロックが外れたのを確認して扉を開ける。ただいま。という声は玄関を伝わって廊下に響く。

当然、返事は返ってこない。部屋には誰もいない。

さっさと荷物を片してしまおう。

スーパーで買った食材をキッチンに置き、流しで手を洗う。

今日は久しぶりに手の込んだ料理を作る。気合いを入れるため、頭にタオルを巻く。

この日に作るものといえば日本中が即答できるだろう。

そういえば、父親もこの日はこんな風にしていたっけ?と昔の父を思い出す。

父は、とてもできた人間だった。平日は夜中遅くに帰ってきて朝は、ギリギリまで家で寝てから仕事に行く。休日になれば貯めていたドラマを見たりギターをいじったり、買い物や庭の手入れまでしていた。料理などの家事はもちろん、機械の修理に散髪まで、そして時々見せる茶目っ気がとてもかっこよくて、家族を絶対に大事にする姿に憧れた。

母は、怒りっぽいけど涙もろくて誰よりも家族に甘かった。

僕はいつも怒られてばかりだったが、その怒る姿がとてもとても辛そうだった。だからこっちもものすごく反省した。それでもたまに褒めてくれるのが嬉しかった。

そんな善人の塊のような二人から自分が生まれたことがとても申し訳ないと感じていた時もあるし、それでもやっぱり良かったと感じた時もあった。

自分が大人になってやっと、両親の存在がどれだけ大きかったのかを思い知った。

本当に、今さらになってからやっと思い知ったのだ。

父親と話がしたい、僕はどんな子供だったか。僕が生まれるのを知ってどう感じたか。生まれる前はどんなことを考えてたか。それよりもっと昔の話をしたい。

そして謝りたい、私は、自身の事をアホで風変わりで、幼稚で要領が悪く、騒がしいやつで何も中身のない人間だと思っていた事を、そして誇りたい。本当は、あなたという人に育てられた息子であると。

私はもう、自分の過去を笑い話にしない。もう正しさを見失って自身の立場のために威張ったりなんてこともしない。

こんな言い方しかできないけれど

あなたのようにかっこいい大人になりたい。

ピンピロリン。とタイマーが鳴った。どうやらじゅんびはできた。

僕は頭のタオルを取りエプロンを脱いだ。

するとスマホに着信が入る。もうすでに時計の針は10時を指している。

もしもし、うん、はい。こっちも準備できたから今から出る。うん、それじゃ神社前ね。

どうやらあっちの用事も終わったようだ。

台所の火を切って、ガス線も閉めコートを一枚多く持って部屋を出る。

電気を消して鍵をかける。すると寒い北風が背中に当てられる。

寒い。とトイレに行かなかった事を後悔して階段を駆け下りる。このマンションに引っ越してから10年ほど経つが未だにエレベーターがつかないのは、考えものだ。

エントランスを抜け広い道に出る。そこをまっすぐ進むと人集りが見えてくる。

それに沿って進んでいくと一つの小さな神社が見えてくる。私はその神社が何を祀っているのか知らないし、どうしてここにあるのかも知らない。

けれども、なぜ毎年きてしまうのかはわかる。

単純に家が近いからだろう。

神社前に着くとちょうど皆も到着したところだったようで、

あ、お父さんだ。と大声でこちらに一人走ってくる。この子の名前は暁。私の自慢の一人息子だ。

そして後から来るのは女房だ。

ごめん、ちょっと、おそくなっちゃった。

大丈夫、俺も今きたとこだし。それより暁はおじいちゃんとたくさん遊べたか?

暁ってば、お義父さんにずっとわがまま言っておもちゃまで買ってもらちゃったの。

うん。これ買ってもらったのー。

はは、それはいいなー後でお父さんにもみせてくれ。

それじゃあ、行くか。木下。

また、古い方の名前!、もう結婚して10年になるんだから。

こうやって苗字をよんでしまうのは、いえないけれどまだ照れているからだ。

あのとき、神社で話しかけれられた時。僕は何度でも思い出す。そして、あの時後ろから吹いた風に勇気をもらった事。僕はいつまでも覚えてる。

きっとあれは神様が過去ばかり戻ろうとする僕にやってみろと言ってくれたのかもしれないなんて思っている。真実は闇の中だが、それでも今を手放さないように僕は日々頑張っている。

もうすぐ一年が終わる。

振り返って見ると色々あった。辛い事、逃げたい事、それと楽しいこと

もう一度振り返る。やっぱりいっぱいある。

今年でもう40。けれどまだまだこれからさ。ここから何があるかわかんないし、

どうなるかもわからないけど。

神様、僕のすべての願いを込めます。だから

この家庭を守ってください。

12月31日。ぼくはそう願った。

お父さん、お腹減ったー。

お母さんもペコペコ。

それじゃあ帰るか。年越しそばが待ってるぞ。


エンド。

今まで色々と書いては止めてを繰り返してた自分が、初めて書ききった短編小説です。

変換ミスとか言葉の間違いもあったかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです。大目に見ていただけなくとも、読んでくださったことがやっぱり何よりの幸いです。

これか連載作品も出したいと思っているので、

読者様の興味がそれないように頑張ってあげていこうと思います。

本当に最後まで読んで頂きありがとうございました。

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