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6.財部菅吉はビビりである

 邦家教諭が提供する屋敷は、壺ヶ堀高校のある鍛冶野町(かじのちょう)と、隣町の戸羽町(とばちょう)の境目にある。山道を進んだ先、鬱蒼と繁る森の中にポツンと佇む西洋館だ。

 山道、森の中と言っても、道中は国道が通っており交通の便が極端に悪い訳ではない。管理の行き届いていない森は矢鱈と伸び放題の草木が邪魔をするが、昼間であればある程度見通しが利く。見ようによっては避暑地の別荘のようにも見える、一見豪華な代物だ。

 しかし、実情たる屋敷の様子は真逆。窓という窓は外から板で塞ぎ、入り口さえも扉の半分はまともに動かないよう半分固定されていた。蔦に隠された外壁には何とも知れない赤黒い塗料が飛び散った様が見え隠れしており、屋根には蛇の死骸が引っ掛かっている。

 ホラー映画よろしく、「人気(ひとけ)のない古びた洋館」と言うに相応しい風格がある。


 夕刻。邦家屋敷の前に、部員たちは集まっていた。

 部長である鎬葉嘉良から副部長 間宮マナ、書記 後田逆文、庶務 岡里累、役職なしの賽野MeKA壱、二学年計5名。財部菅吉ほか男子3名、女子3名の一学年計7名。顧問である邦家インディ教諭が1名の計13名。

 大所帯ではあるが、嘉良の統率力からか、あるいは目の前の屋敷に圧倒されてか、一同は学生らしい盛り上がりを見せることなく静かに待機している。

 そんな様子の彼らに、嘉良が嬉しそうに声を掛ける。


「じゃあまず、定期テストお疲れ様。結果に関してはまだ分からないけど、きっとみんなが努力した相応の点数が得られる筈。後田みたいな奴になると後々大変だという事は散々伝えたので、きっと無事でいる事でしょう」

「部長、なんでオレの名前を出すんです?」

「お堅い勉強は一旦頭の片隅に置いて、今日は目一杯楽しもう!」

「部長??」


 演説を終えた嘉良が、マナと入れ替わる。


「まずは、肝試しの場所を提供して下さった邦家インディ先生に感謝を。ありがとうございます」


 手に持ったメモを読みながらマナがお辞儀をし、追って全員が礼をするが、邦家教諭は鬱陶しげに手を振って応えるだけだ。


「この屋敷は二階建ての地下一階構造となっている。見た通り廃墟同然だが、下見の段階で危険な箇所などは無い事はチェック済みだ」


 その言葉に、逆文は大きく頷く。確かに下見した際に、特に痛みが激しい箇所や怪我の恐れがある場所は確認した。元々が普通の屋敷なのだから、それほど問題は多くない。強いて言えば異臭が強いが、多く騒ぐほどではない。


「とは言え、持ち物の紛失があると大変に面倒なので、携帯電話、腕時計等の手持ちの道具は回収する。光源に関しては懐中電灯があるので心配しなくていい」


 取り出した懐中電灯の灯りは、確かに闇を照らすものの、どこか頼りなさげにも見える。周囲の黒が強すぎるせいだろうか。


「内容としては、二階奥の部屋に置かれた血判状にサインをしてから、地下に置かれた自分の名が書かれた木札を取ってきてもらう」

「血判状て」

「後程全員に清潔なナイフを渡すので、活用して欲しい。絆創膏もあるぞ」


 眉根を寄せる視線にも、マナは疑問に思う様子もなく淡々と説明する。

 脇から逆文が、「赤マジックも置いてるから大丈夫」とフォローを入れる。


「何の仕掛けも無いが、万が一怖くて動けない、救助が必要な事態になった場合は、場合は……おい、対処法が書いてないぞ」

「30分経っても帰ってこなかったら見に行くって事で」


 嘉良が適当に答える。防犯ブザーでも持たせるかという話もあったが、山中とは言えそういうものが鳴り響くのはさすがに公共的にまずいのではと話があがり、結局アナクロな対処法しか決まらなかった。


「入るのは二人一組という事だが、決め方については」


 交代の合図を送るのを待たずに逆文が前に立ち、割り箸で出来たクジを振りかざした。


「ハイハイハイじゃあお待ちかね! お待ちかねの組み分けをしよう! このなんの変哲もない、作為的な要素なんてなーんにもない普通のクジをぶべら」

「はいじゃあみんな適当に二人組作って」


 アホらしいほどに上げられたテンションで自己主張する逆文が、無造作に嘉良とマナに蹴飛ばされる。


「何すんだよ! クジで決めるって言ったじゃん部長に副部長!」

「いいから何を仕掛けたか言ってみろ書記。挙動が怪しすぎるぞ」

「どうせ男女で組ませて良い感じにしようとか考えたんだろうけど、さすがに分かりやすすぎだ」


 完全に看破された思惑を指摘され、失意のしゃがみこみを見せる逆文。部員達も、邦家教諭でさえ首を横に振って呆れていた。


「やっぱり後田先輩にやらせたのは不味かったですね」

「そのようだ」


 作戦立案を共にしていた菅吉が、MeKA壱に話し掛ける。MeKA壱としても、このような結果になると逆文への評価を下げざるを得なくなる。


「ということは、今回の作戦は失敗ですよね」

「7割方はそうだろう」


 狙い通りのペアにならなければ、屋敷内に仕掛けられた『吊り橋効果的なドキドキを煽るホラー装置(逆文命名)』の効果も見込めない。


「じゃあ解散でもいいですか?」

「そういった指示は出ていないが」


 MeKA壱が菅吉の顔を見る。一見普段と変わらない様子だが、『MeKA壱Central Processing Unit』がその顔の微妙な発汗を捉える。日も落ちた時間でありながらも発汗が促されるような事態があっただろうか。


「いや、あの、なんというか、その……」


 答えにまごつき、目を泳がせる菅吉。と、そこに、失意を体現したままの逆文が忍び寄る。菅吉は気付いた様子は無い。

 ぬうっと伸びる手が菅吉の足首を掴み、


「ぎゃあああらぁあああ!!?」


 尋常ではない声を響かせた。注目が菅吉へと集まる。


「なるほど、なるほど」


 ゆっくりと立ち上がる逆文。その顔は先の楽しげな顔とはまた別の、ひん曲がった感性が透けて見える顔だった。

 何が起こったのかを把握した菅吉は、やや湿らせた目尻を隠さずに逆文を睨む。


「うっ、後田先輩! いきなり何してるんですか!」

「いやぁ? 逃げようとしてるから、ちょおっと驚かせようとしただけだって。なぁに、悪い悪い。まさかあんな声を上げるなんて……」

「かっ、こッ、くぬッ……」


 菅吉が地団駄を踏む姿を見て、逆文は間違いなく玩具を見つけたと思ったのだろう。下衆な様子を隠そうともしない。


「よぉし、じゃあこうするか。外から録音回して、誰が一番叫び声を大きくあげたか試す! 一番大きかった奴には一年間、肝試し番長の名をくれてやろう! 勿論、今から逃げようってのはダメだ」

「意味が分からないんですけど! というか、そういう趣旨じゃなかったでしょう! 録音機なんてそんなのあるわけ――」

「あるぞ」


 そう言って邦家教諭が自家用車から矢鱈とデカいマイクやカメラをを取り出す。よくよく見ると、車の中はそういった電子機器でいっぱいになってるらしい。


「ほ、邦家先生、それは……」

「インディと呼べ。なに、どうせ悪霊がいる屋敷ならこの位はな。若い頃はゴーストハンターとして名を馳せたんだ。装備は充実している」

「この間と言ってるの違うしなんでゴーストハンターがそんな科学機器を持ってるんですか! 意味分からねえ!」


 逆文と同じような発作を起こし掛けている菅吉。だが邦家教諭はその様子よりも物言いが気に入らなかったらしい。


「ゴーストハンターの仕事は別に念仏唱えるなり塩撒くなりって訳じゃあないぞ。大体、人間には不確かな五感しかないのにそれでは分からない幽霊なんてものと相手するんなら、補うべき機器は山ほど必要に決まってるだろう。赤外線カメラ、集音マイクは当然。温度湿度の計測に床の傾き、磁場、必要があるなら放射線だって……」


 無限に続きかねない言葉に圧倒される一同。しかしその中でも諦めずに動こうとする菅吉を、MeKA壱は襟首を掴んで止める。


「賽野先輩、なんで」

「逃げるのは禁止されているだろう」


 恐怖心から怯えるのは、危害を加えられる事とは違う。その上、逆文の逃げるのはダメだという言葉もあった。MeKA壱には逃がして良い道理は無かった。


「いやほんとまずいですダメですダメですって本当本当放射線とか言ってるし幽霊ヤバいヤバい」


 譫言のように繰り返す菅吉を引きずり、一先ず嘉良の前に連れ出すMeKA壱。判断をするべきなのは一番上の人間だろう、と解釈した為だ。


「ん? 賽野、どうした?」

「一年が一人、逃げ出そうとしたので収用しました」

「そんな危険な物品じゃないんだから。って、ああ、財部か」


 へたり込んでいる菅吉に、嘉良がにっこりと笑い掛ける。この笑みもまた、逆文が先ほど浮かべていたものと同質だろうとMeKA壱は理解できていたが、菅吉には分からない。


「そうか、財部は怖いのダメか」


 呆然としている菅吉の目線に合わせて屈む嘉良。


「まぁでも、折角の部活の集まりなんだから」


 女子にしては大きな嘉良の手が、菅吉の手を取り、両手で包み込む。


「どうせなら、私と共に入らないかい?」

「は、はいッ! 入ります!」


 殆ど脊髄反射の答えが菅吉から飛び出る。満足そうに笑う嘉良。あれは『特等席でこれが慌てふためく姿が見れる』という喜びからだろう。


「あ、あの、MeKA壱くん」


 気付くと、MeKA壱の背後に岡里が立っていた。突発的な声掛けに、MeKA壱も思わずエラー音を発しそうになる。


「私も、一緒に入りたいんだけど……いいかな?」


 物静かに。しかし確固たる願望によって求められている。

 それを否定する原則は、MeKA壱は持ち合わせていなかった。



 数分後、菅吉の叫びと嘉良の笑い声が屋敷から響いた。

 如何に取り繕ったところで、こう表現するしか無いだろう。

 財部菅吉はビビりである。


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