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3.後田逆文は[欠二文字]である

 馬鹿ではない。それがMeKA壱が持つ、後田(うしろだ)逆文(さかふみ)への評価だった。

 なにせ、出会い頭に「メカ壱くんってロボットみたいだね!」と核心を貫いた一言を言ってのけるのだ。完璧に偽装の施しているMeKA壱をロボットと初見で見抜ける者が、馬鹿である筈が無い。

 かと言って、聡明であるとはとても言い難い。定期テストでどれかの科目を赤点ライン低空飛行どころか墜落している人間は、MeKA壱の知る限りでは逆文以外に知らない。それで平気な顔して課題を忘れて遅刻を繰り返しているのだから、間違いなく問題児の類いである。

 幸いな事に、壺ヶ堀高校は落ちこぼれにも蜘蛛の糸をダースどころかグロス単位で垂らすほど手厚い。その一つとして、幾度赤点を取ろうが、提出物を忘れようが、出席日数の帳尻を合わせれば進級の補償を行っている。これのお陰で逆文はMeKA壱を先輩と呼ぶ練習が必要無くなった。事あるごとに生活指導の呼び出しを受けるなど、教師陣からの風当たりは相応に強いが。


 馬鹿では、無い筈だ。逆文に対してのデータをデフラグしていると些か疑わしくなるが、単に知能レベルが低いという意味を馬鹿とするのであれば逆文には当てはまらない。単なる馬鹿なら部活の面々も早々に叩き出している。書記などという役職に就く事も無かっただろう。

 しかし、学業という面との差異は大きい。一体これはどういう事なのか? 真相に迫るべく、MeKA壱は逆文の元へと向かった。


「勉強会?」


 食パンの耳を咥えた逆文が、ふがふがと雑音を混ぜながらもMeKA壱の提案を復唱する。

 学力が低いという事実はあれど、それを改善する機会さえあれば、向上の目もあるのではないか。「MeKA壱Processing Unit」による独自判断に従った形となる。


「メカ壱くんがそんなの言うなんて、珍しいじゃん。次のテストって落とすとマズいっけ?」

「落として良いテストなど存在しない筈だが」


 常識的な回答の一例を言った筈が、何故か逆文は耳を塞いで聞き流そうとする。器用な口の動きで消耗されていくパンの耳。


「学生として、互いの学力を上げる事を目指したいと考えたが、どうだろうか」

「言っても、メカ壱くん大体平均点取れちゃってるじゃん」


 逆文の言葉は正しい。MeKA壱のテスト成績は、毎回きっちりと平均点を取っていた。次のテストであってもそれは変わる事は無いだろう。

 無論、超科学の落とし子であるMeKA壱にとって、学校のテスト程度であれば点数など取ろうと思えば満点も容易いことだ。しかし、そこで大きく目立つのは望ましいものではない。平均点を狙うようになるのは自然と言えるだろう。

 その平均点常連というものでさえ、逆文には気が引ける要因になるのだろう。遠慮がちな苦笑いを浮かべてしまう。


「オレと一緒に勉強したって、あんまり意味無いからさ。累ちゃんでも誘えば? あの子、学年でも上位じゃん」

「既に誘ってる」

「えっ?? マジで??」


 食い掛けだったパンの耳をそのまま飲み込むほどに驚く逆文。軽く噎せて牛乳で押し流すが、その口許は先ほどの遠慮はどこに行ったのか、何故か楽しげにひん曲がっている。


「そりゃー、あれじゃん。尚更オレは行けない。行ける訳がない」

「何故」

「せっっっかくの二人きりの密会、邪魔する訳にはいかない」


 馬に蹴られては云々、と呟きつつ、勝手に納得する逆文。

 どう見積もっても間違いでしかないと分かる早とちりに、MeKA壱は訂正を加える。


「現在了解を得ているのは岡里累、間宮マナの二名だ。二人きりになる事は無い」


 間宮マナ、の名を聞いた瞬間。袋から口へと消えていたパンの耳の動きが、ピタリと止まった。

 ほんの少し、時間にしておよそ3秒ほどの停止。特にそれ以上の変化は無く、再びパンの耳の消費が始まった。


「マナちゃん来るんだ?」


 肯定に首を振る。


「……確かに二人きりじゃないなぁ」


 肯定に首を振る。


「……そうかぁ」


 沈黙。


「……何持っていけばいい?」


 そういうことになった。


 休日。

 イタリアンレストラン「ミラノフード」の一角には、3人と1機が座っていた。


「何が分からないのか分からない」

「何で分からないのが分からない」


 逆文は諦め気味に天を仰ぎ、マナは心底恥じるよう岡里へお辞儀をしていた。

 体制は真逆ながら、大体同じ様な悩みを持っていると分かる二人に、岡里は緩く笑い掛ける。


「とりあえず、一科目ずつ追っていこう。えっと、賽野くんは……」

「歴史の提出課題が残っている。後で意見を聞きたい」

「分かった。私の分かる範囲だったら何でも……な、何でも……聞いて、ね?」

「そこでそういう反応はちょっと想像力が逞し過ぎるよーるいせんせー」


 みるみる内にいつぞやの様な体色に戻ろうとする岡里を、逆文がおどけて呼び掛ける。

 すわ機能停止かとMeKA壱が身構えるが、岡里は平時の様子を取り戻したようで、柔和な顔を問題児二人(逆文とマナ)に向ける。


「さて、と。何から始めようか」

「外国語」「現代文」


 MeKA壱のセンサー類をもってしても同時のタイミングで口を開きながら、二人はまるで異なる教科を挙げた。一瞬、横眼でお互いを捉えつつ、顔だけ岡里を向いて話を続ける。


「今や世界に羽ばたく時代だっていうのに、この国の将来を担う若者が世界で通じる言葉で詰まる訳にはいかないよなぁ? 外国語の学習は必須科目だ。外す訳にはいかない」

「自分たちが日常的に使う言語を習得するのは、日常生活に際して絶対条件と言っても過言ではない。現代文の学習は国民の義務、いや責務だ。何を差し置いても必要だろう」


 再び、互いの視線が交錯する。岡里の口が開いたようだったが、再び同時に流れ始める文句に押し流された。


「今まで生きている中で使えてきた言語を、わざわざ小難しく学習し直すなんて阿保らしいと思うんだけどね。まぁ必要ないとはいわないけど、重要度は低いんじゃあないかな」

「精々が自分探しの旅に出る程度の未来しか抱いていない程度の者が、諸外国との繋がりを我が物顔で語るだなんてどうかしている。ソースコードを覚えた方がまだ有益だろう」


「別にどっちかしか勉強しないわけじゃないから――」


 諫める声は最早届かず、横目で捉えていた互いの顔を、今はもう正面から睨みあっている。


「大体現代文なんて適当にやっても点数取れるだろうが! 俺だって三回に一回は赤点ギリで回避出来てる科目に、どうして貴重な勉強時間を費やさないといけないんだよ!」


 MeKA壱の記憶が正しければ、確かに逆文が赤点を回避出来ているのは国語が比較的多い。あくまで比較的、ではあるが。


「情報技術部の部員であれば、英文で書かれた文章程度難なく読めなければ活動出来んだろう! 貴様の掃き溜めのような成績など知るものか! 日本人なら日本語を使え!」


 プログラミング言語は英語を基礎にしている部分が大きい為、マナの言い分は通らない事は無いが苦しい。あと部費で購入しているプログラミング技術書は日本語ばかりである。


「俺はプログラミングなんて異次元の言語勉強してないから知りませんー! 自分が唯一自慢できるからってひけらかしてるんじゃねーぞ美術1!」


 以前にマナが描いた人物画を見たMeKA壱は、その区分を抽象絵画か退廃芸術か前衛芸術にするかで非常に高い負荷の処理を行う羽目になった。本人曰く具象絵画だそうだが誰一人として認めていなかった。


「そちらこそ弱点をわざわざ探して叩こうとするなど卑怯だろう学年最下位! 本来なら貴様は一年後輩になるべきではないか!」


 何一つ反論するべき点が見つからない文句だが、逆文の順位からそれほど遠くない位置にマナの名前があった事はMeKA壱は元より岡里も知っている。


「これ、どうすればいいと思う?」


 記録するに値しない文句ばかりを言い合う二人に怯えの表情を見せながら、岡里がMeKA壱へと話し掛けた。

 ここまでの反発をするとは、MeKA壱も想定していなかった。部室では偶に言い争ってはいたが、数分で納まり平然と別の話題で盛り上がる程度には良好な関係と思い勉強会へと思ったのだが。ここ数日の間で何かしらのわだかまりが出来ていたのか。

 解決策を検索しようにも突然が過ぎる。事態の原因の一端である認識を持つMeKA壱は、岡里へと小さく頭を下げて謝罪する。


「今後は両者を近付けないように心掛ける。この様な結果となり大変申し訳ない」

「いやいやいや、賽野くんは悪くないよ! うん! 頭なんて下げられた私もその……困るし……」


 形式的(テンプレート)な謝罪は、岡里にはお気に召さなかったようだ。

 ひとまず二人を引き離して落ち着かせようと岡里に持ち掛け、了承が得られる。


「逆文」

「ああん! ってああん!?」


 据わった眼でMeKA壱を睨むも、首根っこを掴まれてしまえばどうにも出来ない。そのままされるがままに、逆文は連行されていった。


 トイレの前へと着いた二人。MeKA壱は特に何も言わず、首から手を離され多少息の荒い逆文も、黙ったままだった。

 やがて、ポツリと逆文が口を開く。


「ごめん、メカ壱くん。迷惑かけて」

「問題ない」


 実際、MeKA壱にとって迷惑と言うものは存在しない。ロボットなのだから、そういった労働は当然という考えになっている。

 しかし、逆文はそう思っていない。頭を下げて、また黙ってしまった。

 これは事情を尋ねるべきだろう。「MeKA壱Processing Unit」は即座に判断する。


「質問。どうしてあそこまで間宮マナへ対抗心を向けた」

「対抗心と言うか……いや、その。なんと言うか……」


 言葉をいくつか呟くが、噛み合うものが無いようで答えに詰まる逆文。


「間宮マナが居るから来たのではないのか」

「……まぁ、そうと言えば、そうだけど」


 MeKA壱が想定していた逆文の行動パターンを問いかけると、あっさりと認めた。

 しかし、何故マナが居れば来ると言うのにこうも荒れるのか。これは学力の低さに関係があるものなのか。

 まごつく逆文だが、観念したかのように口を開いた。


「今日さ。みんな、私服で来たじゃんか」

「休日だからな」

「いつもと違う風に見えて……なんか、ちょっかい掛けてやろうと思っただけだ」


 そう言うと、逆文は席へと戻っていった。

 ちょっかいとは何のことなのか。分かる筈の無い問題に、MeKA壱の思考回路は、またも忙しく走る事になる。


 後田逆文は[欠二文字]である。

 欠けた言葉を埋めるには、まだ足りない事が多すぎる。

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