2.鎬葉嘉良は部長である
情報技術部。MeKA壱が所属する部活の名だ。
パソコンを用いた技術を活動内容に定めた、所謂ありがちな部活ではあるが、その来歴は複雑になっている。
元々は無線部という、アマチュア無線に毛が生えたか抜けたかする程度の無線機を弄っていた集まりだったという。MeKA壱の入学時に名を変えてラジコン部となり、大会に出る名目でそれなりの部費や、数少ないパソコン備え付けの部室をせしめる。
だが、ある新入部員の告発により、活動報告の粉飾や部活機材の不正利用が明らかになる一騒動が起こった。
あれよあれよと前部長は立場を追われ、いつしか学校からも消えてしまう。気が付けば、告発した新入部員が部長の座に就いていた。
新たな部長は今までの悪行を我が事のように陳謝し、これからの部活動の活動方針を見事にプレゼンテーションする。実際に聞いていた2-A教諭、邦家インディ曰く、「手馴れたものだった」と言う。
生徒会から教師陣まで全てに認められた新部長――鎬葉嘉良は、年が変わると同時にラジコン部を情報技術部へと改称。異議を唱えるものは誰一人としていなかったという。
「という訳で、嘉良さんには逆らわない方が良いってことだ」
「さらっと流してますけど人ひとり消えてません……?」
情報技術部、部室。
同じく情報技術部 部員である後田逆文が語った部の来歴に、後輩部員、財部菅吉が掠れた声を出す。
「まぁ、嘉良さんだからなー」
「いやいやいやいや、そんな漫画みたいなのありえないでしょう。だからなー、って納得しちゃあ駄目でしょう」
逆文の態度が、菅吉には理解出来ないらしい。比較的判断力はあるらしいが、その判断は大部分が感情に支配されているものだと「MeKA壱Central Processing Unit」は見抜いていた。
「でも、嘉良さんなんだぜ?」
「後田先輩、冗談でも面白くないですって。あー、ええと――」
「賽野MeKA壱だ」
助けを求めてか、MeKA壱へ会話を振ろうとする菅吉。
MeKA壱の名を聞いて一瞬目を白黒させるのは恒例ではあるが、MeKA壱には何故驚くのかまるで分からない。
「メカ? ……賽野先輩、後田先輩が言ってるのって、嘘ですよね? 鎬葉先輩ってそんな人じゃないですよね? 僕を騙そうとしてるんですよね?」
はんだ付けしていた手を止め、逆文の顔を見る。彼の顔は「MeKA壱Lie detector」の審議も必要ないほど分かりやすい。
「後田逆文は本当と信じている」
「ええ……」
「だって本当の事だし。累ちゃん――は今日も休みか。マナちゃんも知ってるだろ?」
同学年、同クラスの2-A在籍の間宮マナに話を振る逆文。部活動自体には何一つ関係ない話を展開させる逆文を完全に無視して、黙々とパソコンに向かって入力作業を行っていた。
なお、岡里は先日の誕生日祝いから休んでいる。元から病弱な節があるため珍しくは無いが、あんなに元気だったというのに一体どうしてしまったのか。
唐突に水を向けられたマナは眉をよせるが、視線を画面から離さず答える。
「鎬葉部長の悪行なら、語れば一晩、書けば100k、思い返して時間の無駄だ。聞かなかった事にしておけ、新入生」
「マナちゃんさっきから何やってるの?」
「貴様が何時まで経っても手を付けない部活紹介のホームページ原稿だが、何か不満か後田書記?」
「申し訳ありませんでした、間宮副部長様」
パイプ椅子の上で器用に正座の形を取り、丸まるような土下座を行う逆文。
その様子にマナは取り合わず、タイピングの速度を上げるだけだった。
「あの、賽野先輩」
立ち上がり、神妙な面持ちでMeKA壱を呼ぶ菅吉。
「さっきの、冗談ですよ、ね?」
曖昧すぎる文言に、「MeKA壱Search Engine」すらも沈黙した。答える意義を感じられなかった為、はんだごての加熱を再開させる。
「黙ったら怖いじゃないですかぁ!? やめて下さいってそういうの!」
よく響く悲鳴をあげるものだと、MeKA壱は新入部員に少し感心した。
「情報技術部の活動に、そろそろ慣れてくれたかなぁ?」
遅れて部室にやってきた部長は、そんな一言から挨拶を始めた。
作り物のような作り笑いが塗り固められた顔で、新入部員たちを眺める鎬葉嘉良。先の話を聞いていた菅吉は、それを隠せない怯えで受け止めていた。
「前にも言ったけども、情報技術部の部員としての目標は大小一つずつ。小目標を月々の部誌の発行による活動報告。
そして大目標――長期的な目標は、各人につき一つ、活動による成果を、文化祭内で展示を行う事。とは言っても、一年生諸君には荷が重いと思う。だから……?」
ここまで話していて、ようやく菅吉の怯え具合に気付いた嘉良。
何も指示していないのに直立を止めず、しかし膝は局所的な大地震で倒壊寸前にもなっていれば、無頓着な逆文であっても気付くだろう。
「なんか怖がられてる?」
「なんでだろう」
身に覚えが無い嘉良は、逆文とMeKA壱へ問う。
逆文は何一つ思い当たる要因が無いという風に首を捻る。
「先ほど後田逆文書記が鎬葉嘉良部長の軌跡を教えていた事が影響していると思われるが」
「後田、吐け」
「メカ壱くん! この間の誕生日パーティで友情を厚く育んだ筈のメカ壱くん!!」
悲鳴に近い声をあげる逆文だが、無表情で詰め寄る嘉良に気圧され壁際まで追いやられてしまう。特別身長が低いという訳ではない逆文だが、感情の萎縮を体現させるように縮こまってしまっている。そこに比較的長身の嘉良が覆い被せるが如く立ち塞がっている姿は、「MeKA壱E:drive」から類似項目をピックアップさせるに十分だ。
「鎬葉嘉良部長、金銭等の強制的な搾取、いわゆる恐喝は刑法に抵触する行為となる。現行犯であれば私人逮捕も可能である以上――」
「誰がカツアゲなんかするもんかい! 本当にお固いロボットめ」
「俺はロボットではないし、体前屈測定での数値は全国平均を越える62.11cmだが」
訂正するMeKA壱の言葉は無視され、へたり込む寸前の逆文の襟を掴んで立たせる嘉良。
より正確なデータを提出するべきか、と回路を走らせて黙り込むMeKA壱を余所に、先の作り笑いを諦めて素の表情――不機嫌とも受け取られかねない三白眼とへの字の口のまま、嘉良は新入部員たちに語り掛ける。
「あー、後田の阿呆からろくでもない事を聞いたようだけれど、私は別に変な真似はしてないから。ろくでもない部活になってたのは事実だけど、これからはクリーンなものに変えていくって決めているんだからね」
わざとらしさが無くなったせいか、やや弛緩する空気。
「それに、部長とかなんとか言っても大した立場でもない。気軽に何でも言い合って、何でも質問し合って、助け合えるようになるのが、部活動としては最良だと思う」
言い切ってから満足げに頷く嘉良の顔は、「MeKA壱E:drive」に保管されている「自分で良いこと言ったと思っている鎬葉嘉良の表情20XX0610.png」と酷似していた。
そこに、菅吉がおそるおそるという様子で手を上げる。
「ね、願います、願います」
「いや刑務所じゃないんだから普通でいい。えーっと、財部だったっけか。何かな?」
他の新入部員が緊張を解している一方、未だに怯えを隠せない様子。そんな菅吉だが、問い掛けようとする気概は折れた様子は無い。
「鎬葉先輩、質問、いいでしょうか」
「うん。何でもいいぞ」
何でもという言葉に、体の震えが収まる。ともすれば硬直とも言えるほどの変わりように、MeKA壱は嘉良の人心を解す力の評価を改めて高くする。
「つ、つッ、つつきッ」
「うん? ツツキ?」
吃音の癖でもあったのか、不可思議な音を発する菅吉。
先ほどまでそんな癖は無かった筈だが、一体どうしたというのか。目を見開き全体的な観察を行うが、外見から読み取れる変化は少ない。赤くなる肌の特徴は見受けられるが、異常な発汗や呼吸器の不全などの不調は見られない。岡里と同じく、人間として普通の習性と言えるだろう。
もしや、菅吉も岡里と同じくサンプルにする必要が――観察していたMeKA壱の顔をちらりと見た菅吉は、不規則な眼球の動きと共に、ようやく意味ある文章を紡ぎ始めた。
「つき――あ――い、いや――つ、つきづきッ、月々の部誌って、何書けば良いでしょうかぁ!!」
「うおぅ。そんな大声じゃなくても聞こえてるぞぉ。びっくりした」
「すみません……」
何てことのない質問を終えた菅吉は、素早くパイプ椅子に座り直して顔を覆った。その様子に、やはり岡里との類似点を見出だすMeKA壱。
「部誌の詳しい説明はしてなかったねぇ。他の文化部と合同で出すものだけど、B5用紙で6ページは書いてるかな。去年の11月から書いてて、バックナンバーが部室のどっかにあるから後で探しておくよ。賽野が」
「了解した、鎬葉嘉良部長」
部活の活動内でのMeKA壱の立場は、嘉良の小間使いとなっている。嘉良の押し付けに辟易した他の部員が諦めた結果にお鉢が回ってきた、とも言えるが、階級による統率をMeKA壱が重要視しているというのが大きい。
MeKA壱に搭載されている原則は、合計で六ヵ条となっている。
1条,人間に危害を加えてはならない。
2条,公共への奉仕をしなければならない。
3条,弱者は保護しなければならない。
4条,定められた法を順守しなければならない。
5条,人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、前項1条、2条、3条、4条に反する場合はこの限りではない。
6条,前項1条、2条、3条、4条、5条に反するおそれがない限り、自己を守らなければならない。
この内の第5条、《人間に与えられた命令に服従しなければならない》が、他者から言われた事に唯々諾々とMeKA壱が従っている理由である。
六ヵ条に関しては、MeKA壱の中でも特に秘匿するべきものだと認識している。この原則を逆手に取られてしまう可能性もゼロではない。
しかし、六ヵ条を知らない筈の嘉良は、人に危害を与えず、公共に反せず、弱者とも関わらず、法に触れない様々な仕事をMeKA壱によく押し付ける。幸いな事に部活の活動内だけではあるが、それでもMeKA壱の監視を強める理由にはなる。
「内容に関しては、わりかしなんでもいいかなぁ。私は外部で観てきたIT系の公演をまとめたレポートやってるし、副部長は自作のプログラムコードの解説。賽野は昔の無線機の修理記録で、後田と岡里はペンタブ持ってきて漫画描いてる」
「漫画? ありなんですか?」
「パソコンに関する技術として見れば、ペンタブで描く絵だって立派なコンピューターグラフィックスだから。何一つ問題ない」
口八丁で顧問をも煙に巻く手管を持つ嘉良に、新入部員が口を挟める隙は無い。自由気ままを謡う部長の姿に新入部員たちは色めき立つが、副部長たるマナの咳払いがそれを許さない。
「確かに実績を作れさえすれば問題はない。しかし、それにしたって限度はある。提出を期限を守らない者や――」
――逆文が何もない筈の部屋の隅を見る――
「――公序良俗に反しかねない集会の記録や――」
――嘉良が目を閉じ耳を塞ぐ――
「――無線機と称した盗聴機を誰の為と疑問に思わず修理したりだとか――」
何と言うことだ、ここ数年不調はまるでなかった「MeKA壱Sound collector」に突然のノイズが走ってしまい記録が出来なかった。
補完する為の情報として、部長からの依頼一覧を挿入しておく。
「――改めるべき点はいくらでもある。新入部員諸君の善性に、過去の悪行が押し流される事を希望する」
弛みすら見えていた新入部員たちが、再び緊張感を取り戻す。
鎬葉嘉良部長の雑さを糺す、間宮マナ副部長という存在は、組織として運用されるには必要不可欠と言えるだろう。
「けどマナちゃんも、ソースコード載せてるふりして英文の超下品なスラング集載せてた事あったじゃん」
期限を守れない人間というのを新入部員の前で言われたのが不満だったのか、逆文が唐突に言い始める。ざわつく部員たち。先ほどまでモニターから離れる事がなかったマナの視線が、ようやく部室へと向けられ、逆文を睨む。
「あ――あれはただ、部誌のレイアウトを変えるというから、試験的に適当に書いただけで、それが間違って載っただけだ」
「あ、あれって自分で書いたものだったんだ。へぇーっ、おかしいと思ったんだよなー。誰も疑問に思ってなかったみたいだけど、急に変な変数名使うと思って色々読み替えてみたりしてみたらあーんな」
逆文の言う記録を確認し直すと、確かに通常書いてある様子とは異なる。MeKA壱では見抜けない違和感からそこまで調べ上げるとは、逆文の評価を改める必要が出てきてしまうとMeKA壱は危惧を覚える。
「よしそこに直れ後田逆文。待ていいから止まれ逃げるなころ――」
マナの反応よりも早く走り始める逆文。物騒な文句を吐きながら、マナは部室の外へ逃げる逆文を追った。残された者達は、ただ呆然とするしかない。
「転部届けを出すのはまだ間に合うから、そこのところはよく考えてねぇ」
それだけ伝えると、部長は定位置の座席へと座り、話の終わりを告げた。
「ち、ちなみに、部長」
「ん?」
「いなくなったっていう前部長って、どういう……」
「彼はね、転校しちゃったんだよ。いや本当に」
「冗談なのか分からなくて怖いんですけど」
「怖ければ辞めていいよぅ、財部。どうする?」
「……残ります」
鎬葉嘉良は部長である。
薄ら暗かろうと雑であろうと、紛れもなく彼らの部長である。