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1.賽野MeKA壱はロボットである

 賽野MeKA壱はロボットである。

 正式名称は賽野Mental Knowledge Archetype 太郎型壱式。天才科学者である陸田溝禄(どぶろく)によって作り上げられたその機構は、正しく人類の英知の結晶だ。

 一見すればどこにでもいる男子だが、本質は真逆。この世に二人、いや二機と無い、完全無欠、博覧強記、天下一品の機体なのだ。

 しかし、生みの親である溝禄博士はその正体を世間に公表していない。世界を数度引っ繰り返し足りえる発明ではあるが、それ故に軽率な行動は混乱と混沌を呼びかねない。いくら天才であっても世界相手には慎重にならざるを得なかった。

 MeKA壱自身も、搭載された超高性能中央演算装置「MeKA壱Central Processing Unit」がバージョン5.5.1に自己進化した際、彼独自に問題点を把握し、己がロボットであるという事を口外しないと判断している。

 彼は公的には溝禄博士の息子として届け出を出され、人間として育まれてきた。外的要因を取り込みながらの自己を進化させてゆく姿は、人間とは何一つ変わらない。日ごとに作り替わる体は最適化を繰り返し、人間たちと同様の成長を見せ、世間の目を欺いてきた。

 そして、2000年代初頭。物語は、超高性能中央演算装置「MeKA壱Central Processing Unit」がバージョン17.5.1に更新された日に始まる。



 ◆



 夕刻。壺ヶ堀高等学校、2-A教室。


「え、メカ壱くん今日誕生日なんだ?」


 黒板の5月1日の文字を2日に書き換えながら、MeKA壱のクラスメート、後田(うしろだ)逆文(さかふみ)は驚いたような声を出す。

 黒板消しを巧みに操り、粉の痕跡も残らぬよう磨き上げていたMeKA壱は手を止め、逆文の様子を伺った。


「なんだよう、言ってくれれば誕生日プレゼントでも用意したのに。友達甲斐の無い奴め」

「昨年の6月8日に申告した筈だが」


 口を尖らせた逆文に、MeKA壱はのっぺりとした声で指摘する。

 6月8日、つまり逆文の誕生日である。会話の流れでMeKA壱も誕生日――彼にとっては製造日――を教え、今とまったく同じ反応をしていたのは、追加記憶領域「MeKA壱E:drive」にも保存されている。

 そうだっけ? と顎に手を当てて考え込む逆文だが長くは保たず、適当に納得した様子を見せた。


「じゃあさ、じゃあさ、今からでもお祝いでパァーっとなんか食べに行こうぜ! オレ、面子集めるからさ! 駅向こうのミラノフードとかだったら、大きいケーキもあるだろ!」

「質問。何故大きいケーキを前提とする?」

「え? そりゃあ、誕生日ケーキと言ったらホールケーキじゃないと、迫力が無いじゃん。人生に誕生日なんて100回も無いんだから、インパクトは大事だよ」


 即座に、逆文の回答が「MeKA壱E:drive」内の「世俗常識」フォルダに格納される。これが他の知識と照らし合わされ有用であれば「一般常識」フォルダへと移される事になるが、逆文由来の情報が「一般常識」フォルダに移された事はこの1年の間で全くなかった。


「メカ壱くん、ミラノフードのメニューに大きいケーキがあるか知ってる?」

「――2月15日時点、イタリアンレストラン『ミラノフード』のメニューに記載されているケーキのサイズは、最大で直径15cm程度。一般的に5号サイズと呼ばれるもので、4人から6人で等分するのが妥当とされている」


 逆文の問い掛けに、まばたきほどの間もなく答えるMeKA壱。溝禄博士が夕食を作るのが面倒という理由でミラノフードに連れられており、その際のメニューを保存していた為だ。

 逆文の曖昧な質問であっても、MeKA壱自身の記憶を管轄する「MeKA壱Search Engine」によって高速の回答が可能となる。


「オッケーありがとう! じゃあ他の奴ら捕まえてくるわ!」


 手に持っていたチョークを放り出し、廊下へ出ていく逆文。残されたMeKA壱はチョークをキャッチして、日直として書かれた自分と逆文の名を明日の者へと書き直した。


 一時間後。

 イタリアンレストラン「ミラノフード」の一角には、3人と1機が座っていた。


「それじゃー、賽野メカ壱くん。誕生日おめでとー! うぇーい!」


 逆文がそう音頭を取ると、遅れて二人もおめでとう、おめでとうとパラパラ拍手をした。

 MeKA壱はその一連の様子を無言で見届け、頷き、逆文を見る。


「質問。その祝いの言葉は必要だったか?」

「ノリの悪さをオレのせいにしようとするなよお!」


 逆文の声に泣きが入る。回答としては不適格だろうと、今の発言をMeKA壱は記録しなかった。


「いやぁ、しっかし。賽野の誕生日って今日だったんだ。あれかい、絶縁シートを引き抜かれた日とかそういう?」

「俺はロボットではないしエネルギー源は単三乾電池でもボタン電池でもない」


 逆文とMeKA壱のやり取りを見ながら笑っていた鎬葉(しのぎば)嘉良(から)が嘯き、大真面目な顔でMeKA壱は否定する。

 時折、冗談めかしてMeKA壱をロボットと揶揄する者がいる。彼自身はそれを否定したいが、過度な否定は逆しまの肯定とも捉えられる可能性があるとMeKA壱は学習している。

 対抗策として、MeKA壱はこういう言葉に対して定型文的にロボットではないと宣言しながら返すと決めている。


「あー、はいはい。賽野はロボットじゃないもんなー。はいはい」


 しかし、嘉良はMeKA壱の対抗策が効いているのか判断のつかない態度を繰り返す。この奇妙な事態に対してMeKA壱は熟考を重ねているが、未だにその意図を掴みきれていない。

 もしや嘉良にはロボットであるという事が発覚してしまっているのでは? と疑った事も何度かあったが、独自判断機能である演算装置「MeKA壱Processing Unit」は彼女に対して友人として振る舞い監視を行うという判断を下している。

 そういう訳で、鎬葉嘉良はMeKA壱にとっての友人だ。


「メカ壱くんがロボットとか、そんな訳ないじゃん。ロボットってあれだろー、背中にバカでかいランドセル背負ってるようなの」


 両の腕を直角に曲げ、カクカクとお道化た様子で動かす逆文。

 十数年間、人に溶け込もうとしても未だに奇異の目で見られる事の多いMeKA壱にとって、人間である事を前提として接している逆文の存在は大きい。彼の言動の軽挙さは参考にはならないが、人間として偽装するには必要なものであると重要度を高く設定している。

 何より。彼の屈託のない笑顔は、MeKA壱には得難いものだった。

 そういう訳で、後田逆文はMeKA壱にとっての友人だ。


「けど、賽野くんって記憶力すごいし、計算早いし。パソコンみたいだなぁって思う事も……ある、かも……」

「俺はパーソナルコンピュータではないが」


 コップを両手で持ちながら、岡里(おかり)(るい)はぽつぽつと語る。濁っていく語尾に被せるようにMeKA壱が訂正を求めると、俯き気味だった顔がパッと上がった。


「あっ! も、もちろんそうだよね! パソコンなんかじゃないもんね、賽野くんは! それくらい、あー、こ、高性能? だなぁ? って……うん」


 うって変わった饒舌さで捲し立てるが、またも俯く。岡里のこういった特徴は、MeKA壱にとって非常に興味深いものだ。まるで予測が出来ない挙動は、まさしく人間というものを理解するには不可欠。サンプルとして申し分ない。

 その突拍子の無さが、MeKA壱に試験導入されている「MeKA壱Parasympathetic nerve」を優位状態にしてくれているという事実も、彼女を事細かに観察する理由の一つとなっている。

 そういう訳で、岡里累はMeKA壱にとっての友人だ。


 MeKA壱が学友として認識しているのは、この三名だけだった。

 友と言うものを理解するにはデータが足りないが、限定された友人というタグ付けをする事により、緻密な概念認識を図る為だ。

 決して。そう、決して。MeKA壱に好んで近寄っていく人間が少ないとか、クラスで避けられいるとか、周囲から一歩から四歩ほど引かれているとか、そういう問題があるせいではない。効率的なデータ収集の為である。


「おっ、ケーキが来た来た! 待ってたぜぇこの時を!」


 逆文がまるで我が事のようにはしゃぐ。そのままのテンションで立ち上がって店員を迎え入れようとするが、嘉良が押し退けどこからともなくカメラを取り出す。


「ほぅら、折角だ。良い絵面を見せておくれよ。賽野のレンズに比べればおもちゃみたいなものかもだけど、結構な仕事すると思うよ?」

「俺はロボットではないが、確かに眼球の画素数により写真を越えた鮮明さで記憶は出来る」


 大皿に載せられたケーキを前に、MeKA壱は目を見張る。端から見れば驚きからのようにも見えるが、その実は違う。眼球として組み込まれたメインカメラ「MeKA壱Image sensor」を稼働させ、光景を高画質で読み込んでいるのだ。


「じゃーロウソク立てて、火を付けて……」

「あ、そうだ。どうせだから賽野の隣に座りなよ、岡里。一緒に撮ってあげるから」

「え、あ、ぅえぇ? いやこれ、賽野くんの誕生日の写真じゃ?」

「いーからいーから、男一人の絵なんて面白くも何ともないんだから、さっさと行った行った」


 半ば押し込む形で、岡里をMeKA壱の隣へと座らせる嘉良。その顔は満足げに笑い、何故か逆文とガッツポーズを交わしている。

 MeKA壱がちらりと岡里を窺うと、いつも以上に顔は俯き、小さい体をより縮こませているのが分かった。


「不快なら口に出すべきだと邦家(ほうか)教諭も言っていたが、岡里」

「不快な訳無いよぉ!? けどなんか、お、ち、落ち着けない、というか」


 奇声に歩み寄った声を上げる岡里。不快ではない、という答えに、「MeKA壱Central Processing Unit」は検索内容の変更が必要という結論を出す。

 人はパーソナルスペースに侵入されると幾つかの行動パターンを起こす。岡里の場合は、己を変えて環境に適用しようとするのだとMeKA壱は判断していたが、これは違うらしい。であれば、何故彼女は小さくなるのか。赤い肌はロウソクの火によるものだと思われるので関係ないだろう。

 パチリパチリと組み変わる、MeKA壱の回路。思索に等しい電子の煌めきは躍り続けるが、時間はしっかりと進んでしまう。


「はぁい、それじゃあ賽野、一気に消しちゃおうか。おっと、エアーブロワーの出力は絞りなよ。飛び散ったら事だ」

「俺はロボットではないが、加減するとしよう」


 挙動が不振な岡里は追及したいが、求められれば応じる。それがロボットであるMeKA壱の基本原則に寄り添うもの。

 揺らめく灯火に適切な空気量を算出し、たっぷりと余裕を持って外気を取り込む。

 機体内にて処理された空気を排気とし、それを絞りきった排気()から速度をもって送り出す。


「――」


 連続するシャッター音が鳴る。同時に、17本あったロウソクの火は、寸分の狂いなく同時に消え去った。立ち上る細い煙が、火の魂に尾を引かせるようだった。


「……よし、オーケー。しっかり撮れたから、後で送ってあげよう、岡里」

「まずは賽野くんじゃないのそれ? なんで先に私へ言うの??」

「だぁって、顔に欲しいって書いてあるし」

「なっ、なっ、なに、なんでっ」

「ツーショットなんだから遠慮なんて要らない要らない」


 文法に則らない言葉を吐き続ける岡里。パクパクと開閉を繰り返す口に、火が無くなっても赤さを失わない肌と、異常である事は明白だ。

 更には顔に「欲しい」と書かれているとなれば――もしや。

 仮説を確かめるために、賽野の手は迅速かつ整妙に動く。痙攣にも見える震えを繰り返す岡里の顎に手を当て、その原因を触感センサーより検知を図る。より視覚的な情報を得る為に、岡里に負荷の掛からない程度の力加減で頭部ごと動かし、真正面から視界に納める。

 普段は髪に隠れている岡里の瞳が、MeKA壱の顔を映す。見開く事による高解像度撮影ではなく、目蓋を細め限定的視界で情報量を制御、細部の解析能率を上げる。視界が狭まるだけでなく、有効距離が短くなるデメリットがあるが、それはMeKA壱自身の頭を岡里へと近付ける事で解決が可能だ。


「きょっ」


 一際大きな音を立てた岡里。だがMeKA壱は、音よりも先に捉えた岡里の顔に疑問を抱く。

 何故か力が抜けきっている岡里の体を支えつつ、嘉良へと向くMeKA壱。未だに構えられているカメラからは、連続撮影の音が響いていた。


「質問。岡里累の顔には欲しいなどという文字は書かれていないと確認できるが?」


 MeKA壱の疑問に、嘉良は答えない。口を半開きにしたまま、カメラを向け続けていた。

 すすす、と逆文が近寄り、嘉良へと耳打ちをする。MeKA壱の集音機能がオンになれば、手で覆う程度の会話は容易く傍受が可能だ。


「やり過ぎたかな、累ちゃん止まっちゃってるよ」


 逆文の声に気が付いた嘉良は、ようやくカメラの音を止める。

 何か言うように口を歪ませるが、諦めたように溜め息を吐く。


「……乙女な岡里ちゃんには刺激が強すぎだよ、それは。ロボット三原則守らないとダメだぜぃ、賽野よ」

「俺はロボットではないが、三原則に違反した覚えはない 」


 MeKA壱の場合、正確に言えば三原則ではないが、それでも抵触する事は無いと判断出来る。

 いったい嘉良は何を言っているのか、と思考回路を走らせようとするが、その前に嘉良と逆文の指が同じ箇所を示す。

 即ち。いつの間にか白目を剥いて伸びていた、岡里に向かって。


 賽野MeKA壱はロボットである。

 まだ、恋も愛も知らないロボットである。


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