51.5 公爵令嬢専属侍女は決意する
私は、ついにこの時が来てしまったのかと思いました。
お嬢様が、爵位を頂き、領主になる、この時を…
お嬢様のなさっている事は、確かにこの国の発展にも繋がっているとおもうし、発明された食べ物の功績はとても大きい。
学童院にいきなり先生として通う事になっても、独創性のある授業内容で全生徒の心を鷲掴みにした事も、登校わずか2日目にして学童院の問題点を見つけ、改善法を提示しご主人様に交換条件を持ちかけた事も、更には『遊んで学ぶ』という斬新な勉強法で、子供達の学力をメキメキと伸ばした事も、何もかもが普通の人では簡単に成し遂げられないことばかり。
こういった話を聞くたび、お嬢様の生徒だったらどれほど良かったか…といつも思ってしまうのよね。
お嬢様がクラスメイトであり、先生でもある…
今の私のようにお嬢様の暴走の責任を取る必要がないので、全力のお嬢様と一緒に勉強したり、遊んだり、時々叱られたり…
はっ、想像しただけでニヤニヤしてしまったわ。
そういえば、お嬢様が学童院に通って初めて、お嬢様の苦手なものを知る事が出来ました。
お嬢様、音楽と運動がすごく苦手。
そのレベルの低さったら。
学童院に通い始めてからピアノとバイオリンの家庭教師を雇ったのだけど、両方の先生から「誠に失礼なことを申し上げますが、これ程に音楽のセンスのないお方、初めて出会いました」と言われて初日にお二方とも家庭教師を辞められてしまう程。
確かにあの音色はえげつなかったわ。
ピアノの音ですら地獄の雄叫びかとも思ってしまった。
お嬢様には楽器は厳禁ですね。
あと、授業で縄跳びをするからといって休日に1日中練習してたけど、結局一回すら跳べてなかったの。
二重跳びという跳び方を教えてもらって、実際私が1回でやって見せるとグヌヌと言っていたわ…
それほどまで運動が全く出来ないお嬢様が、陸上競技大会をすると言った時には、とても驚きました。
色々な種類の走る、跳ぶ、投げる競技を競わせると言っていたけど、縄跳びで二重綾跳という技を教わる時すごく大変だったのを思い出したわ。
だって、見本がないから言葉だけで理解しなくてはいけないいんだもの。
そんなお嬢様が、どうやって数々の競技を教えるのかしら……
よっぽど理解力のある方でないと、無理だと思うわ。
でもいたんでしょうね。
ちゃんと競技になっていた。
とても素晴らしい大会だったわ。
そして、競技を説明していたあの男性に負けた気がして、悔しかったわ…
そうそう、お嬢様ってば、南東隣の国から輸入した豆を使って、とんでもないものを作ってしまったの!
作る時は本っ当に大変だったわ…
大量の豆の皮を剥いて、その豆を砕いて、うるさい機械に入れてひたすら回して、豆のペーストと豆の絞り汁を只々ずーーーーーーっと混ぜて、それを型に入れて固まったら完成よ?
今まであまりお嬢様のお手伝いをした事がなかったけど、お嬢様はいつもあんな大変な思いをして料理を作っていたのだと思うと、よっぽど食い意地が張った人なんだなぁ、と思ってしまいました。
でも、その甲斐あって、いえ、それすら報われるあのチョコレートの美味しさったらないわ!
あれほど全神経を刺激する程の美味しい食べ物、とてもこの世のものとは思えなかったもの…
美味しさのあまり、一瞬意識を失ってしまった程よ…
でもそのチョコレートが、両手から溢れるほど沢山あったの。
しかも、時間をかける程美味しくなるって仰ったのよ、もう楽しみで仕方がなかったわっ!
お嬢様も、ご主人様と奥様にあんな事言わなければ、チョコレートをあれ程も没収されずに済んだでしょうに、フフフ…
あの時作ったコーヒーは、苦くて私の口には合わなかったけど、チョコレートを作った時に出来た粉で作ったココアという飲み物、あれはとても素晴らしい飲み物です。
仕事が終わって、一欠片のチョコレートを食べながらミルクココアを飲むあの時間が、毎日の楽しみになってるの。
でももう直ぐ、チョコレートがなくなってしまうわ…どうしましょう…
そう思っていた時に、お嬢様から取引を持ちかけられた。
「実験に失敗して実験棟の窓ガラスを壊したことを内緒にしてくれるなら、チョコレートをあげるわ。」
「馬車を勝手に分解したことを内緒にしてくれるなら、チョコレートをあげるわ。」
悪魔の取引でした。
私は公爵家にお仕えする身分、そんなことをしてはなりません。
でも、切望していたチョコレートが、手の届くところにある…
断腸の思いで、チョコレートを諦め…ることが出来なかった。
はい、私は悪魔に魂を売りました。
公爵家の前に、私はお嬢様にお仕えしているんですもの。
お嬢様のお願いなら仕方がないわよね。
そしてその悪魔は今、国王様から男爵位と海沿いの小さな男爵領を与えられています。
何やら、どうしても海の幸で作りたい食べ物があるというの。
お嬢様、もう完全にテルユキさんの事自重するつもりがないのね。
仕方がありません、私もご一緒して、海の幸で作るご馳走を頂こうじゃないですか。
だって私は、お嬢様の専属侍女ですから。





