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12.5 公爵令嬢専属侍女は頭を整理する

今先程、お嬢様の前世だと言う、テルユキ・ハラダと言う人物と話をした。


見た目は完全にお嬢様なんだけど、面影が不思議と三十代後半の男性に見えた。


そして、その人物の発した言葉は、とてもじゃないけど信じがたい内容だったのに、嫌に説得力があって納得してしまう。


現に、こちらを向いてテルユキさんとして話をしてくださったお嬢様は、今物凄い速さで本を読み漁り、見たことのない文字でメモを取っている。


そして、書庫でされていた速読という技は今よりもさらに早く、もはや常識の範疇を超えている。


更に、先日のポテチに至っては、料理をした事がないはずのお嬢様が、未知なる調理法で失敗する事なくお菓子を作り、挙句にはコック達にアドバイスをする始末。


信じる以外の道がなかった。



「お調べ物の最中に失礼致します。

再度、質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか。」


「ええ、この状態のままで良ければ構わないわ。」


ペラペラと本を読みメモを書きながら答えたお嬢様は、すでにお嬢様(フランドール)に戻っていて、異才を放つ五歳の幼女になっていた。


「お嬢様は、テルユキさんの意識と一体になる事に、不快感や嫌悪感はないのですか?」


テルユキさんの意見は色々聞けたけど、お嬢様(フランドール)の意見はまだ聞いていない。


「……全くないとは言い切れないわ。

いくら前世の自分とは言え、相手は異性で私ではない人物。

着替えや湯浴み、お手洗なんか恥ずかしくて仕方ないもの。」


そこは私も懸念してた。


いくら幼いとはいえ、お嬢様は女性。


しかも、お嬢様は知識や言動だけでなく、精神的にも成長が早い。


卑猥な目でお嬢様を見ていると思うと、憎悪でいっぱいになる。


「ただ、テルユキは私の見た目より考え方の方が興味があるみたい。

それ以上に、この世界のことの方がよっぽど気になるみたいよ。

あちらの世界になかった文化や歴史、魔法についての知識と、こちらの世界にない物をどう再現するかで頭がいっぱいなの。」


なん……だと……?


お嬢様にあまり興味がないですって?


こんなに可愛くて美しくて優しくて知的で素敵なお嬢様より、お互いの世界のギャップなんかの方が気になるだなんて!


それはそれで無性に腹が立つわ。


「それにね、私自身、この状態を結構楽しんでるの。

初めは、彼の人生か、はたまた私のどちらかが夢だと思ったんだけど、前世のテルユキも今の(フランドール)もどちらも本物で、二人とも実在しているの。

現に、こんなに非常識なことが現実で起こせちゃうんだもの。

テルユキが日本に多くの事をやり残して心残りがあるって事には複雑な気持ちもあるけど、私はテルユキの37年間の情報を知ることが出来てとても嬉しいわ。」


お互いの利害が一致してるなんて、本当に似たもの同士の二人なのね。


私も複雑な気持ちだわ。


「テルユキさんが仰ってましたが、お嬢様もあちらの世界の物をこの世界で再現したいと思いますか?」


「当たり前じゃない!

ニホンは本当に素晴らしい国よ。

魔法がなくても、科学の力で文明はこの世界よりうんと発展してるし、食べ物だって美味しいものが安価で誰でも手軽に食べられるわ。

私も、美味しい食べ物や便利な物で溢れた世界に住んでみたいもの。」




お嬢様の考え方は、日に日に旦那様に似てきたと思っている。


領主である旦那様は、領民の生活を常に考えていらっしゃる。


学童院を創立され、子供たちに読み書きや計算、マナーなどを教える環境を創られた。


領内での犯罪奴隷以外の奴隷を禁止し、孤児の里親探しを斡旋している。


かく言う私も、八歳の時にこのお屋敷の使用人として引き取られた元孤児のひとり。


養子にこそならなかったものの、奴隷のような扱いをされた事なんて一度もなく、一従業員としてご指導いただき、時には我が子のように労ってくださる。


厚かましいけど、親を知らない私には、旦那様は父親のように思えた。


いつだって「大切な人の幸せ」を願っていらっしゃる。


そしてそれはお嬢様も同じ。


自分が着れなくなった服や使わなくなった玩具は、孤児院の子供たちにお与えになってていらっしゃる。


読み書きの出来ない同年代の子供達に、字を教えて差し上げる事もある。


私に対してもそうだ。


お嬢様の身の回りのお世話は私の仕事であり当然の行いなのに、何かする度いつも「ありがとう」と感謝の言葉を掛けて、慕ってくださる。


美しくて、賢くて、優しくて、愛おしいお嬢様。


だからこそ、テルユキさん(前世の記憶)と一体になってしまったと聞いた時、とても不安だった。


お嬢様が、お嬢様(フランドール)でなくなってしまうのではないか。


大切な大切なお嬢様がいなくなってしまうのではないか。


身の毛もよだつ想像を考えただけで、気が狂いそうになる。


でも、それもただの取り越し苦労だったようね。


当の本人たち、とりわけお嬢様が楽しそうにしていらっしゃるし。


そして今まさに、本の山の最後の一冊を読み終えたお嬢様は、とても嬉しそうだった。


「やっぱり速読って便利ね。

短時間でこんなにも多くの情報を得ることが出来るんだもの。

ねぇリッカ、書庫に戻って本を再調達するから、手伝ってくれる?」


……この方達の探究心は(とど)まる事を知らないようだわ。


「かしこまりました。」


今の私に出来ることは、昼食を取ることすら忘れてしまいそうなお嬢様(お二人)のブレーキ役になる事ね。


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