黒崎家
ニャルの家を追い出された僕は、近くの公園に来た。広い芝生で体育座りをして、これからどうしようかと考える。
行くあてはない。
食べる物も、お金もない。
あるのは拾った物を集めたボックスだけだ。
どうしたらいいのか分からず、ただ時間だけがすぎていく。
来た時は昼間だったが、やがて夕方になり、日が暮れて夜になった。
人間たちは徐々に帰っていき、最後には僕一人になっていた。
季節は春だとはいえ、夜なので流石に冷えてきた。このまま野宿するのは避けたい。
とりあえず、風くらいはしのげる場所に移動しよう。
そう思って、歩き出した。
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目的地もなく適当に歩き始めてから、約一時間。
街灯りを目指して、大通りを抜けると商店街が見えてきた。小洒落た石畳の路地には、きらびやかなレストランやカフェが立ち並んでいる。しかし、とてもじゃないが、一文無しの僕を受け入れてくれるような気配はなかった。
商店街を抜け、坂道を登っていく。上ったり、下ったりでこの辺りは坂が多い。
徐々に店舗は減り、昔ながらの住宅街に入っていく。
目的地はないのにも関わらず、なんとなく導かれるような足取りで歩いていくと、一軒の民家に辿り着いた。大都会東京の一角にあるにしては、広く大きな家のようだ。ニャルの部屋が五十個くらい入りそう。
石造りの高い塀に囲まれた雑木林の傍を歩いていくと、瓦屋根のついた木造の趣のある門に行き着く。表札には、黒崎と書かれている。
黒崎さんちからは、とても魅惑的で甘美な気配を感じる。僕はその気配に惹かれて、たまらず門を開けて中に入った。
ふと中に入る前に足元に目をやると、門の周りで黒い影のような物が蠢いていた。それは人間ではなく、人間の世界に日常的にいるような動物とも違う。人間の言葉を借りて強いて呼ぶならば、オバケという感じだった。
オバケたちは、門から中には入らない。中から溢れ出る気配に興味を持ちながらも、足を踏み入れることができないと言った感じで蠢いている。
勝手に入ると、不法侵入になるからだろうか。
僕も勝手に入ったことがバレたら不法侵入で警察に捕まってしまうかもしれない。しかし、中から感じる甘美な気配に抗うことができず、ついつい中に入ってしまった。
「こんばんはー……」
一応、声をかけながら中に入る。
……挨拶はマナーだと、本にも書いてあったから。