アザトース、人間に転生する
万物の王である盲目にして白痴の王、アザトース。
世界の全てはアザトースの見ている夢であり、その目覚めは世界の崩壊である。
ある時、僕は夢現に思った。
目覚めただけで世界が崩壊するとか酷すぎる。
アザトースにも自由と人権を!
「だったら、人間にでもなってみるかい?」
そう言ったのは、部下のニャルラトテップだった。
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「というわけで、超有能な部下であるこの僕ニャルラトテップが、世界が崩壊しない方法でアザトースさんを目覚めさせてあげたよ」
得意げに言うニャルラトテップの言葉を、僕はぼんやりと聞いていた。自分で超有能とか言ってしまうあたり、ニャルは自信過剰だ。
恐る恐る、目を開ける。
白くて殺風景な部屋に、ベッドが一つ。僕はそこに横たわっていた。
重たい体を動かして、手を目の前に掲げる。指が五本。これ、知ってる。確か、人間の手だ。
目の前にいるのは、人間の男。
人から好感を持たれる美しい容姿をした好青年だ。しかし、なんとなく美しいと感じるのに、目を瞑ればすぐに顔を忘れてしまう。印象に残らないという次元ではない。まるで目の前の男には最初から顔などなかったかのように、すっかり忘れてしまう。
これが、ニャルのようだ。
顔がない故に千もの異なる顕現を持ち、特定の眷属を持たず、狂気と混乱をもたらすために自ら暗躍する。ニャルは確か、そんな神だったと思う。
だから、顔がないように感じるのだろう。
「今日から君は人間の男だ。身長、体重、筋力、素早さ、耐久、容姿の美しさ、全てが平均的なね。髪は長くしておいたから、あとで好きに整えるといい」
ニャルは楽しげに説明して、僕に鏡を見せた。
そこには、中肉中背で普通としか形容しようがない、全裸の男がいた。これが僕か。
「まぁ要するに、昨今流行りの転生だよ。アザトースが人間に転生した件について!」
なるほど。人間の世界では、転生が流行りなのか。
人間も色んなものに転生してるのかもしれないな。僕と同じで。
「さて、人間になった気分はどうだい?」
ーーなかなか悪くない。
そう言おうとした。
「ぼええええええぇぇぇぇ」
口から飛び出したのは、この世の物とは思えない奇声だった。
え。これ僕の声?
「ひどい声だな。とりあえず、まずは発声を覚えようか」
ニャルはケラケラと人を馬鹿にしたような笑い声をあげながら言う。
「とりあえず本でも音読してみなよ。人間生活の勉強にもなるし、発声練習にもなるし、一石二鳥だよ。何かわからないことがあったら、僕を呼ぶこと。一応、人間生活の先輩だからね。ニャルって言えるかい?」
「ぎ、ぎゃ、びゃ、じゃ……」
い、言えない……!
にゃ、が出ない!
「じゃる……」
「うん、それだと別のが来ちゃうね」
ニャルはまた人を馬鹿にしたように、腹を抱えて笑っていた。