表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

反射神経を手に入れた

作者: 片隅千尋

 こんな幸運があるだろうか。

 世界最先端の『反射神経』のベータユーザに選ばれたのだ。

 数万分の1とも言われた抽選だったが、幸運の女神が微笑んだらしい。


 『反射神経』が販売されるようになってもう10年。

 『反射神経』は、全市民が装着しているブレイン・アシスト・デバイスにインストールして使用する。

 インストールされた『反射神経』は、その名の通り、『反射神経』ごとに決められた一定の条件が満たされると発動し、使用者が意志せずとも使用者の身体を自動で動作させるのだ。

 例えば、自宅の扉を開けて「会社へ行く」とつぶやいただけで発動して会社まで通勤してくれる『反射神経/通勤』や、帰宅して「ごはん」と言っただけで料理して盛り付けしてご飯を食べるところまで自動でしてくれる『反射神経/晩御飯』などがある。

 『反射神経』が動作している間、使用者は傍観していても勝手に作業がこなされる。

 別のことを考えていてもいいし、網膜ディスプレイに動画を映して見ていても良い。

 もちろん安全のため『反射神経』による動作は使用者が意志すればいつでも中断させることができるようになっている。


 ただし、便利で高機能な『反射神経』は、その分高価だ。

 生活をぐっと楽にしてくれる『反射神経』が欲しくても、俺のような庶民は指をくわえて見ていることしかできない。

 いや、できなかった、と言うべきか。

 俺はもはや、最高級の『反射神経』を手に入れたのだから。


 俺は梱包を開封し、小さなデータチップを取り出し、コメカミのスロットに差し込んだ。

 網膜ディスプレーに映し出された「『反射神経/実験機/仕事』をインストールしますか?」というポップアップに、「イエス」という意志を送る。

 インストールは即座に完了した。

 『反射神経/実験機/仕事』が自動で脳内データのサーチを開始する。

 この『反射神経』の機能は、普段している仕事の完全なる自動化だ。

 俺は単なる会社員だから、『反射神経』で処理できないような高度な政治的・倫理的判断は必要ない。

 この『反射神経』をインストールしたことで、俺はもう一生仕事から解放されるのだ。

 ホワイトカラーの仕事を全体的に処理できる『反射神経』はこれまで開発されていなかった。

 ようやく実験機ということで実用化されたものの、家が建てられるほどの値段が付いていた。

 一人ひとりの状況に合わせてチューニングする必要があり、その手間ヒマがかかるため、らしい。

 しかし開発企業からすると、不特定多数の人にインストールしてもらわないとデータが集まらず、開発が進まない。そこで、この実験用の『反射神経』をインストールする人間が一般公募されたのだ。

 そしては俺は当選した。

 明日からもう仕事はしなくてよいのだ。俺は『反射神経』の仕事ぶりを見ているだけでいい。

 月曜日が待ち遠しいだなんて、働き始めてから初めてのことだった。


 最初の二、三日は『反射神経』の仕事ぶりを眺めていたが、すぐに飽きた。

 完璧で、そつがない。俺がやるよりもずっと安定した仕事のやり方だった。

 『反射神経』が操る身体が仕事している間、俺は好きな映画やアニメを見るようになった。

 もう仕事のことを考える必要はなくなったのだ。


 数ヶ月の天国のような日々がすぎ、ある日ふと預金通帳データを見た俺は愕然とした。

 人並みだった給料の振込額が、十分の一まで減少していたのだ。

 すぐに会社に問い合わせた。回答はこうだ。

 ――『反射神経』で仕事をする人々が激増したため、給料を下げても働き手が来るようになった。よって給料を下げた。一ヶ月前にすでに通知済みですよ――

 もう会社からのメールはおろか、ニュースすら全く見なくなっていた俺は気づいていなかったが、『反射神経/実験機/仕事』は一般公募の人々から集めた実稼働データにより飛躍的に進歩し、コストも大幅に下げることができたという。今では、正式版の『反射神経/仕事』として、アルバイト一日分の給料でも買える値段となっていた。

 俺の幸運は、わずか数ヶ月の寿命だったというわけだ。

 いまはまだかろうじて給料をもらえているが、そのうち一円ももらえなくなるだろう。

 『反射神経』でこなせるような仕事に給料を払うような脳天気な企業がこの時代生き残れるわけがない。

 『反射神経』で稼げないとなると、再び自分の力で働くか?

 だが『反射神経』の処理能力はすでに俺を上回っていた。『反射神経』ですら稼げない時代に、俺の実力に対してお金を払ってくれるわけがない。

 じゃあ――このさき、どうやって生きていけばいいんだ?

 途方に暮れた俺の目に、ひとつの広告が飛び込んできた。


 「ベータユーザ公募! 『反射神経/実験機/人生』、ついにベータ版リリース! 抽選で百名様に試用体験!」


 幸運の女神は、まだ俺を見放していないようだ。

 俺は反射的に広告をクリックした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ