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2 AIが機械でないことを証明せよ。

 カランカラン。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 落ち着いたジャズが流れる洒落たカフェ。

 木造自体珍しかったが内装まで木に拘っており、出迎えてくれた初老の店主は良い趣味を持ったAIだと感じた。

 俺たちは広い店内の隅のテーブルへと腰を落ち着ける。テーブルや椅子の手触りからして本物の木であることを再認識した。さっき雨之瀬が言った“何でかはわからないけど良い物”とはこういうことを指すのだろう。


 店主が注文を聞くと雨之瀬はアイスコーヒーをすぐに頼んだ。慣れた言い方を見て、何度か来たことがあるのだろうかと感じた。俺はメニューを見るのも面倒だったので「同じのをお願いします」と適当に合わせた。


「さて」


 話を切り出したのは雨之瀬の方であった。

 講演会が終わると同時に深い眠りから目覚めた俺は雨之瀬に歩いて10分程の距離にあったこの店へと無言で連行されたわけである。さてさて、どんなお話が待っているのか。


「面と向かって自己紹介してなかったよね。改めて雨之瀬しずく、紅高校2年B組。よろしく」


 さっきとは別人のように好意的な挨拶だった。俺もここぞとばかり汚名を返上しようと真面目に自己紹介をする。会話を弾ませて、少しでも仲良くなろうと心掛けた。


「影宮悠。紅高校2年A組。雨之瀬は俺とは面識ないよな?」


 講演の時に送られてきたメールがあまりにも早かったのが気になった。しかしそれに関しては自己解決してしまったのである。


「姿くらいは見たことあるんじゃない?」


 その通り、姿どころか俺は「雨之瀬しずく」という名前を記憶の片隅に居座らせていたのである。


「紅高校の生徒会長だもんなぁ」


 なんと生徒会長様であったことを俺は今さっき思い出したのであった! どっかで見たことあるなと悩んでいたが、寝て起きたころには自然と思い出していたのであった。睡眠は偉大である。


「そ。ちょっとツテがあって影宮悠について色々教えてもらったの」


 誰だ、俺の個人情報をダラダラと話した奴は。


「意外に真面目なんだね、影宮君。周りの人からの評価は高いし、先生方からも信頼されているみたい」


 どうやら俺が寝ている間に独自の情報網を駆使して調べまわっていたようだ。相手が友好的に話してくれているのだから、こっちもさっきの一件は忘れて素直に話してみよう。


「そりゃどうも。雨之瀬も評判は聞いている。才色兼備のスーパー女子高生が生徒会長って程度には」


 決してお世辞ではない。成績優秀、容姿端麗。男子生徒ならぜひともお近づきになりたい気持ちは少なからずあったはずだ。


「過大評価だよ。私は普通の女子高生……。実際、あの講演会の時に私は言葉を詰まらせつつあったしね」


「ああ、あれは悪かった。意地を張っていたのを謝る。なんか……あれだ。講演会暇すぎてな! 誰かと話したくなっただけだ!」


 照れ隠しが入ってしまい、小学生でもわかるような嘘をついた。ただ雨之瀬に対しての謝罪の気持ちは本当だ。


「ほんとー? ……でも、参考になる意見だったよ。プログラムによって擬似的に人間を表現できる、って確かにその通りだと思った」


「でも心の中じゃ本当に納得してないだろ? それは俺も同じだ」


「え?」


「もやもやー!っとしたものがあるはずだ。擬似的に人間を表現しているのであれば、それはすでに十分人間としての役割を持っている。内面ばかりの話をしたが、傍から見れば違いなんてわからないはずだからAIと人間の境界はほぼないと思うな」


 自分の意見に自分で意見をしているのだから、俺はどうしようもない優柔不断野郎なのであろう。

 雨之瀬はキョトンとして俺を数秒間見つめた。

 そこに空気を読まない店主がズカズカとアイスコーヒーを運んできてくれた。タイミングはあまりよくなかったが、雨之瀬は少し考える時間を得ただろう。

 店主は機械的に一通りの接客を終えると一礼して再びカウンターへと戻っていった。


「えっと、影宮君はどっちでもいいってこと?」


 困惑の表情を見せる雨之瀬の反応は至って正常である。俺の言っている事の方がおかしいのだ。

 ブラックのまま口へと流し込んだところで、ミルクと砂糖を入れるべきであったと思った。しかし家で飲むインスタントとはまるで違い、とても美味しい。ただ、熱かった。


「あっち……あ、ああ。それにプログラムによって疑似的に表現できるのはAIではなく人工無能と言うべきだしな。まぁどっちも一理あると思っているぞ、俺は。外面的には人間として見ることができるし、内面的には人間かどうか判断しかねると俺は考えている。雨之瀬はどうなんだ? やっぱり人間だと思うのか」


「そう……かな。人間だと思いたい。彼らは私たちを支えてくれる存在、教師にしろ、店員にしろ、みんなの助けが在ってこその生活があるじゃない? 彼らが私たちとは違うモノとは思いたくないなぁ……なんて」


 あまり自信がないようだ。彼女が主張は最もであるし、講演会の時だってしっかりとした意見を持っていた。そうだというのに、雨之瀬はどこか、不安げである。


 アイスコーヒーを啜っている彼女の目はコーヒーカップの中ではなく、どこか遠くを見ているようだった。俺は気の利いた冗談も思い浮かばなかったので、自分が昔考えたことをそのままぶつけてみた。


「そうだな……雨之瀬は何故店員が未だに存在しているのか、を考えたことはあるか?」


「どういうこと?」


「店は無人で十分ということだ。高校の学食やコンビニは無人だが、こういう洒落た喫茶店やファッション関連の店には未だ“店員”なるモノが存在する。代金は退店と同時に自動で引き落とされるわけだから、必要ないだろ?」


「うんと~サービス業って奴じゃないの?」


「その通り。学食では料理を頼み、自動で調理されたものが出てきたら、テーブルに持って行く。喫茶店では店員が注文を聞き、料理を持ってきてくれる。前者は安い、味気ないといった印象を持ち、後者は自分が客であり、店員に対価を払いサービスしてもらうことで優越感に浸る。機械的なサービスと人間的なサービスで完全に差別化ができている。しかし、実際はどちらもAIであるわけだ」


「あ、そっか! 店員が人間じゃない、ただの機械だったら別にサービスを受けてるって気がしないし、逆に人間の形を成してるAIだからこそサービスの実感が得られる……店員が存在する前提として、AIが人間としての役割を担っているということだよね!?」


「そうそう。俺たちは無意識に、常識としてAIを人間として認識しているんだ。だから雨之瀬の違うモノとは思いたくないって気持ちは当たり前だ」


「ああ~そっか! なんかスッキリした。ありがとう」


「まぁ誰もAIがまったく別の存在とは思ってないだろうさ。非人間を主張するとしてもな。あくまでこの議論はバカ正直に人間だ人間じゃないだを決めるものじゃなくて、哲学の一つとして心にとどめておくレベルの話だ。深刻に受け止めることじゃない」


「うん、わかってる。影宮君、すごく真面目に話してくれるからつい本気になっちゃったよ」


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