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1 AIが人間であることを証明せよ。

 夏休みである。


 いち高校生として家でダラダラしたり、友達と遊んだりと青春時代を謳歌したいところではあった。しかし夏休み前の俺は何を思い立ったのか、将来のことを考え始めていたようで謎の意識の高さを披露してしまったのである。


「えーこのようにAIは有機AIと無機AIと分類され……」


 何故お前はAIの講演会なんぞに申し込んでしまったのか。

 恨むぞ、1か月前の俺よ。高校2年生になってそろそろ進路やらなんやらを決めないといけないのはわかるが、こんなことで貴重な高校時代の夏休みを浪費してしまっていいのか?

 バカ! 良いわけないだろ!

 しかしAIに興味がないわけではない。寧ろあって当然なのだ。主に倫理政経、歴史など社会の授業では綿密に絡んでいるため否が応でも頭の中に入ってくるのだ。


「それまで無機AIのみの時代でしたが、突如として有機AIが台頭してきました。プログラミングされたことに基づき演算を得意とする無機AIと、生物のように自己進化し続ける有機AIの差は広がるばかりで……」


 講演会が始まって未だ10分程度しか経っていないのだが、早々に俺の魂は真夏の道路を冷やす打ち水が如く霧散しかけていた。

 こんなことは高校で、いや小学校でも習うレベルの話だ。今更過ぎることである。


「数年足らずで有機AIは人間と然程変わらないレベルまで成長を遂げ、今となってはみなさんを教育する側として活躍しています。一方で無機AIは国や都市の管理をまかせており……」


 俺は目を閉じて配布された資料に目を通した。網膜上に映し出されているデータは半分以上が教科書に載っているようなことばかりである。しばらくはこれといって参考になることはないだろうと思い、視界から資料をタスクバーへと戻した。


「さてAI、ここでは有機AIのことを指すことにします。我々AIが人間と変わらないほどまで成長したのであれば、それはすでに人間ではないのか? という疑問が当然浮かんでくるわけです」


 AIその物である講師が自分は人間ではないか、と人間に投げかける図は何度も見てきたことだった。これは小中高いつになってもよく話し合う議題の一つだ。成長するにつれて変わる価値観に気づくことになる。


「AIは人間の身体を手に入れたことで現在は完全に人間生活へ混ざっています。あなた方の場合は大人という存在全てがAIに当たるわけです。このジオフロントにおいて18歳以下の者とAIだけが人としての生活を営んでいるのは既知の事実です」


 大人は地上へ、子どもは地下で。


「これらを踏まえた上で我々AIが人間であると思う方、手を上げてください」


 見渡した限り、挙手をしている人は大体半分ってところだった。


 一般的に小学校では人間と言う意見を持つ奴が多く、中学校はその逆。高校は半々っていうのが相場だ。小学生にAI云々の小難しい話は分かりえない。ただこういう議論があるというのを念頭に置いておくって意味合いがあるそうだ。中学生にもなれば世間のことについて興味を持ち始め、同時に社会への反抗心も目立つ。教師(AI)に不信感を抱くのだ。そういうお年頃である。高校生は一部を除けば自分の価値観もしっかり基礎ができ始めている。人間であれ非人間であれ、どっちでもいいと思う奴もいれば偏った思想を持つ奴と様々だ。


「では手を挙げたあなた方に私は聞きたいです。何故そう思ったか。意見のある人はそのまま手を挙げていてください」


 ほぼ全ての人がそのまま手を挙げ続けていた。まぁこんな講演会に来るような奴らだ。意見を言いたくて仕方ない物好きしかいないのだろう。


「じゃああなた。お願いします」


 講師が指した先は俺の隣に座っていた一人の女生徒であった。長い水色の髪を真っ白なリボンで高い位置に両結びにしている。スラっとした白い腕を姿勢よく上げていた。

 彼女は立ち上がってから数秒間を置いて口を開けた。恐らくこの部屋のスピーカーにコネクトしているのだろう。


「紅高校2年、雨之瀬(あまのせ)しずくです」


 天井のスピーカーから澄んだ声が響く。


「私がAIは人間だと思う理由として、人間と言うか生き物の明確な定義を自分なりに持っています。それは愛情です。先生方を例に挙げても、趣味や好みは様々で話が合う生徒、合わない生徒がいるとおっしゃってました。AIと人間の交際は実際あったと聞きますし、何かを大切だと思う心や特別だと思えることは生き物にしか持ちえないことだと思います。ただ、一般的に言う人間しか持ちえない理性やアイデンティティの確立なども理由の一つです」


 スピーカーを通して教室全体に響き渡った声は非常に説得力があった。自分の意見と模範解答を両方答えてくれたので講師は満足げな表情を浮かべた。


「雨之瀬さんありがとうございました。良い答えを出してくれました。理性やアイデンティティはよく挙げられる一例ですが、愛情というのは良い例だと思います。これに対して反論がある人はいますか?」


 教室は静まり返っていた。見知った教室ならまだしも、こういった不特定多数の者が集まった場では反論は言いにくいものである。

 だが俺はそんな遠慮も知らず、図々しくも頭の中に反論がPONと思い浮かんでしまったのであった。どちらかに偏るつもりはなかったが、ちょっとした興味本位で意見を述べるため手を挙げた。


「雨之瀬さんの隣の君、お願いします」


 雨之瀬と同じようにスピーカーへとコネクトをした。タスクバーから資料を取り出し、視界に表示する。


「同じく紅高校2年、影宮悠(かげみやゆう)です。愛情という意見について。AIは無機であれ有機であれ、判断という思考を持っています。愛情は擬似的に表現することが可能と思っていて、大切にする心や特別だと思うことに関してはAIがその事や物に対して重要であると判断した、という結果に基づいての行動だと考えられます。あくまでこれらは優劣を考えた機械的な判断であり、それが疑似的な愛情を作り出しているのだと思いました。なので人間とは別物だと感じます」


 ドスッと勢いよく座る。「ふぅ」と若干満足気な表情を浮かべている俺の隣には、メラメラと燃え滾った瞳で睨みつける雨之瀬しずくの姿があった。

 大討論会の開始である。


「人間の愛情だって優劣を考えた判断に基づいています! 大切だと思うことは損得の実用性だけじゃない、人間自身ですら説明できない“何でかはわからないけど良い物”というのがあります」


「それなら有機AIである必要すらない。無機AIでも可能だ。“何でかはわからないけど良い物”と曖昧に人間は思うが、AIは明確に良い物と定義しているのであれば何ら問題はない。実用性だけではなく、芸術や価値観をもプログラムによって生み出しているならば、表面上では人間もAIも“良い物”と判断されてはいるが、実際は様々な視点から考察し優劣を決定しただけで、人間の愛情とはかけ離れたものになると思われる」


「処理の過程は人間も一緒だと思います! 自分の中にある、自分では完全に理解していない相対的な価値観の基準で良し悪しを判断してます!」


「自分では完全に理解していないってのが肝だ。生物にはそれが理解できないものだが、AIは機械的で明確な基準を理解している可能性が…」


「はいはい二人ともストップ! あんまり熱くなりすぎないで」


 大討論会はわずか数分で終わってしまった。

 雨之瀬は納得のいかない顔であったが、そそくさと引き下がってくれた。彼女の器の大きさに感謝しつつ、こんな戯言がスラスラと口から発せられる自分は嫌な奴だと自覚した。


「さて、影宮君が言ってくれたことは非人間的であると思う人たちの意見と概ね一致するでしょう。我々はあくまでプログラミングによって決定や形成されている擬似人格であると。理性やアイデンティティに対してもこれは言えますね」


 講師は俺の言い分を簡単にまとめてくれた。これだけの判断能力、理解力を持ち合わせ、空気を読むこともできてしまう彼らを、人間と認めてしまっても良いような気もする。自分の中ではこの議論は未だ弥次郎兵衛のような状態だ。どちらも一理あると思ってしまう。


「私自身、影宮君が言ったようなプログラムによって判断しているかどうかは正直わかりません。それは我々を創った人だけが知っています。AIである私が私は人間ですとは言うことができません。当然私なりに思うところはありますが。今後もこの議論は続くと思いますが、明確な答えは出ずともあなた方にとっては有意義な議論となるでしょう。では次に……」


 適当にまとめて次の話へ移ろうとしていた。ま、こんなのは誰もがやることなのだから確認程度だったのだろう。


『メールガ届キマシタ。差出人、アマノセシズク。内容ヲ再生シマスカ?』


 脳内にある無機AIからの通知であった。当然音声は俺にしか聞こえない。が、隣からトントンと机を指でたたく音がさっきから届いていた。俺の名前からアドレスを特定したのか? 読むのは怖いのでAIに朗読をお願いしてもらった。


『講演会終ワッタラ少シ時間ヲ取ラセテクダサイ』


 はぁ~っと、あからさまに、わざとらしく、隣に聞こえるようなため息をついた。頭を掻いて数秒。隣からはじっとりとした視線がコメカミを貫通しかねん程に突き刺さってくる。

前言撤回。彼女は決して器の大きな人物ではなかった。というより負けず嫌いなのか。

とにかく数分前の自分は何故こんなことに首を突っ込んでしまったのか、小一時間問い詰めたい。自分の考えをひけらかす場であったにしろ、もっと言い方があっただろうに。


 人生後悔してばかりだ。


 結局、俺はその強烈な視線に耐えられず、残り90分程机に伏して講演会を終えるのであった。


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