七歳の少年の冒険。
パパとママはさーちゃんに甘い。ぼくはそう思っている。絶対そうだ。
さーちゃんはぼくの妹で4歳の幼稚園生。ぼくは7歳で小学1年生。ちょうど3歳差の兄妹。そりゃあ年齢が違うから、あたりだってキツくなるのはわかる。でも。それを差し引いたとしても、なんというのかな、ママやパパからの怒られ方や態度なんかが全然違う気がする。ママやパパは同じだと言うかもしれないけど、怒られる身からすれば絶対に違う。
ほら、学校で習った言い方をすればあれだ。差別。いじめ。いや違うな。なんだっけ。不公平ってやつか。同じことをしても、絶対にぼくのほうがキツく叱られる。喧嘩の原因が明らかにさーちゃんだとしても「お兄ちゃんだから」と我慢させられる。不公平だ。絶対に。だって一日中ほぼほぼ怒られて過ごしている気がするもの。辞書で調べたら、こういう状況を冤罪って言うらしい。きみ知ってた? ぼく今度パパとママに言ってやろうと思うんだ。
学校の帰り道、今までのことをいろいろ思い返していたらむしゃくしゃしてきた。とてもじゃないけど、遊びながら帰る気になれなかった。戦隊モノのヒーローがどうのこうの言う同級生を無視して「ただいま」と玄関のドアを開けたとき、ずいぶん険しい表情をしていたのだろう。迎えに出たママに「どうしたの? 学校でなにか嫌なことでもあった?」と聞かれた。だからぼくは言ってやったんだ。
「えんざい」
「え?」
「だっておかしいもの」
「なに? 友達のこと?」
「さーちゃんとぼく」
「なんの話?」
すでに雲行きがあやしい。いつもママは、ぼくの話がよくわからないと言って、すぐ怒り出す。主語が抜けているからなんの話かよくわからないって。しょうがないだろ。ぼくは考えるのは得意だけど、話すのはまだまだ苦手なんだ。
「ケンカしても、なにしても、いつも怒られるのはぼく。さーちゃんは怒られない。不公平だ」
このやるせない立場である不満を渾身の丈で訴えた。
「そうかしら」
「そうだよ! パパだってそうだ!」
このとき、パパは仕事で家にいなかった。
「気のせいじゃない?」
ママはすっとぼける。
オトナはホントに都合がいい。ぼくがママとパパが許せないのは、こういうところなんだ。きみにもわかるだろう? 今日こそは、きちんと返事が欲しい。ぼくがそんなふうに、カッカと頭に血をのぼらせたとき、
「パパはねー、さーちゃんのこと、だいすきだから」
いきなり、話をへし折って、さーちゃんがしたり顔で返事をした。さーちゃんはママの隣に座っておかしをむしゃむしゃ食べながら、ぼくとママの話を聞いていたんだ。いつも急に話に割り込んでくる。ホント生意気なやつだ。
「しょうがないパパね」
さーちゃんはさらりと言った。まるいフォルムの小さな身体から想像できない大人びた物言い。それにつられたママは笑って、なんとなく話は終わってしまった。なんなんだ。いったい。いつもこうだ。あいつは勝手に割り込んできて、結局いつも自分の話にしてしまう。
ぼくがガツンとなにか言ってやろうとしていたら、
「そんなことより宿題は?」と、ママ。
「え?」
「しゅ・く・だ・い!」
「……まだ」
「はやくしなさい。晩御飯を食べたら、見たい番組があるんでしょ」
「うん」
「だったらはやくしなさい」
「わかってるよ!」
「いっつも取り掛かるのが遅いのよ。毎日言ってますけど」
宿題をやらなければならないのはわかってる。十分承知の助だ。今からやろうと思っていたんだ。先に言われたらやる気をなくすだろ。
「ホント、しょーたはダメだね。おこられてばっかり」
と、さーちゃんは言った。最近ママの口癖をまねるんだ。兄のことを平気で呼び捨てにするし。あまりに腹が立ったから、ママが見ていない隙に、グーで頭をぽかりと殴ってやった。
「いたああい。しょーたが、たたいた」
さーちゃんは盛大に泣き出した。うぉんうぉんと泣いて、ママに言いつけた。「なんで叩いたの?」「生意気なんだよ」「だからって妹に手を出したらダメでしょ!」「強くたたいてないよ。軽くだよ」「まださくらは小さいの」「だって」「だってじゃない。あんたが力を入れてなくても痛いこともあるの!」ホントにうちの子は、なんでいっつも喧嘩するのかとママは怒る。毎日毎日同じやりとりだ。