〜罪、その少し前〜
小学校に入学した年、僕は父から小さなノートを貰った。
「ほら、お前も小学校に入ったんだし字の練習だと思って毎日日記をつけてごらんよ。」
父さんはそう言って僕に日記を手渡し、僕の頭を撫でた。
「あ、それとだ。くれぐれも三日坊主になるんじゃないぞ?」
あの日から日記をつけることが僕の日課になった。
例え宿題はサボっても、日記だけは欠かさずつけた。亡くなってしまったお父さんとの約束だから。毎日欠かさず三日坊主にならないように。
それに日記は意外と楽しい。楽しい事を書けば日記を読み返したときに思い出せるし、たとえ悲しいことや辛い事を書くとしても、‘書く’という行為だけでも少は気晴らしになる。
ただ…最近の日記は楽しい事なんて無いに等しい。
僕は母さんの幸せを願ってた筈だ。なのに、母さんが新しい父さんと再婚してから僕の居場所がなくなったように感じる。母さんの幸せで、僕の居場所がなくなってもそれは本望のはずだ。なのに、僕は、僕は――。
○月○日
今日は高校の大学入試模擬テストがあった。分からない問題が多くて、きっと結果は悪いと思う。まだ高校1年生だし、落ち込む必要は無いと思うけど、僕は早く自立してこの家から出て行きたい。
○月○日
学校で二者面談のプリントが渡された。母さんと父さんに見せないと。だけど2人の間には入りづらい。子供のことなんてまるで見えてないみたいだ。どうしよう。
○月○日
土曜日。特にすることもなく一日が終わろうとしている。父さんと母さんは二人でどこかに出掛けたまま帰ってこない。僕と誠司で家で留守番。誠司は自分の部屋で遊んでいるみたいだ。誠司は何も思わないのだろうか。こんなに親を恋しがる僕はどうかしているのだろうか。僕は母さんの幸せを願ってきたはずなのに、最近分からない。
○月○日
日曜日。母さんと父さんは今日の夜になってやっと帰ってきた。僕と弟の事なんかどうでもいいみたいだ。今日も僕が夕飯を作るはめになった。僕と弟の二人分。両親は僕たちのことなんて忘れてしまったのだろうか。
○月○日
最近は色々と納得できない。優しかった昔の母は居ない気がする。再婚する前の方がきっと楽しい毎日だった。いや、再婚してからすぐも楽しい生活だった。父も母もとても優しかった。やっぱり家族は全員揃ってないと、とあの頃はそう思っていた。でも今は違う。再婚なんてしない方が良かった。これが母の幸せならと諦めるべきなのかもしれないけど、僕の事も少しは考えて欲しい。
○月○日
誠司が時々寂しそうな表情を見せる。誠司も僕と同じようなことを考えているのかもしれない。でも、誠司はいいじゃないか。小さいから、僕よりはかまってもらっている。ほんの少しだけど。でも誠司も寂しい思いをしてるならせっかく兄弟になったのだし、支えてあげよう。
○月○日
今日は三者面談、母が来た。僕の成績は中間くらい。良い方でもないし、悪くもない。家に帰ってきてから母に怒られた。余計なことに時間を割くような真似をしないで頂戴、と。息子のこと=余計なことなのだろうか?
○月○日
きっと両親は息子達なんてどうでもいいと思っている。むしろ邪魔なのかもしれない。僕や誠司の事をどう思っているのか確かめたい。でもどうやって?
○月○日
今の状況が全部夢ならいいと思う。そう、これは幸せだったあの頃に見ている悪い夢だと。でも、そんな筈ない。愚痴ばかりを書き綴ったこの日記がそれを明確に表している。でも願わずにはいられない。
○月○日
良い方法を思いついた。自殺をしよう。正確には自殺未遂。これで親が僕達をどう思っているのか分かる。いや、このまま死んでしまっても良い。この日記が両親に見つかれば、そしてこの日記を読めば誠司の待遇はよくなるだろう。もう、僕はどうでもいいや。どちらに転んでも…うん、いいや。
―白紙―
さよなら……