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〜罰〜

バシッ!バシッ!


部屋の中に響くのは殴られる音だけ。


―僕は何も悪い事をしてないのに、どうしてお母さんは何度も僕を叩くの?―


バシッ!


―ねぇ、どうして?お母さん!―


「はぁ…はぁ…あんたなんて生まれなければよかったんだ!」


実のお母さんから聞いたその言葉は、僕にとって余りにも残酷すぎて。

何度も振り上げられ、振り下ろされる掌。

痛い、痛いよ、お母さん。


「ごめんなさい…」


どんなに謝っても届かないんだよね。

うん、僕いつも良い子でいるよ。だから何も言わないね。逆らったりもしないよ。

だからちゃんと僕を見て、叩かずに僕を見て!






「貴方が、誠司くん?」


僕の7歳の誕生日の日。毎年誕生日に行くレストランに僕の知らないおばさんがいた。

僕は言葉が喋れない。喋ってはいけないんだ。

だから僕はコクンと頷いた。


「誠司は言葉が喋れなくてね。まぁ、色々あってさ。」


慌てて父さんが付け足す。

そうだよお父さん、僕は喋っちゃ駄目なんだ。喋ったら全部がきっとひっくり返ってしまうから。『煩い、黙れ』って言われて、全部なくなっちゃうから。


それから父さんと知らないおばさんは色々とお互いのことを話し始めた。

今日は僕の誕生日。なのに二人とも僕がいないかのように会話を進める。

父さん、分かったよ。僕は今いないことにすればいいんだね。

僕、良い子でいるよ。だから僕を――。




それから何日か後に知らないおばさんは僕の新しいお母さんになった。

父さんは新しいお母さんのことしか見えていないのか、僕をあまり構わなくなった。

それどころか新しい母さんにも僕より年上の子供がいて、その子ばっかり可愛がっている。

痛い思いはしなくていい、だけどこんなの僕が望んでいた事じゃない。

良い子にしてても駄目だった。僕はどうしたらいいの?






「おい、誠司。こっちきてキャッチボールやらないか?」


僕が与えてもらえないものを与えてもらっている、僕に新しく出来たお兄ちゃん。

羨ましい。羨ましい。

僕が与えてもらえないものを、与えてもらって、満足そうな顔して、何も知らないくせに僕を遊びになんか誘って!


僕はお兄ちゃんが大嫌いだ。

僕が好きなものを奪って、僕が手に入れられないものを手に入れて。



僕はそれでも良い子でいる。

いつか誰かが僕をちゃんと見てくれる、そう思ってた。

でも僕は、そう願っているのが僕だけではないことを知ってしまった。


ある日、夜中にお兄ちゃんの部屋から聞こえてきた泣き声。


「僕……ら……だ…」


―僕ハ、イラナインダ…―


途切れ途切れだけど確かに聞こえた。

あれだけ与えてもらっている人が何で?どうして?

僕にはよく分からない。だけど、これだけは分かった。

お兄ちゃんも僕と一緒なんだって。



でも、お兄ちゃんは僕が考えていたよりもっと重い何かを抱え込んでいたのかもしれない。


家族と楽しそうに話した後にふと見せる疲れきった表情。

夜遅く部屋から聞こえてくる溜息と泣き声。

けれどお兄ちゃんは僕といる時だけは本当に楽しそうだった。僕と遊んだ後だけは暗い表情もみせない。


―僕がお兄ちゃんを支えているのかもしれない。―


あの日の出来事は、そう思い初めて間もない頃だった。

お兄ちゃんの部屋のドアが開いた音で、僕は夜中に目を覚ました。

ゆっくりとお兄ちゃんは階段を下りてゆく。

嫌な予感がして、僕はお兄ちゃんの後をそっとつけた。


向った先は台所。

お兄ちゃんはずっと何かを見詰めていた。

暗闇の中、窓から入ってくる月の光に照らされて鈍く輝くのは包丁だった。

包丁を握り、空を見詰めて寂しそうな笑みを浮かべて……。


「お兄ちゃん、死んじゃうの?」


自分でも忘れていた‘言葉’が口から零れた。全てがひっくり返ってしまうから喋らないようにしていた‘言葉’が、お兄ちゃんを止めたくて、口から出てしまった。

僕の言葉を聞いてお兄ちゃんは肩をビクッと震わせた。


「お兄ちゃん、死んじゃうの?」


長い間喋らなかった言葉。僕は何を言えばいいか分からなかった。

だから、一番最初に発した言葉を自分でも確かめるように2度繰り返した。

そしてもう一度。


「お兄ちゃん、死――」


「うわぁぁぁぁぁ!!」


鈍い音がして、お兄ちゃんのお腹から赤い絵の具が溢れる。

絵の具は見る見る広がって床を赤く染めた。


僕は思った。きっとこれは悪い夢なんだと。

僕は寝ぼけてるんだ。早く部屋に戻らないと。






翌朝、お母さんとお父さんが下で騒いでいるのが聞こえた。

階段を下りて声のする方へ行くと、お兄ちゃんが台所の床に倒れていた。

あぁ、あれは現実だったんだと……きっと僕が言葉を喋ったからいけなかったんだ。

だから何もいえない。

それにお父さんとお母さんは僕が言うまでもなく分かっていた。

「自分で自分を殺した」のだと。

床に寝転がり冷たくなったお兄ちゃんを見て僕は何故か笑顔になった。

お兄ちゃんは必ず帰ってきてくれる気がして――。







「お兄ちゃん、目が覚めたって。よかったな、誠司。」


お父さんから入院しているお兄ちゃんの目が覚めたと聞いて、僕は嬉しくなった。

やっぱり帰ってきてくれた。早く会いたくて仕方なかった。


家族でお兄ちゃんのお見舞いに行った。

でも、あんなにお兄ちゃんに会いたいと思っていたのに、お兄ちゃんのいる病室に近づいていくにつれて複雑な気持ちになってきた。

あの日の夜のお兄ちゃんの姿を思い出すと胸が苦しくなる。

お父さんの背中に隠れて病室に入り、お父さんの背中の影からお兄ちゃんの様子を見る。

お兄ちゃんと目が合った。

お兄ちゃんは何故か僕の顔を見るなり苦しそうに口を押さえ、下を向いてしまった。

僕はどうする事も出来ないし、どうしていいかわからない。


「ちょっと、昇壱!大丈夫?昇壱!!」


お父さんとお母さんが必死にお兄ちゃんの名前を呼んでいる。

僕にはそれすらも出来ない。

だからせめて僕に出来る事をする。


―早く帰ってきてね、お兄ちゃん―


僕は微笑んで、お父さんと一緒に病室を後にした。



 家に帰ってからも僕はお兄ちゃんが心配で、どうしてあんな事をしたのか原因を知りたくなった。

気になって、気になって、お兄ちゃんの部屋に入れば何か分かるんじゃないかと思って、お父さんがお風呂に入ってる隙に僕はお兄ちゃんの部屋に入ってみた。

お兄ちゃんの部屋は難しそうな教科書でいっぱいだった。


コトン…


僕が一歩踏み出すと、本棚から本が落ちた。

僕はその本を棚に戻そうと拾い上げた。僕はてっきりそれが教科書だろうと思ったけど違っていた。

それは小さなノート。表紙には何も書いてない。

中を開くと日付と短い文章。

半分は白紙。けど最後のページに「さようなら」の一言。

僕は見てはいけないものを見た気がして慌ててそれを棚に戻した。

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