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 それから数日、自分の前に人が座っていることに違和感を感じ続けた。いや、違和感と言うよりただの不満なのかもしれない。

 何もこの時期にその名前で転校してこなくたってよかったんじゃないか?

 そいつは毎朝予鈴直前に教室に入って来て、昼休みや放課後になるとすぐに姿を消す。どこに行ってるのかは全くの謎だ。しかしあんまり追求するのも井守に悪い気がする。

「あのさ、アナスタシアさんって、転校してきたんだよな?」

 何度も裾川に問いかけた質問を、後ろの席の井守にも聞いてみた。

「留学だよ?」

 毒気ゼロの言葉で返された。

「あ、そっか留学か」

 裾川は常識であるかのように転校だって言ってたんだが……まあいいんだ、転校でも留学でも大して変わりはない。

 体の向きを戻そうとしたとき、甘い香りが漂ってきた。

 アナスタシアだった。顔はこちらを向いているものの、焦点が当たっているのかもわからない瞳。挨拶もせずにさっさと自分の席に座ってしまった。

 アナスタシアが挨拶してくれたのは初日だけだった。こちらから挨拶すれば返してくれるのだが、それでも棒読みに聞こえるほど無愛想なものだった。

 クラスの喧噪の中で、窓越しに小鳥のさえずりが聞こえる。前方に不思議な違和感がある以外は、なんてことない日常だ。

 しばらくその美少女の背中をずっと見つめ続けていたのだが、どうしてかその日の俺は気づいてしまった。

 普通ならば、この容姿でクラスの連中が話しかけて来ないわけがない。だが、アナスタシアがクラスの連中と話しているのを一度も見かけたことがないのだ。ましてや彼女について話しているのを聞いたことさえない。

 それは明らかに異常だった。

 今までは後ろの井守のためもあって話しかけづらかったが、その時ばかりは未知の生物を発見したかのようにドーパミンが出まくっていたのだ。致し方ない。

 そして俺は、興味本位の手を伸ばす。

「なあ、聞きたいんだけど……」

 言い終える前に、甘い香りが強くなった気がした。


「……マコト!マコト!!」

 裾川の声がする。

「……ん?」

「ん? じゃねえよ。いつまで寝てるんだお前」

 裾川は呆れ果てて溜息をついている。

 寝ていた? 俺が?……嘘だろ。今までどんなに眠たくとも授業中に寝たことは一度もなかったぞ。

「……今何時だ?」

 時計を見ると十二時半。

 八時半に授業が始まったから……四時間も寝ていたのかよ。

「お前、今までずっと寝てたんだぞ」

 嘘だろ……。にわかには信じがたいが、言われてみれば確かに記憶がない。

「起こしてくれてもよかっただろ」

「お前が爆睡するなんて珍しいから皆、見守ってたぞ」

 マジかよ……。何か大切なものを失ってしまった気分だ。


「ん……」

 瞼がゆっくりと開いていく。

 顔を上げると、窓の外からオレンジ色の柔らかな光が差し込んでいる。

「また寝てたぞー」

 裾川の平坦な口調と顔が現れる。

 頭がぼーっとしている。何時から寝ていたのか思い出せない。

「今は?」

「もう掃除の時間だぜ。アナスタシアさんももう行っちまったよ」

 ぼんやりと前の席を見ると、鞄すら残っていない。

「掃除サボって帰ったのか?」

「知らねえよ」

 何だよ……呆れてるのか? 俺だって好きで寝てたわけじゃない。気が付いたら寝てたんだよ。

クラスの連中も心配そうに俺を見ている。

……そうだ、少しずつ思い出してきた。確か、弁当を食って昼休みの終わりにアナスタシアが戻ってきたんだ。それで、話しかけようか迷っていたらまた朝の時のような睡魔がやってきて……。

 同じ眠り方を二回もしたのだ。アナスタシアが原因である疑いが強い。だがどうやって? 証拠を用意出来ない。

「姉堂君、大丈夫?」

 気が付いたら井守がいた。

「ああ、うん。どうしてここにいるんだ?」

「掃除場所ここだよ」

「ここって、どう見ても渡り廊下だけど。掃除場所は体育館のはずだろ」

「今日は月曜日だから掃除場所変わったんだよ」

「マジか」

 週を跨ぐと掃除場所が変わる。学校に愛着を持たせるためかわざわざ遠征させるシステムなのだが、もう少し気づきやすくしてほしい。無駄足を踏んでしまう。

「まだ学校始まって一ヶ月だからね」

 苦笑混じりにそう言って、井守は箒で掃き始めた。

 そうだ。もう授業が始まって一ヶ月経ったのだ。そろそろ席替えという最高のイベントが発生してもおかしくはない。そうすれば俺はアナスタシアから逃れられるのだ。

「姉堂君、最近、アナスタシアさんのこと気にしてるよね?」

「え? ああ」

 しまった。急すぎる質問に思わず肯定してしまった。

「あんまりアナスタシアさんにはちょっかいかけない方がいいと思う」

 何だろう。遠回しな告白なのだろうか。いまいち真意が掴めない。

 俺と井守は沈黙したまま、変な雰囲気が流れ出した。ここで「アナスタシアさんいないよね?」なんて流石に聞けない。

「あのさ、休み時間になっても、皆アナスタシアさんと話さないんだね」

 言ってから気づいた。あろうことか、沈黙を打破するために出した話題が金髪少女の話題。もっと他に、シャトルランの話題とかあっただろうが。

 思った通り、井守は眉をしかめて、不満そうな顔でこちらを見ている。

「最初のホームルームの時に、先生も言ってたよ。文化が違うから気を遣ってあげてくださいって。姉堂君はちょっかい出し過ぎだよ」

「…………」

 頭を金づちで殴られた気分だった。

 それじゃあ俺は一人で浮いたことをやらかしてたのか? クラス中から白い目で見られてたのか? いや、確かに美少女転校生が取り囲まれるっていうのは安直過ぎた発想だったかもしれない。

「姉堂君はアナスタシアさんのこと、す、す、ス、好きなの?」

 井守は何やら顔を赤らめている。

「いいや」

「そうなんだ。それならいいの」

 また止まっていた手をせっせと動かし始めた。


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