レコの村
逃げてばかりだな。走りながらそう思った。
「追いかけてこないようね」
森の出口で余裕をかましてアナスタシアが立ち止まっているが、敵の姿どころか森が風で揺れる様子もない。一体何だったんだ。
諦めがついたのか、アナスタシアが戻ってきた。
「運がよかったな」
俺としてもそうだ。あのまま失敗が続けばどこまで木に近づいていたかわからん。
アナスタシアは俯きながら俺を通り過ぎる。またか。こいつが考え事する機会というのも意外に多いのかもしれない。
「俺でよかったら相談に乗るぞ」
今は俺しかいないが。
アナスタシアは坂道で立ち止まった。嫌な予感がした。流石に大きく出すぎただろうか。今まで俺がアドバイスして役に立ったことなんかただの一度もなく、振り返りざまに蹴落とされてもおかしくない。
だが、そんな予感とは裏腹にまたすぐ彼女は歩き出した。何だったのだろうか。血管が切れてなければよいのだが。
「二つ可能性が考えられるわ」
アナスタシアは重々しく口を開いた。
「一つはあの魔法使いが味方である可能性。味方なら、私たちに何の危害も加えなかったことも納得できるわ。でもそれだと巨大樹に近づけはしないのよ。普通の魔法使いはね。もう一つは、敵である可能性。これなら巨大樹に近づけた理由もわかる。じゃあ私たちを追わなかったのはどうして?」
「敵だけどやりあうつもりはなかったんだろう」
ついに打ち明けてくれたかと思えば、またややこしい話だな。こんな早朝から魔法をぶつけあいたくはなかったんだろう。低血圧ってやつだ。
「……まあ、そう考えるのが一番自然かもしれないわね」
「味方だけどお前より強い魔法使いだって可能性はないのか?」
返事がなくなった。自分よりレベルの高い魔法使いを認めることのできないタイプなのだろうか。そのまま村に着くまで、俺たちは一言も口を聞かなかった。
レコの村。至って普通の村だ。レム達の暮らしていた村に似ていて、既視感がある。時刻的には昼前なのだが、いつの間にかアナスタシアは消えていた。村のどこかへ消えてしまったのだろう。隣を見ると、茶髪の少女が俺のことをずっと見ている。
「どうしたの?」
「別に」
そう言って彼女は去って行った。
とりあえず、アナスタシアが帰って来るまで待つか。これだけのどかな村なら落ち着いて待っていられる。
花壇には黒い帽子を被った男が座っている。特に深い意味もなさそうな人間や動物の紋様が刻まれた赤い布が帽子に巻かれている。詩人に見えなくもない。
男が顔を上げた。濁りきった瞳に垂れた目。あまり関わらない方がいいのかもしれない。
「何だ?」
「何でもないです」
「寝床を探しているのか?」
そういえばそうだったな。その濁りきった瞳で何を見抜いたのか。やるべきことを言い当てられてしまった。
「はい」
「金を出しな。話はそれからだ」
男は下卑た笑いを見せて言った。
町が赤く燃えていた。逃げ場もなく家を覆った火から熱が伝わってくる。地面には切り刻まれた無数の死体。
「趣味じゃねえな」
「あれだけ殺しておいて何を言っている」
「てめえの目は狂っているんじゃねえのか」
返り血を浴びた兵士は笑っていることを自覚していないようだが、口は明らかに吊り上がっていた。
「痛!」
囚人服を着た男に、腰の高さまで届かない少年がぶつかった。
「まだいやがったか」
「まさかガキが操られてるとは思わねえが、これも命令だ。覚悟しな」




