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サルヴァドール

霧を抜けたその先には砂地が広がっていた。そして、点在する草木。暗がりで目は利かないが、おそらく荒野と呼ばれるものだろう。

一歩踏み出すごとに高低差が体に負担をかける。寝ていないのもあるが、長時間歩き続けるのは厳しそうだな。

氷の魔女と繋いでいた手はいつの間にか離れていた。


「ここはもう隣国なのか?」

「ええ。次の町に着くまでに朝を迎えるわ。それまでに倒れないでちょうだい」

 心配してくれるのはありがたいが、一時間後にはその言葉が現実になっているかもしれない。どれだけ広大な土地なんだ。

 

その時、近くでポトンと音がした。

 思考が弱っていたせいなのか、俺は酔いどれのようにふらつきながら、音のした場所まで行って地面を探るように足でかき回していると、何かを蹴った。柔らかいとも硬いともつかない感触。

それを持ち上げると、ひんやりとした感触が指先に広がる。コウモリだった。この異様な冷たさからしておそらく凍っているのだろう。動き出す様子はない。

まさか、アナスタシアがやったのか? 暗闇の中、彼女に視線を送ってみるが反応はない。


「できる限りあなたの身は守るけれども、どうにもならないときは自分で守りなさい」


 どうやらそうらしい。もしも倒れた時はどうなるんだろうか。膝枕でもしてくれるのだろうか。


「わかった」





「黒魔術は魔法とは違うのか?」


 何気なく聞いてみたつもりだったが、アナスタシアはふっとあざわらった。


「魔法を使えなかった男が黒魔術を編み出したのよ」

「…………」

「マコト、あなたなら自分に魔法の才能がないとわかった時どうする?」

「努力して、思うように結果が出なければ諦めるさ」

「賢明ね」


 こっちの世界に来てから、何度、白い天井とにらめっこしただろうな。才能の壁を努力で越えられるなら誰だって努力するさ。魔法の使い方だって知りはしないが、今だって、「出でよ、火の玉」と念じてみてはいるが何も出やしない。

 異世界に来てみれば魔法を使えるんじゃないかって思ってた。でも駄目だった。俺には才能がないんだ。


「その男は魔法にあこがれ続けたのよ。才能がないとは疑いもせずに。……狂ってるわね」


どことなく自虐的に聞こえる独り言だな。ああ、そうだ。確かこいつは魔法の研究をしていたんだった。それを狂ったと表現するかはともかく、似たようなものなのかもしれない。


「その男が残した黒魔術の産物、『終端の瞳』が北にあるわ」

「さっきの町がおかしかったのもそれが原因か」

「察しがいいわね。正体は黒い球体生物よ。生物に寄生して意識を乗っ取ることができる。とはいっても、精々人一人が限界よ。とある男が黒魔術を使って北の巨大樹と融合させてしまったせいで厄介なことになってしまったけれど」


 俺ももう少しで意識を乗っ取られるところだったのか。


「本体をどうにかできないのか?」

「それができたら苦労しないわね。行ってみてもいいけれど、町に着くのが遅くなるわよ」

「それはやめておこう」


 危険を冒してまで遠回りする必要はない。それに、こっちは眠いんだ。



 虫の鳴き声。足音。視界は暗くて見えない。そこに突如、煙の匂いが加わると、アナスタシアは立ち止まった。


「誰かいるのか?」

「のようね。それに加えて、三匹」

 木々の葉ずれる音がした。





焚火を囲んで二人の男が砂場の地面に座っている。男の脇には絹に包まれたワインボトルが転がっている。


「上手く撒けましたね」

「そうだな」


 男はボトルを手に取り、両手で抱えるように持ち、右手で擦り出した。


「へへっ、これだけ重いんだからさぞかしいいものが詰まってるんでしょうね」

「馬鹿が。みんなそうやって騙されてきたんだよ」

「そんなもんですかね」

「開けてみないことにはわからん」


 しばらく男はボトルを擦っていたが、感触に飽きてしまったのか地面にそれを寝かしつけた。

「ふっ。俺たちが苦労していれば運ぶ人間だって苦労している」

「まあ、うまい酒が飲めるならよしとしましょうか」

「誰が来るともわからん。早めに済ませちまうぞ」






 視界が広がった。薪に点いた残り火が辺りを照らしている。残り火の傍でボトルが光を反射しているのに気づいた。


「何だこれは?」


 ボトルを持ち上げてみるが、中には何も入っていなかった。


「空か」

「十年物のネクタルの贋作ね」

 

アナスタシアの瞳は残り火を反射し、精巧に作られた人形のように見えた。


「十中八九、盗品ね。この辺りは盗みが多いから」


 おいおい物騒だな……。


「中身は酒だったのか?」

「本物なら妖精が入っているわ。滅多なことでは巡り合えないけれど」

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