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西ローランド領2

 アナスタシアの後を追って酒場を抜け出すと、外は暗闇だった。何が待っているのかもわからない夜の闇。それでも立ち止まっている場合じゃなかった。どこにいるのかもわからない氷の魔女を追って俺は走り出した。


 後ろをふり向くと、狂気じみた光景が広がっている。一人、また一人と酒場から出てきた人々は群がり、俺を追いかけてくる。その誰もが目から光を失い、人間とは思えなかった。


「一体何なんだ」


 今度こそ俺は何もやましいことをしていないはずだ。なのになぜ追いかけられる?

 酒場から途切れることなく湧き出る人々が、憎悪や怨念だとかいったものが実体化したようにも思えて恐怖でしかない。


「操られているということは確かね」


 いつの間にか前を走っていたアナスタシアはそう吐き捨てた。

 町の人々が正気であれば何らかの大声を発して俺達を呼び止めてもおかしくないのだが、誰一人叫ぶことなく俺達を黙々と追いかけてくる。明らかに異常だ。せめてもの救いは、その中に足の速い者がいないことだった。


「厄介な物がいるようね」

「……?」


それっきり彼女は口を開かなくなった。





町からはかなり離れ、人々の足音も聞こえなくなった。どこにいるのかは確かめようがない。

 アナスタシアがふと立ち止まったのを見て俺も止まり、膝に手をついた。


「フゥ……」


 まさか夜の野原で大運動会をする羽目になるとは思わなかった。


「まるでゾンビだったな」


 アナスタシアは呼吸が乱れた様子もなく、スラリと長い髪を払いのけた。どこかで嗅いだことのある蠱惑的な匂いが広がる。そして、おもむろに手を差し出した。


「手を繋ぎなさい」

「あ、ああ」


 何故か断ることもできずに彼女の手を握り、どちらからともなく歩き出した。


「黒魔術のことはもう知っているかしら?」

「いや、初耳だ。もしかしてあの町が変だったのはその黒魔術のせいなのか?」

「察しがいいわね。あれは黒魔術の産物よ。簡単に言えば、異なる生物同士を融合させて新たな個体を作る。魔法使いに忌み嫌われる呪法よ」


 なるほど。イマイチ意味がわからん。そして俺たちは何のために手を繋いだんだ?

 そう思っていると、急に辺りが霧に覆われ始めた。


「ここから先は黒魔術の総本山、隣国よ。手を離せば生きては戻れないから気を付けなさい」







緑に囲まれた城の中で、その国の主は一人、窓の外の景色を見ながらつぶやいた。


「どうやら何事もなく氷の魔女を追い払うことができたようだな」


 そこに、初老の大臣がとぼとぼと歩いてやって来た。


「陛下。お話があります」

「何だ?」

「先日、西の町に巡回に行かせた兵士が未だ帰ってきておりません」

「ふむ……やはりか」

「いかがいたしましょうか?」

「何かが起こっているようだな。調べねばなるまい。明日まで西の町と城下町を封鎖しろ。怪しい者がいればすぐにでも吊し上げるのだ」

「わかりました」


 踵を返し、大臣は背を低くして去っていく。


「西の町に至っては焼き討ちになるやもしれぬ」


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