再会
吹く風が冷たくなってきた。学ランの隙間から冷気が許可もなく侵入してくる。寒い。何やら天気も悪くなってきた。こんな寒空の下をあと何時間歩かなければいけないのか。まさかこいつ、次は雪国だとか言い出すんじゃないだろうな。
「エンリケってところはもしかして今より寒いのか?」
「そうね」
まるで他人事同然のイントネーションだ。冗談じゃない。これ以上寒くなるとか俺を殺す気か。
「寒い」
怒りを込めて言ってみるがこいつには通じない。
「時期に慣れるわ」
少し遅れて返事が来た。こんなやりとりをしている間にも体が悲鳴を上げているのだ。見ろ。この霜焼けを。慣れるか? これが。
何度見ても一向に引く気配のない赤。その指の先には、紅の指輪がはまっている。
そうだ。指輪で暖を取ろう。
何故こんなバカなことを思いついたのか。俺は藁にすがる思いで、歩きながら集中し始めた。指輪から温かい空気が流れ出すイメージを思い描く。そしてそれが徐々に熱気に変わっていく。……駄目だ。こめかみに力が入るだけで全く現実を変えられない。やっぱり俺は魔法の才能がないのか。
どんよりとした曇り空。霧と言ってもいいほどの微小な雨粒がチラつき始める。
雨が降りそうだな。何にせよ、このままだと風邪を引くのは間違いない。雨宿りできそうな木も見当たらない。果たして雨が降った程度で雨宿りさせてくれるかという問題もあるが。
そうして寒さに困り果てていると、遠くで何かが動いた。動物か何かだろうか。
人だった。二、四、六、八……ざっと十人以上いるな。遊牧民なのだろうか、地面に三枚の大きな白い布が敷かれており、それを数人がかりで折りたたんでいる。その傍には正体不明の動物が佇んでいる。
「マコト!」
少女がこちらに気付き、駆け寄ってくる。
マコトって誰だよと思っていたが、それがようやく自分の名前だと気づく。
「レムか?」
「おう! 久しぶりだな」
少女は満面の笑みを見せた。俺が異世界に来て間もない頃、お世話になった少女レムだ。
「ちょっと背が伸びたか?」
「伸びてねえよっ」
すかさずわき腹をどついてくる。痛えな。憎たらしさは相変わらずだ。
「今までどこ行ってたんだよ」
「ローランドを旅してた」
言ってから気づいた。リカードがいるならレムは俺たちのことを聞かされていてもおかしくないはずだ。
「バカ。朝起きたらお前がいなくて大騒ぎになったんだからな」
またわき腹を殴って来た。痛い。でもそれどころじゃない。リカードはいないのか。パンドラの箱の一件以来、あいつは何をしているのか。ローランドの兵士に捕まえられたなんてことだけはやめてほしい。
「父さん! 母さん!」
レムが突然声を上げたかと思うと、布の周りにいた人々が振り向いた。その中に、眼鏡をかけたやせ細った体格の男がいた。
「マコト。久しぶりだね」
明らかに男たちの中では浮いているいでたち。周りと同じ薄汚れた布の服を着ているが、サイズが合っていなくてブカブカだ。
「彼女も元気そうだね」
後ろを見てみると、アナスタシアが五メートルほど離れた場所にいた。俺たちに近寄るつもりはないようで、相変わらず金色の髪だけが風に揺れている。。
俺に任せたということなのだろう。
「あの綺麗なお姉さんは誰なんだ?」
お姉さんと言っていいのか、それ以前に人と分類していいのかすら疑われる氷の魔女だが、外見だけをとるなら正しく美少女だ。一体何年生きてきたのか、年の攻が彼女を無口にさせたのかのは知らないが、それが奴を魔女だと悟らせない程度には役立っている。。
俺を壁にしてレムの奴は覗き見るようにじっと観察している。
「マコトの連れだよ」
「そうなのか。どっちかって言うとマコトがあの人の連れみたいだけどな」
なかなか痛い所を突いてくれる。確かに俺は足手まといでしかない。
「ところで、長老は?」
「長老は北の町にエリシア様と一緒に行ってるぞ。冬虫夏草があるかもしれないからな。」
北の町ってまさか、今から向かうエンリケのことか? あの村長には出くわしたくないんだが。助走をつけて殴られたっておかしくない。
「冬虫夏草があれば地中の動物も大漁なんだ」
レムは頭の上で手を合わせ、体を引き締めている。冬虫夏草とやらのマネなのだろうか。だが俺はそれどころじゃない。何とかして長老に会わずに済む方法を考えないと。
「またどこかへ行くつもりなの?」
「はい」
「そっか……頑張れよ」
そう言ったレムの顔は眉をしかめたまま笑っていた。
町に着いても風は吹き続けていた。町並みの向こうにバカでかい城壁が待ち構えている。そこから吹いてきているんじゃないかと思えるほど忌まわしい冷気が体に染みる。こんな悪辣な環境でよく生活できるもんだ。
なんでも城壁の外には魔法を使えない人々が北風に吹かれながら集まって暮らしているらしい。そして城壁の内側には魔法を使える人間だけが。正確に言えば魔法を使えない者は追い出されたということになる。昔、クリスタルを巡ってひと悶着あったというのだ。追い出す方も追い出す方だが、追い出されてもここに留まり続けるのは凄まじい執念だな。
「中は魔法使いしかいない。注意した方がいいわ」
「わかった」
アナスタシアの右手にはローランド国王から譲り受けた木製の通行証が握られている。門兵の持つ木製のカードを通行証と合わせ、木目が不自然でなければ通行許可が下りる。何とも簡単な話なのだが、これならアナスタシアが他所の国の大使を襲って通行することもできたかもしれない。
水色のローブを着た二人の門兵がこちらを見ている。おそらく二人とも魔法使いだ。城門を通る前から気を付けなくちゃいけないらしい。
「お前たちは何だ?」
ぶっきらぼうな言葉が飛んできた。
「ローランドの大使よ。式典に参加するために来たわ」
珍しく俺より先にアナスタシアが口を開いた。
彼女が差し出した通行証を何の澱みもない動作で受け取り、すぐに返す。
「通っていいぞ」
カードと通行証を合わせようとすらしなかったが、本当にいいのだろうか。




